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閑話・ナオミが悪だくみをする話

 時間は少し巻き戻る。

 ディアナが健全なディナーパーティーを開いていたころ。

 ナオミは自分に与えられた宮殿で、ただむしゃくしゃしていた。


「まったく! ディアナは、何をやっているの!」


 かんしゃくに任せてワイングラスをたたき割る。ガラスの悲鳴に、おどおどとメイドが顔を出す。


「ナオミ様?」


「グラスが割れてしまってよ! さっさと掃除して!」


「はいただいま」


 ガラスの破片はへんを拾い集めるメイドの背を、ナオミは叩く。


「先に代わりのワイングラスを持ってきなさいよ! 気がきかない! なんて馬鹿なの? 親の顔が見てみたいわ!」


「申し訳ございません! 持ってまいります!」


 メイドは逃げるようにナオミの部屋を去る。

 一人きりになった部屋の中、ナオミは立ち上がり、窓から王城を眺める。

 華やかに明かりがついた王城では、今ごろ皇太子レーンが主催するディナーパーティーが開かれているはずだ。


「何が皇太子レーンよ!」


 無性に腹が立ってきて、ナオミは花瓶をはたきおとす。水でドレスがぬれ、気持ち悪い。


「服がぬれてしまってよ! 着替えを!」


 メイドたちはナオミを着替えさせる。部屋掃除が終わり、ワイングラスが運ばれてくる。


「下がりなさい!」


 メイドたちはご機嫌(なな)めのナオミに、目をあわせないようにして部屋から出ていく。


「生意気なのよ! 本当に扱いにくい子! あんたなんて、屋敷の奥にいればいいの! さもなきゃ、レーンの代わりにいなくなればよかったの!」


 最近の皇太子レーン―—ナオミはディアナを死んだレーンの代わりに皇太子にしたからディアナ―—の活躍は、ただナオミにはめざわりだった。


「絹ってなによ! わたしは男装したせいで何もかも失ったのに! 国母になることしかもう私の希望は残されていないのに!」


 ナオミは酒をあおり、ディアナに憎しみをぶつける。


「ディアナ、生意気な子! 私があげた後ろ盾は全部だめにする! おかげで後宮から追い出されてこんなところに!」


 ナオミはノーデンの教会施設でレーンが賊に襲われた後、無理やり後宮から王都のはずれの、何代か前の王がめかけをかこっていた宮殿に移動させられていた。

 どうして。わたしは皇太子の母親よ、と抗議するナオミに、あなたを支援していた貴族は、皇太子を守れず家とりつぶしです。ここは貴族のお嬢様がいるところで、メイドの子のあなたがいる場所ではない、と役人は彼女を突き放したのだった。


「ディアナがいらないことばかりするから! 殺してやりたいほど憎いわ! でも私は国母にならなければ……」


 そのとき、ナオミは思い出した。自分の父親、前ノーデン領主のもとに、子供を預けていた。たしか、男の子。


「息子なら、ちゃんといるじゃない。年齢的にも、物事をしっかりわかってて、もっと頼りになりそうなの。本人は気が向かないらしいけど、わたしの美しさなら、言うこと聞いてくれるはずよ!」


 善は急げ。ナオミは召使いを呼びつける。


「馬車を用意して。離宮に行くわよ」


「ナオミ様、今は真夜中です!」


「口答えしないの! 妻が夫に会いに行きたいと言っているだけのことよ!」


 ナオミが八つ当たりを始める前に、馬車が用意され、ナオミは離宮に乗り付けた。

 アルス王の離宮では、王と女たちが、あられもない姿で横になっていた。

 乱れ切った寝室に、赤い派手なドレスを着た女が入ってくる。


「あなたたち、この先のお世話はわたくしがしますから、あなた方はもう下がって」


「はい。ナオミ様」


 女たちは服をまとうこともなく、裸のまま部屋を出ていく。


「お茶を用意してあるわ。疲労回復に効くハーブティーよ。疲れたでしょうから、ぜひどうぞ」


「ありがとうございます」


 実際のところは、堕胎だたい薬として使われるリコリス、子宮収縮作用があり臨月以外は飲むべきではないラズベリーリーフティー、そのほか妊婦は避けるべきといわれている様々なハーブをこれでもかと入れた、呪いのごとく避妊効果がある、魔女の薬さながらのシロモノだ。

 ナオミが王都に来てから、ナオミの根回しにより、アルスの愛人たちにはこのお茶が定期的にふるまわれている。


「ナオミ。どうした? 嫉妬か?」


「いいえ? 素敵なお酒が手に入ったの。アルス様だけに楽しんでいただきたくて」



「気に入った。望みを言え」


「皇太子を変えていただきたいの。レーンは小さいせいか生意気だから、オーランドに。お願いよ」


「なんだ。そんなことか。俺の子なら誰が継ごうが、どうでもいい。好きにしろ」


「あら。ありがとう」


「いっそのこと、三人目でも作るか?」


 ナオミは吐き気をこらえる。でも、好きでもない男に抱かれるのは、ありふれたことでしょう?

 それでも、国母になれるのだから、そこらの女よりも幸せなのだ。


「喜んで」


 翌朝。

 眠ったままのアルスを置いて、ナオミは馬車に乗った。


「教会へ」


「ナオミ様、教会に女性は入れませんが……」


「なら、あんたが取り次ぎなさい。『皇太子レーンの弱みを私は知っている。教えるから場を整えなさい』と」


「はい!」


 脱兎だっとのごとく御者は教会に駆け込んでいった。

 すぐに、ナオミは教会の人間によって、教会所有の屋敷へ案内される。


「ようこそいらっしゃいました。私は異端審問官のゴドフリー・パーソンと申します」


「異端審問官? 皇太子を追い落とすのが、異端だとでも言いたいの?」


「とんでもない! 異端は皇太子様のほうです」


「なら、よかったわ。ねえ、異端審問官さん」


「なんでしょう?」


「皇太子を消してしまわない?」


「ですが、皇太子の地位にいる権利があるのは彼だけです」


「つまり、別の皇太子になれる人間がいれば、レーンを消しても問題ないのね?」


 ゴドフリーは身を乗り出す。


「話を聞きましょうか」


 ゴトフリーとの悪だくみを終え、ナオミは自分の宮殿に戻る。


「ノーデン領主に手紙を書くわ。紙を用意なさい」


「は、い、け、い、あ、い、す、る、む、す、こ、へ……」


 ナオミの字は我流で、読みづらい。


「だめね。書記官を呼んで。代筆してもらうわ!」


 ナオミの計画は、ディアナの知らないところで着々と進む。

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