第九話(閑話)「オタク三人組」
四月が終わっていく。
俺がタイムリープしてから、一ヵ月が経とうとしていた。
「明日からゴールデンウィークか。早いもんだな」
俺は自室のベッドに横たわりながら、スマホの画面を眺めていた。
メッセージアプリには、西と江口の名前が並んでいる。
文芸部の面々以外では、初めての連絡先だ。
「~~っ!」
『どらどら!』に出てくるヒロインみたいな悶え方をしてしまった。
ニヤニヤが止まらない。
――そう。あの後、西や江口と仲良くなり、そして本日、ついに連絡先を交換するに至ったのだ。
……これはもう、友達と言っていいんじゃないか!?
「ゴールデンウィーク……遊びに誘ってみようかな」
自らの思いつきに、ごくりと唾を飲み込む。
「べ、べつに不自然じゃないよな? 友達、なんだし……」
そわそわしながら西とのトーク画面を開く。
そこで手が止まってしまった。
「なんて言って誘えばいいんだ……!?」
なにぶん、こういうのは不慣れなので正解がわからない。
そもそも、普通の高校生ってなにして遊ぶんだ?
「ていうか、俺が誘ったら迷惑か……? 向こうはまだ俺のこと友達だと思ってないかもしれないし……」
いつものネガティブを発動させていると、ポンという音がしてトーク画面にメッセージが表示された。
『ゴールデンウィーク、江口くんと三人で遊びにいかない?』
「えっ、わっ、まじか」
思わぬ事態にあわてふためく。
まさか向こうから来るなんて……!
「一瞬で既読つけちゃったよ……早く返事しないと!」
俺はちょっと文面を考えてから、指先を動かした。
『俺もちょうど今、誘おうと思ってた』
そこからとんとん拍子に話が進み、早速明日、遊ぶ約束が決まった。
「おぉ……」
スマホを大事に抱きかかえながら、ベッドの上でごろごろ転がる二十七歳。
そうだよ、コレだよコレ。
こういうのを待ってたんだ俺は。
いかにも『普通の高校生っぽい』イベントに胸が躍る。
今日は早めに寝ることにした。
* * *
休日の秋葉原は、人でごった返していた。
時刻は12時45分。
集合時間よりだいぶ早く着いた俺は、電気街口の改札前で西と江口を待っていた。
(準備は万端だ)
チェックのYシャツに、ベージュのチノパン、そして黒のショルダーバッグを装着してきた。十六歳の俺はろくな服を持っていなかったが、この土地であればこのファッションで浮くこともないだろう。
(今度、新しい服を買わないとな……)
学校では制服を着ているのでファッションセンスの無さは誤魔化せていると思うが、今後、外に遊びにいく機会が増えると困ったことになりそうだ。
(男友達はまだしも、女の子と遊ぶこともあるかもしれないし)
とはいえ、お金もないうえに、どういう服を買ったらいいのかまったくわからない。
オシャレとは無縁の人生を送ってきたからなぁ……。
「や、八代くん。早いね」
「お待たせでござる」
うむむと唸っていると、西と江口が改札から出てきた。
西は謎の英字が入った黒Tシャツにダボッとした黒のカーゴパンツ、江口は迷彩柄のYシャツをジーンズにインしている。
二人から服のアドバイスは……もらえなさそうだ。
「どうしたでござるか八代氏テンションが低いでござるよ? バイブスあげあげでいくでござるよ!」
江口がギャル語を織り交ぜながら快活に絡んでくる。
……まぁ、今は服のことなんてどうでもいいよな。
だいたい人間、見た目より中身が大事なわけだし。
「なんでもない。それより、今日はどこに行くんだ? 『オタクの基本を教えるでござるよ』って言ってたけど」
秋葉原で遊ぶことになったのは、西と江口の提案だ。俺をいろいろと案内してくれるらしい。
オタクの聖地――アキバ。
実を言うと、俺がアキバに来たのは今日が初めてだ。家から結構遠いし、これという用事もないから足を降ろしたことがなかった。
友達と遊ぶのはもちろんのこと、アキバという未知の土地を探訪することに対しても俺は期待を膨らませていた。
昔は新しい環境を怖がってばかりだったけど、そういうのはもう、やめにしたのだ。
「ふっふっふ、なにも言わずについてくるでござるよ八代氏。拙者はアキバマスターでござるよ?」
四角いメガネをくいっと持ち上げ、江口がドヤ顔を決める。
いや、アキバマスターとか言われても知らんけど……いま初めて聞いたし……。
「い、いこう、八代くん」
西が先陣を切って歩き出す。
俺は足取り軽く、後に続いた。
その後は有名なアニメショップやコラボカフェに連れて行ってもらった。新鮮な驚きの連続で、終始、退屈することはなかった。
西と江口から、たくさんオススメのアニメやゲームを教えてもらった。好きな作品のことを語り出すと二人は止まらない。
例によって西と江口は前回、俺と関わり合いがなかったクラスメイトだが、意外にも話が合う。
俺もいちおう、有名なラノベはいくつか読んでいるし、サブカルチャー方面に興味はある。純粋に『物語』が好きなので、そういう意味では俺だってオタクだ。
俺も好きなミステリー小説を彼らに勧めた。二人とも快く「今度読んでみる」と言って受け入れてくれた。
三人それぞれ、オタクとして好きなジャンルが違うだけ――そこに貴賤の差はない。
ちなみに西はアニメ、江口はエロゲが専門らしい。今度、二人のイチオシ作品を楽しんでみようと思う。
空が橙色に暮れていく。
楽しい時間は一瞬で過ぎ、帰宅の段になった。
「ふぅ~、今日はこんなところで勘弁してやるでござる」
「い、いっぱい歩き回ったね」
駅の改札を抜けた先、でかでかとアニメポスターが貼ってある柱の前で、俺たちは立ち止まる。
俺と西&江口は帰る方面が逆なので、ここでお別れだ。
「二人とも、今日はありがとう」
俺がお礼を言うと、二人は笑って首を振った。
「お礼なんていらないでござる。八代氏は不思議な御仁でござるな」
「な、なんていうか、純粋な心を持ってるよね。それでいて大人っぽい落ち着きもあるっていうか」
……純粋な心かぁ。
褒められて嬉しい反面、なんだか複雑な気分になる。
俺がこの二人を『可愛いヤツら』だと思っていたのと同じような感情を、向こうも抱いているのかもしれない。
「きょ、今日は楽しかったよ。また遊びに行こうね」
「ござる!」
「また学校で!」と笑って、二人は去っていく。
ほっこりしたものを胸に、俺も帰路についた。