第八話「初めての級友」
文芸部に入ってから数日が経った。
ここのところ放課後は毎日、部室に顔を出している。ある程度、部員たちとも仲良くなり、学校の中で居場所ができたような安心感がある。
だが、クラスの友達はいまだに一人もいなかった。
(もう四月も後半だってのに……俺、このまま卒業までぼっち飯か?)
昼休みの教室。楽しそうな声があちこちで飛び交うなか、俺の周りだけ重たい空気が漂っていた。
(唯一のぼっち仲間は、こんなやつだし)
俺は食べ終わった弁当箱を片付けながら、前の席にじろっと恨みがましい視線を送る。
御川は今日も、凛然と孤高を貫いていた。
ぴんと背筋を伸ばし、文庫本に目を落としている。窓から差し込む陽光に照らされ、天の川のような黒髪がきらきらと輝いていた。相変わらず絵になる女だ。
読んでいる本は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。今日はブックカバーをつけていなかった。
(……小説も読むんじゃねーか)
――案の定、というべきか、御川は文芸部だった。あれから何度か部室でも会っている。
だからといって、俺と御川の仲が縮まるようなことはなく、前後の席にも関わらず絡みは少ないままだ。もちろん昼食だって個別に黙々と取る。窓際でぼっちが二人、連なっている形だ。
(御川が男だったら友達になってたのかなぁ)
ふいにそんなことを思う。
これでもいちおう、クラスで一番話す間柄だし、同じ部活で趣味も合いそうだ。
御川自身、友達を必要としていないという致命的な問題はあるが……。
(……いや、御川みたいな性格の男がいたら嫌だわ)
想像してげんなりする。
あの傍若無人ぶりは御川が綺麗な女の子だから、かろうじて許されているのだ。
(御川にはいろいろ訊きたいことがあるんだけどな)
俺はため息をつきながら、机の中から文庫本を取り出す。俺も本を読もう。
八重樫先輩から「読んで読んで! 神だから!」と猛プッシュされたライトノベルだ。『どらどら!』というタイトルで、表紙に女の子のイラストが大きく描かれている。これが剥き出しなのは、ちょっと恥ずかしかったので、ブックカバーをつけてここ数日、読み進めていた。
(意外……っていうと失礼だけど、面白いんだよなぁ)
俺はどちらかというと一般文芸畑の人間で、とくにミステリーを好んで読んでいた。ラノベも読まないわけではなかったが、割合としては圧倒的に少ない。
八重樫先輩から借りたこのラノベはバリバリのラブコメで、俺の嗜好とはまったく異なるジャンルだったが、テンポの良い展開や小気味の好い掛け合いに、すっかり魅せられてしまっていた。
(さて、続き続き……っと)
わくわくしながら本を開くと、そこへ影が落ちた。
「ね、ねえ……っ」
「へっ」
驚いて顔をあげると、二人組の男子生徒が立っていた。
西浩平と江口雅一だ。
小太りで鼻息が荒いほうが西で、ガリガリで四角い眼鏡をかけているのが江口。典型的な『オタクコンビ』というイメージだ。いつも教室の隅で、こそこそと漫画やアニメの話をしている。
ちなみにだが、クラスメイトのフルネームは自宅で完全に復習済みだ。この前思い出せなかった佐々木の名前も後でちゃんと調べておいた。
えーっと、佐々木……佐々木……なんだっけ?
「あ、あのさ、八代くんって『どらどら!』好きなの?」
俺がどうでもいいことで頭を悩ませていると、西が思い切ったように訊いてきた。
「あ、ああ。うん。面白いよな、このラノベ」
俺は持っていた本を掲げて、つっかえつっかえ返事をかえす。
「ボ、ボクも好きなんだよね。八代くん、ここのところ教室でいつも『どらどら!』読んでるから、ちょっと気になって」
西は西で吃り癖があるようで、ぎこちないやり取りになる。
しかしあれだな、相手も自分と似たようなコミュ障だと思うと、心に余裕ができてくるな。
「俺が読んでる本、よくわかったな。ブックカバーしてるのに……」
「挿絵が見えたのでござるよ」
西の代わりに答えたのは江口だ。
「拙者くらい熟練のオタクになれば遠目からちらっと挿絵が見えただけで何というラノベの何巻か一瞬で判別できるのでござる」
早口だった。
そして謎の侍口調だった。
「お、おう、そうか。すごいな……」
「造作もないでござる」
誇らしげだ。
「拙者の見立てだと八代氏も同志でござろう?」
「同志?」
「しゅ、趣味が合うんじゃないかなって」
俺が戸惑っていると、西が翻訳してくれた。
「こ、このクラス、オタク趣味の人あんまりいないから肩身狭くて……そんなとき、八代くんが『どらどら!』を読んでるのを見つけたんだ」
なるほど、俺がサブカルチャー好きだと睨んだわけか。
「とはいえ八代氏が読んでいるのは『どらどら!』の一巻……まだオタクになりたてのライト層と見受ける」
「だ、ダメだよ江口くん。マウントを取りにいっちゃあ」
「ここは拙者たちが鍛えてやらねばな!」
くふふ、と気色の悪い笑みを漏らす江口。
「いや、その……」
二人には悪いが、俺はサブカル方面の知識には明るくない。
たしかに『どらどら!』を読んで面白いと思っていたが、この本は自分で買ったものですらない。はっきり言ってライト層以下だ。
そのあたりのことを告げようとしたとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ま、またね、八代くん。続きは後で話そう」
「さらば!」
二人はわたわたと席に戻ってしまう。
(またね、か……)
なんだか、可愛いヤツらだったな。
こんなときだけ年上目線で、そんなことを思う。
俺は『どらどら!』の表紙をぼんやり見つめる。
……家でしっかり読み込んでこよう。
心が火照っていた。
もしかしたらこれをきっかけに、友達ができるかもしれない。
この本を貸してくれた八重樫先輩には、感謝しないとな……。