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 突然の出来事だった。

 なにひとつとして前触れもなく、それは突然訪れた。

 否。

 襲いかかってきたと言うべきか。

 十名の騎士と彼らの部下である兵士の合計六十名の男たちだった。

 王命だと一通の書状を携えて、彼らは大公家城館周囲を固め、踏み込んできたのだ。

 彼らの使命は淡々と行われた。

 大公の指示により、誰ひとりとして彼らに抵抗するものはいなかったからである。

 ただ、大公は一度だけ、彼らに抵抗した。

 それは言うまでもなくトオルに関わる時だけだった。

 誤断だった。

 トオルの部屋にまで押し入った兵たちの手荒な行為を止めようとした大公が目の前で鞘付きの剣で強かに殴りつけられたのを見て、彼は他愛なく意識を失ったのである。




 しかし、日々は変わりなくすぎてゆく。




 ミュケイラは腕を組み替えた。

 ようやく。

 やっとのことで叶うと思ったのに。

「どうして」

 豪華な装飾の部屋の中を、あちらこちらへと歩みを止めないミュケイラに、

「気忙しいな」

 独り言に返されたことばに、彼女が愛しいひとを振り返る。

 出窓の桟に手をかけた彼女に、

「何をそんなに苛立っている」

 愛したひと。

 愛するひと。

 桟に飛び上がり腰掛けて、ヴァイスを見下ろす。

 不敬というものもいるだろうが、ミュケイラとヴァイスの間に、それは存在しない。

 ミュケイラにとってヴァイスの地位権力をはじめ男性的な容貌などすべてが魅力的に映るのと同様に、ヴァイスにとってミュケイラの容姿も態度もその欲すらもが魅力的に映るのだ。

 伸ばされた腕に従って桟から飛び降りたミュケイラがヴァイスの傍へと移動する。

 椅子の背もたれ側から甘えるようにしなだれかかってくる彼女の喉の下を、まるで猫を愛でるかのように手の甲で撫で上げて、目を細めるさまをひとしきり楽しむ。

「それで、何がお前の苛立ちの原因だ」

「大公閣下を処刑してしまっては、わたし、ヴァイスさまと結婚できません」

 まろい頬を膨らませて拗ねてみせるさまさえも愛おしい。

 蒸留酒を一口ゆっくりと味わい、焦らせる。

「わたし、大公閣下の娘ですのよ。このままでは犯罪者の娘としてわたしも処刑されてしまうかもしれません。そうでなくても、田舎のどこか辺鄙なところに閉じ込められるかも。後ろ指をさされるかも。ヴァイスさまはもうわたしのことお好きじゃないのですね」

 半ば本気で信じているのだろう、ミュケイラの下瞼にはうっすらと涙が盛り上がっている。

「なにかと思えば。可愛いことを言う。私がお前のことを嫌うと? そんなに簡単に心変わりするようなら面倒な搦め手など使うか。面倒な」

「けど………」

「私のことが信じられないと言うのか。周囲が気になるというならどこぞの貴族の養女にしてやろうさ。叔父上の時とは違って次は養女だが、貴族にはよくあることだ。今お前はもう貴族と王族の血を持っていると認められているからな、それくらいはなんということもない」

 ここに---と、広げた腕の中、ヴァイスの膝の上に体重を乗せ腰を下ろす。

「誰が横槍を入れてこようと、私の傍らに立つのはお前だ」

 どちらかともなく、くちびるが合わさってゆくる。

 やがて静かな空間に、隠微な音が微かに広がってゆく。

 口接(こうせつ)の深まる音がやがてやまり、

「………ヴァイスさま」

 陶然頬を染めて見上げてくる瞳と甘い声に、

「お前を叔父上の子と騙ったのには、大公家の資産が魅力的だったからに他ならないが。この状況ではお前の手には入らないな」

「アグリアメタクシは、どうしてもわたしの手には入らないのでしょうか」

 胸に生じた重いものが喉を塞ぐ。

 それが一気に目元まで込み上げた。

「それくらいのことで泣くな」

 ヴァイスが目の前の艶やかな髪を撫でる。

「私がおまえに最高のアグリアメタクシを用意してやる」

 ほのかな花の香がヴァイスの鼻腔を満たす。

 冷めない情欲を、ミュケイラを再び抱きしめる腕に力を加えることで散らそうとした。


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