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第四話「自己紹介」

 ――初恋は実らない。


 そんな言葉があるけど、俺の初恋も実らなかった。


 俺の初恋はちょっと遅めで、高校二年生のとき、前の席に座る女の子を好きになった。


「ねえねえっ、なに読んでるのっ?」


 水島真帆は、元気いっぱいな女の子だった。

 事あるごとに、トレードマークのポニーテールを翻して、後ろの席に座る俺に絡んできた。


「……アガサ・クリスティ」

「へー……知らない人だ!」


 内気と照れを拗らせて、ろくなレスポンスをしなかった俺に、めげず話しかけてくれた。

 他のクラスメイトに対しても同じような態度だったから、俺だけを特別視しているわけじゃないことはよくわかっていたけど、その無邪気な笑顔に俺はコロリとやられてしまった。


 当然というべきか、水島さんはクラスの人気者で、いわゆる『高嶺の花』ってやつだった。だから俺も、告白するつもりは毛頭なくて、想いを胸にしまったまま卒業を迎えた。


 本当に数少ない、青春らしい思い出だ。




*   *   *




(――誰だ?)


 俺はその少女の姿をまじまじと見つめたまま動けなかった。


 腰まで伸びる絹のようにつややかな黒髪。高く秀でた眉。理知的な瞳。

 窓際の席で文庫本に目を落とす彼女の姿はとても美しくて、そこだけ切り取るとまるで一枚の絵画作品のようだった。


(……いなかった。こんな生徒、いなかった!)


 こんなに目立つ子、いたら忘れるわけがない。

 席が違うどころか、この女生徒は前回、このクラスには存在・・しなかった(・・・・・)


(どういうことだ? タイムリープしてるんじゃなかったのか? 水島さんはどこへいった?)


 脳がエラーを吐き出す。

 呆然と立ち尽くす俺の前で、少女はぺらりと文庫本のページをめくる。白くて細い指先が、妙に艶かしく感じられる。


 ふいに、彼女が顔をあげた。


「……なに? じろじろ見てきて」

「えっ」


 咎めるような視線が俺を射抜く。

 急な事態に、思考が止まる。


「一目惚れでもした?」

「なっ、はぁ……!?」


 かぁっと体温が上昇するのを感じる。

 こいつ、なに言ってんだ……!?


「ち、違う! そういうのじゃない! ただ……」

「ただ?」


 出かけた言葉を呑み込む。

 『俺は十年後からタイムリープしてきたんだけど、俺の知ってる歴史にキミはいなかったんだ』って……そんな話、誰が信じる?


「……ごめん、なんでもない」


 俺は誤魔化すように、そそくさと彼女の真後ろの自席に腰を下ろす。

 彼女は一つ息をつくと、何事もなかったかのように読書を再開した。


(なんなんだいったい……)


 心臓がバクバクと暴れている。

 顔が火照っていた。


 ……情けない。

 十も年下の女の子にからかわれて、この有様だなんて。


 それにしても、本当に誰なんだこの子。

 ここは俺が知ってる2020年とは違うのか――?




 退屈な始業式を経て、ふたたび教室に戻ってきた。


 相変わらず校長の話は長かったな。

 あんな退屈さでも、今は懐かしく感じられる。きっと、しばらく学校生活を送っていくうちに、ただ面倒としか感じなくなるんだろうけど。


(それにしても……)


 教室の中は雑談で満ちていた。

 一年生のときに同じクラスだった者同士、あるいは同じ部活に所属している者同士、すでにグループができつつあるようだ。


(そういうのズルいよなぁ)


 いや、全然ズルくはないんだけど……どうしても焦ってしまう。

 俺には一年生のときの積み重ねがない。気持ち的には転校生みたいなもんだ。ハンデがあるぶん、積極的に行動を起こしていかないと。


 前回と同じ『ぼっち』には、絶対なりたくない。


「さて、今日は残りの時間で自己紹介を行ってもらう」


 神楽坂先生のそんな言葉が、俺の心臓をぎゅうと握りしめた。


 来たか……この時間が……。


「まずは私からだ。私は神楽坂水穂。一年生のときに私の授業を受けていた者もいると思うが、担当は現代文だ」


 神楽坂先生は黒板に自分の名前を書いて、チョークを置く。


「これから二年間、お前たちの担任を務めることになっている。よろしく頼む」


 この学校は二年生から三年生に進級する際のクラス替えがない。したがって、卒業までこのメンバーで過ごすことになる。


 この40人……いや、途中で一人退学者が出るはずだから、39人か。この39人と、俺は青春を共にする。


「次はお前たちの番だ。出席番号順に、前へ出て自己紹介を行ってもらう」


 ごくりと唾を飲み込む。

 こうなることは知っていたとはいえ、やはりナーバスな気分になる。


「うえ~、めんどくせー!!」


 最前列で胡桃沢くるみざわたけるが悲鳴を上げる。

 髪を茶色に染め、制服を着崩している、ザ・チャラ男といった風貌の男子生徒だ。お調子者で、いつもクラスの中心にいた記憶がある。


 悪いヤツじゃないんだけど、なにぶん陰キャな俺は彼のことが苦手だった。


「そんなんやらんでも勝手に仲良くなるっての~」

「つべこべ言うな、胡桃沢。自己紹介は今後、社会に出てからも付きまとうぞ」


 胡桃沢は衆前で緊張するタイプではないので、本当に面倒なだけだろう。


(その図太さ、羨ましい限りだな)


 俺は人前が苦手で、そういう場ではいつも頭がフリーズしてしまう。

 自己紹介には失敗の記憶しかない。

 可能なことならやりたくないし、昔の俺だったら逃げ出したい気持ちでいっぱいだったろう。


 だけど、今は違う。


(これは友達を作るチャンスだ……!)


 ここで好印象を周りに与えられれば、俺に興味を持ったクラスメイトが話しかけてきてくれるかもしれない。

 当時はそんなことに頭が回らなかったし、回ったとしても、行動に移すことはなかっただろう。


 俺にとって、高校生活とは『耐えるもの』で、積極的にアクションを起こして充実させるものではなかったから。


 過ぎ去った時間は、すべて同じだと思っていた。

 でも、それは間違いだった。

 過去に幸せな思い出がないと、人は未来を歩けない。


「準備はできたか? じゃあ、まずは明石からだな。前に出ろ」


 廊下側の一番前――出席番号1番の明石(あかし)省吾(しょうご)という男子生徒から自己紹介が始まった。

 ここから死のカウントダウンのように、出席番号36番の俺のところまで順番が回ってくるわけだ。


(胃が痛い……)


 申し訳ないけど、他のクラスメイトの自己紹介は頭に入ってこなかった。

 今後の人間関係を考えたら、絶対に聞いておいたほうがいい情報だということはわかっていたけど……。


 七年間コンビニでアルバイトをしていたから、コミュニケーション能力自体は以前よりいくぶんかマシになっていると思うが、こうして大勢の前でスピーチをするとなると話は変わってくる。

 20歳を過ぎ、大人になってからは、こういう機会を持つことがなかった。


(いちおう家で練習はしてきたけど……うまくやれるのか?)


 不安を膨らませているうちにも自己紹介は進み――ついに俺の列まで順番が回って来てしまった。


「よし、次だ。次は……御川みかわ。御川灯里(あかり)

「はい」


 俺の前でスッと椅子が引かれ、彼女――御川は立ち上がった。しゃんと背筋を伸ばし、黒板の前まで移動する。

 自分のことで頭がいっぱいいっぱいだった俺だけど、このときばかりはそちらに意識を持っていかれる。


(御川灯里、っていうのか)


 立ち姿はスラッとしており、スタイルのよさがよくわかる。

 目を奪われているのは俺だけじゃないらしく、「あの子、可愛いな」「何組にいた?」などの声がそこらから聞こえてくる。


 あの後、今一度、頭の中でクラスメイトの顔と名前を照合してみたが、やはり御川だけがイレギュラーだった。

 十年前のことだから、さすがに絶対の自信はないけど……。


 水島さんと入れ替わる形で御川がいる。

 それは間違いなかった。


(この御川って女の子、なにか水島さんと関係があるのか?)


 俺は御川の自己紹介を聞き逃すまいと耳を立てる。

 少しでも彼女についての情報がほしかった。


 注目のなか、御川が口を開いた。


「御川灯里」


 一言、名乗りをあげ、悠然と席に戻ってきた。


 …………それだけ?


 ぽかーん、と口を開けてしまう。

 俺だけじゃなく、クラス全員が同じ気持ちだったことだろう。


「……終わりか、御川」

「はい」


 当然だ、とばかりに頷く。

 神楽坂先生は額に手をやり、ため息をついた。


「もう少しなにかないか? これから二年間、一緒に過ごす仲間なんだか――」

「ありません。友達を作りに入学したのではありませんから」


 先生の言葉を遮り、ぴしゃりと言ってのける。


 うわぁ……すげぇな……。


 教室にどよめきが広がる。

 『お前らと慣れ合うつもりはありません』という明確な敵対宣言だ。


 昔の俺は、『友達なんかいらない』と自分に言い聞かせることで、孤独な自分を正当化していたけど、御川のはそういう強がりとは違うみたいだった。

 なんというか、言葉や態度に芯を感じる。


 御川の姿勢は、充実した青春を過ごしたい俺の理想とは真逆のはずなのに、どうしてか眩しく映った。


 神楽坂先生は一際深いため息をつき、やれやれと首を振る。


「わかった、もういい。……じゃあ、次。八代弓弦」

「……あっ、はいっ」


 御川の衝撃的な自己紹介に気を取られていたせいで、名前を呼ばれて声がひっくり返ってしまった。


 そうだ、俺の番だっ……!


 あわてて立ち上がる。

 心の準備が整わないまま、黒板の前まで早足で移動した。


「……っ!」


 御川の発言でざわついていた教室内が、徐々に静まっていく。


 クラス全員の視線が、俺に集まっている――。

 それを意識した途端、さあっと血の気が引くような感覚に襲われ、頭が真っ白になった。


(なにを話そうとしてたんだっけ……!?)


 悪い予感が現実になった。


 この日のために準備をしてきたはずなのに、頭の中がしっちゃかめっちゃかで、最初の一言がどうしても出てこない。


 なまじ練習してきたのが仇になった形だ。用意してきた台本を思い出すのに汲々とするばかりで、応用がきかない。


 くそっ、取っ掛かりさえ出てくれば、後はスラスラ言えるはずなのに……!


 とにかく、黙っていても余計に状況は悪くなるだけだ。

 どんば内容でいいから、なにか喋らないと!


 俺は焦った挙句、


「……や、八代弓弦」


 そうやって名乗りをあげた。

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