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第三話「消えた初恋の人」

 ――そして迎えた、始業式当日。


「ここだ、白柳しろやなぎ高校」


 俺は校門の前で、これから始まる学校生活に胸を膨らませていた。


 白柳高校は、自宅から三つ隣の市にある私立高校だ。偏差値は60手前くらいの『自称進学校』。

 今はからっきしだが、中学時代はそれなりに勉強が得意だった。もっとも、高校入学後の成績は右肩下がりで、大学受験にも失敗することになるわけだが……。

 それも前回・・の話だ。


「すげーソワソワする……」


 二回目というアドバンテージはあるものの――いや、あるからこそ、場違い感がハンパない。

 脇を行き過ぎる他の生徒たちのことはどうしても眩しく感じられるし、まずもって、自分の制服姿がしっくりきていない。いい歳こいたおっさんが、出来のいいコスプレをして学校に不法侵入している気分だ。

 俺はここにいる生徒たちより実年齢的には十歳も上なのだ。その事実は心の余裕にもなるが、同時にやりづらさにもなる。


「って言っても、いつまでもこんなところに突っ立ってるわけにはいかないよな」


 俺は大きく深呼吸をしてから、足を一歩踏み出す。


 風が吹いた。

 俺の門出を祝福するように、校門の脇に聳える大きな桜の木から薄紅色の花びらが舞い散る。


 一度目の高校生活は、灰色だった。あるいは真っ白だった。

 二度目の高校生活は、どんなふうに色づくだろうか。




 クラス分けの案内に従い、教室までの道のりを行く。わかっていたことだが、前回と同じ2年2組だった。


 三年間在学していたとはいえ、さすがに昔のことだ。校舎内の細かい造りまでは覚えていない。

 だが、こうして廊下を歩いていると、あふれるように記憶がよみがえってくる。


(懐かしすぎる……!)


 すさまじいノスタルジーが襲ってくる。

 これといって思い入れのない高校生活だったはずなのに……。


 わけもなく『あの頃に戻りたい』という気分にさせられるが、すでに戻っている。

 かえすがえすも、今の俺はイレギュラーな状態なのだ。脳が混乱するのも無理はない。


(十年前は、どんなことを考えて今日という日を迎えたんだっけな……)


 一年生のときから友達なんていなかったし、クラス替えに対する期待なんてものは、ないに等しかったと思う。学年が上がったところで、どうせなにも変わりはしないという諦めが胸を占めていた。


 それに比べて、今はいい意味での高揚があった。


(やばい、めちゃくちゃ緊張してきた……!)


 目的の教室に近づくにつれ、心臓の鼓動がどんどん加速していく。


 言うまでもなく、クラス替え初日というのは肝心だ。

 ここで順調なスタートを切れるかどうかで、今後の学校生活は大きく変わってくる。


 これまでの人生、前向きに学校生活に臨んだことがない俺にとって、こういった緊張感は新鮮だった。


(どうせなら一年生からやり直したかったけど……)


 新しいクラスになるとはいえ、二年生からだとある程度、人間関係が固まってしまっている。一年生(一回目)の俺を知っている生徒もいるわけで、なかなかどうしてやりづらい。


 俺をタイムリープさせた神様がいるとして、どうしてこの時代だったんだろう?


(……まぁ、贅沢言ってもしょうがないよな)


 やり直せるだけ、感謝しないと。


(それに――)


 二年二組には、彼女・・もいる。


 ……タイムリープしてから今日までの一週間、俺は高校生活のToDoリストを作っていた。青春は短い。やるべきことを明確にしておく必要がある。


 その『やるべきこと』のなかでも最優先事項の一つに挙がるのが――恋愛だ。


 恥ずかしながら、俺は27年間の人生で恋愛経験が一切ない。童貞なのはもちろん、告白したりされたりした経験すらない。そのことは俺の中で強いコンプレックスになっていた。


 俺が経験したのは、片想いだけだ。


(――水島さん)


 胸が高鳴る。

 俺は今日、初恋の人と再会する。


 未来では、水島さんは他の男のモノになってしまっているが、ここではまだその未来は確定していない。

 十年後、俺の隣にいるのが水島さんということも、充分にありえる。


 というか、そうなるように、俺が動く。


 まずは水島さんと友達として仲良くなり、徐々に親密度を上げていき……。

 あのとき伝えられなかった恋心を、万全の状態で伝え、結ばれる。

 それでこそ、俺の未練は晴れるというものだ。


(やっと、会える!)


 知らず早足になっていた。


 実は、この時代に戻ってからずっと楽しみだった。

 今はもう記憶の中でしか再現できない、彼女の笑顔。

 なにはなくとも、会いたかった。


 四階までの階段を登りきり、二年二組の教室へ辿り着く。

 軽く呼吸を整えてから、懐かしのクラスに足を踏み入れた。


「各自、黒板に貼ってある座席表を見て席につけ」


 教卓の前では、担任の神楽坂先生――これも懐かしい顔だ――がキビキビした口調で生徒たちを誘導していた。フレームの細い銀縁眼鏡が、『性格のキツそうな美人』という印象を強めている。


 窓際の自席に向かいながら、ざっとクラスの顔ぶれを見渡して、懲りずノスタルジーに襲われた。


(そうだそうだ、こんな感じだったなぁ……!)


 鉄道オタクの阿部くん。

 家が大金持ちの辻くん。

 成績学年トップの能美さん。


 みんな、俺と直接の関わり合いはあまりなかったけど、しっかりと記憶に刻まれている存在だ。

 これから、彼ら彼女らとも仲良くなっていかないとな。


 さて、俺の想い人である水島さんは――


「……え?」


 思わず、彼女・・の目の前で足を止めてしまった。


 ……俺は水島さんの席を、十年経った今でも覚えていた。


 前回、彼女は窓際の一番前の席に座っていて、俺はその真後ろの席だった。機嫌よさげに揺れるポニーテールを、昨日のことのように思い出せる。


 だから間違えるはずはない。

 彼女の席は、絶対にソコのはずだ。


 なのに。


 水島さんが座っているはずの席には、まったく(・・・・)見たことがない(・・・・・・・)女生徒が座っていた。

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