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第六話「部活に入ろう」

 始業式から一週間が経った。


 昼休みの教室は、和気藹々と賑わっている。当然のように、みんな誰かしらと食事を取っている。

 そのなかで俺は一人、自席で母の愛情弁当を頬張っていた。


「……まずいな」


 弁当が、ではない。

 この状況がだ。


 周りでどんどんグループが固まっていくなか、俺はいまだに友達を作れずにいた。




*   *   *




 始業式の翌日。


 俺は意気揚々と登校し、始業時間より30分も早く教室に着いた。


(今日は友達を作るぞぉ……!)


 学生時代の未練はそれこそ無数にあるが、やはり一にも二にも友達が必要だ。友達がいないことには、あらゆる青春は発生しない。


 前回、俺は学校に友達らしい友達が一人もいなかったため、これから誰と仲良くなれるかは未知数な状態だ。

 だが、せっかくのタイムリープがまったく活かせないかといえば、そうでもない。


 意外かもしれないが、ぼっちという生き物は周りをよく観察しているものだ。気が合いそうな相手、逆に気が合わなそうな相手は、なんとなく把握している。

 それに、友達ではなかったものの、俺にときたま声をかけてくれた面倒見のいい委員長タイプの生徒もいる。

 そのへんを狙って声をかけていくのがいいだろう。


 作戦を練っているうちに、次々と他の生徒たちが登校してくる。右隣の席に、波瀬はぜ拓馬たくまという男子生徒が腰を下ろした。


「ふぃー、今日はちょっと早く来すぎたな」


 大きな独り言を漏らしながら、通学鞄を置いてスマホをいじり始める。


(波瀬か……)


 例によって絡んだことはほぼないクラスメイトだが、悪い印象はない。

 明るく人懐っこい性格だったと記憶している。ガタイがいいわりには帰宅部で、いつも教室でゲームの話をしていた。今も、スマホでソシャゲをやっているみたいだ。


 俺がゲームに詳しければ、未来の知識を活用して話のきっかけを作れるんだが……。


 いや、怖気づいてちゃダメだ。

 隣の席だし、最初に仲良くなる相手としては適当だろう。


 ゲームに詳しくないなら、教えてもらえばいいのだ。

 「おはよう」と挨拶して、「なんのゲームやってるんだ?」と続ければいい。


(行け、俺。勇気を出せ!)


 こういうのはタイミングを逃すとどんどん話しかけづらくなっていく。

 弱気の風に吹かれる前に、俺は意を決して隣へ身を乗り出した。


「あ、あのさ――」

「おっす波瀬! 昨日のガチャ引いた?」


 俺が口を開いたのと同じタイミングで、別の男子生徒が波瀬の背中を叩いた。俺は伸ばしかけた手をすっと引っ込める。


「あ、あの財布どこやったかなぁ……」


 ぼそぼそ呟きながら鞄の中を漁るフリをする。


(うおおおおぉぉぉぉ……なんつータイミングだよ……!)


 恥ずかしさに悶えながら、隣の会話に聞き耳を立てる。


「もち。全然ダメだったけどな。佐々木は?」

「俺もだ。やっぱ課金しようかな~」


 俺の邪魔をしてきやがったのは佐々木という男子生徒だった。前髪を無駄に伸ばしたバンドマンみたいな髪型をしている。下の名前は……忘れた。

 思い返してみれば、よく波瀬とつるんでいた記憶がある。俺に言われたくはないだろうが、影の薄い生徒だ。


 俺の中では今、恨むべき相手として急上昇ランキング入りしたが……。


(おのれ佐々木)


 出端を挫かれ落ち込んでいると、前の席で椅子が引かれた。


「おはよう、八代くん」


 御川だ。

 目立つ黒髪をなびかせ、俺を見下ろしている。……見下ろしているというか、見下みくだしているような視線だった。


「……おはよう、御川」


 なぜ、そんな蔑んだ目で見られるのかは謎だったが、挨拶をされた手前、こちらも挨拶を返す。


 それにしても、女子に『おはよう』って言うの無性に恥ずかしいな。

 バイト先で『おはようございます』って挨拶するのに慣れていたから、余計に変な感じだ。


(ていうか、友達はいらないみたいなことを言ってたわりに、律儀に挨拶はしてくるのか)


 そのへん、自分なりのルールがあるのかもしれない。


 御川は席に着くと、さっそく文庫本を取り出して読み始める。


 そういえば、昨日も本を読んでいたな。

 俺も読書は好きだし、せっかくだから話しかけてみるか。


「な、なに読んでるんだ?」


 ……平常心で話しかけたつもりだったけど、声が吊ってしまった。


「あなたには難しい本よ」


 ぴしゃりと跳ねのけられ、鼻白む。

 だが、これが御川の平常運転なのだろう。


「純文学か? 俺も結構、小説は読むんだよ。知ってるタイトルかもしれない」


 ちょっと食い下がってみると、御川はため息をついて、持っていた本のカバーを外して俺に表紙を見せてくれた。


『概念的行動の比較心理学的研究』


 ……クソ難しそうな本だった。


 学術文庫ってやつか。完全に門外漢だ。


「……御川って、頭いいんだな」

「あら、知らなかったの?」


 知るわけがない。会ったばっかだぞ。


 それきり御川とは会話が途切れる。

 話はあまり弾まなかったが、女子とコミュニケーションを取ることでさっきの失態は忘れることができた……気がする。

 御川は変なヤツだけど、だからこそ、かえって気兼ねしなくていい面がある。


(よーし、気を取り直して友達作りに励むぞ!)


 大丈夫、俺はできる!

 自分を鼓舞して、その後の授業に臨んだ。




*   *   *




 ……というわけで、それから一週間、自分なりに頑張ってみたものの。


(いまだにぼっち飯だ……)


 間が悪くて話しかけられなかったり、話しかけても相手のレスポンスが微妙だったりで、結果は芳しくなかった。


 俺がコミュ障なのはもちろん、年齢的な齟齬も足を引っ張っていた。

 高校生の話題なんて知らないから、どうしても探り探りの会話になるし……。


 今やクラス内でお一人様なのは俺と、はなから友人関係を放棄している御川くらいのものだった。


(やばいよなぁ……)


 高校生活、まだ始まったばかりとはいえ、さすがに焦りを隠せない。


 なにか手を打たないと……。




 ……なんて思っていたら、転機は意外にも早く訪れた。


「今日から部活動の入部申請期間が始まる。入りたい部活が決まった者は、いま配った用紙に必要事項を記入して提出するように」


 六時間目のロングホームルーム。

 神楽坂先生からのアナウンスに、俺は「これだ!」と膝を打った。


 部活といえば青春。

 そうだ、部活に入ろう!

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