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第二十七話「和解と対立」

 さて、ゴールを果たした……はいいものの。

 その代償は、なかなかに大きかった。


「いてて……」

「けっこう派手に転んでたもんね」


 俺は茅ヶ崎の肩を借りて、右足を引き摺りながら保健室に向かっていた。触れ合っている部分がやけに熱くてドキドキする。


(さっき手を繋いでいるときはなにも感じなかったのにな)


 いくら『友達』とはいえ、この距離感はさすがに緊張する。

 茅ヶ崎も同じことは感じているのか、挙動がぎこちなく、口数が少なかった。ほんのりと耳が赤く染まっている。


「そ、そういえば、八代が引いたお題ってなんだったの?」


 むずがゆい空気を振り払うように、茅ヶ崎が口を開く。


「お題って、借り物競走のか?」

「そうそう。(たい)(じつ)の子が発表してた気がするけど、聞き逃しちゃって」


 状況が状況だったし、無理もない。

 というか、俺たちは最下位だったし、発表自体されなかった可能性がある。俺も聞いた覚えがないし。


「たしか、『大切な人』だったな」

「へー……えぇぇぇっ!?」


 俺が答えると、茅ヶ崎は尻上がりに語尾を伸ばし、すごい勢いで俺から距離を取った。


「お、おいっ!」


 突然支えを外された俺は、よろめいて廊下とキスしそうになる。それを茅ヶ崎があわてて引き寄せた。


「あっぶねー……」

「ご、ごめん。だって八代が……!」

「俺がなんだよ? 『大切な人』ってお題がそんなに……」


 そこまで言いかけて、茅ヶ崎が狼狽している理由に気づいた。かあっと体温が急上昇していく。


「ち、違う! 間違えた。『大切な友達』だ。『大切な人』じゃない」


 真っ赤な顔で、同じく真っ赤な顔をした茅ヶ崎に向かってぶんぶん首を振ってみせる。

 なんつー言い間違いをしてんだ俺は……!


「な、なーんだ。びっくりした。だよねー……『大切な人』って……そんなの告白みたいじゃん!」

「お、おう。それな」

「あはは……」


 会話が途切れる。


 茅ヶ崎は場の雰囲気を和らげるために言ったつもりだろうが、さっきまでより気まずい沈黙が落ちてしまった。


(なんだこの空気……)


 いよいよ触れ合っている部分が発火しそうだ。怪我のせいで離れるに離れられないのが、なんともいえずもどかしい。


「つ、着いたな」

「だ、だね。着いたね」


 こそばゆさに内心悶えているうちに、保健室に着いた。俺たちは中身のないやり取りを交わしながら、引き戸を開ける。


「あら?」


 そこにはよく知った顔があった。


「八代くん、頭以外も怪我をしたの?」

「頭を怪我したことはない」


 御川は体操着の上に白衣を着て、いつも保健の伊藤先生がいる場所に座っていた。


「借り物競走で転んじまってさ……。伊藤先生はどこにいるんだ?」

「数学の加山先生がぎっくり腰をやってしまったみたいで、その介護に行っているわ。それで保健委員の私が臨時の手当てをしているの」


 丁寧な説明が返ってくる。


 今日はつくづく間が悪い日だ。御川が白衣を着ていると医者というより科学者にしか見えない。治療を任せて大丈夫なのか不安になる。


「それじゃ、あたしの役目はここまでだね」


 茅ヶ崎は俺を椅子に座らせると、タタッと保健室の出入り口まで踵を返す。


「あとはよろしく、御川さん」

「ええ」


 御川が感情のない顔で頷く。俺はなんだか心細いような気持ちになる。が、まさか茅ヶ崎を引き留めるわけにもいくまい。


「ここまで運んでくれてありがとう。助かった」

「気にしないで。……あ、そうだ」


 茅ヶ崎はなにか思い出したようにぽんと手を打って、俺のもとへ引き返してきた。髪の毛からふわりと、甘い香りが漂う。


「選んでくれて嬉しかった……ありがとね」


 俺の耳元でぽしょりと囁くと、また軽いステップで出入口まで取って返した。


「じゃ、クラスのほうに戻ってるから!」


 言い捨てて、逃げるように走り去っていく。


「――」


 残された俺は、呆けたように固まってしまった。耳のくすぐったさが、いつまでもなくならない。


「……仲、いいのね」


 御川がジロリと流し目を寄こしてきて、俺ははっと我に返った。


「け、怪我、見てくれよ」


 話題を変えるべく、捻った右足を御川に差し出す。御川は一つ、嘆息を落とす。


「靴と靴下、脱ぎなさい」

「あ、ああ」


 言われた通り、素足の状態になると、御川は俺の足首を取って自分の膝に置いた。御川の冷たい手の感触、柔らかい膝の感触に、いちいちドギマギしてしまう。さっきからこんなことばっかりだ。


 世の平均的な二十七歳は、これしきでは心を乱さないのか……? すごくね……? などと考えていると、


「いてててててっ!」


 足首に激痛が走る。

 御川に親指で患部を押されていた。


「少し腫れているわね。湿布を貼っておくわ。あと、膝を擦りむいているから消毒しておく」


 御川はテキパキした動作で治療を施していく。優しくもなく、雑でもない、実に機械的な治療だ。ちゃんと正しいやり方で手当てされている感じがして、かえって安心する。


(やっぱり科学者って感じだなぁ……)


 いつも専門書みたいなの読んでるし、白衣姿がサマになる。


「白衣、似合うんだな」

「……着慣れているから」

「ん? なんで?」


 いくら保健委員でもそんなにしょっちゅう着ることはないと思うんだが。

 そんな疑問に御川は答えず、湿布の上から俺の足首を叩いた。


「うぎっ……!」

「終わったわ」

「叩く必要ないだろ!」


 俺の抗議もどこ吹く風、御川は救急箱をしまって立ち上がる。


「そろそろクラスに戻りましょうか」

「え? 保健委員の仕事はいいのか?」

「おそらく、もうすぐ伊藤先生が帰ってくるわ」


 御川がそう言った直後、保健室のドアが開いて伊藤先生が顔を出した。


「ごめんね御川さん、遅くなっちゃって。……まったく、加山先生もお年なんだから、もう少し自重してくれないと」


 ……御川ってエスパーなのかな。

 怖くなってきた。




 御川と一緒に、応援席までの道のりを歩く。ちなみに御川が肩を貸してくれることはないので、ひぃひぃ言いながら自力で頑張っている。


「ノロマね、八代くん」

「鬼め……」


 俺のことを小馬鹿にしながらも、歩幅は合わせてくれているから優しいんだか冷たいんだかわからない。


 なんとか応援席に辿り着くと、そこでは嫌な空気が漂っていた。


「よかったじゃん怜奈。王子様に手繋いでもらえて」

「あの様子だと、やっぱ八代と付き合ってるんだ」

「パッとしない同士、お似合いだね~」


 小野寺、岡井、富永の三人衆が、茅ヶ崎を取り囲んでいた。茅ヶ崎は唇を噛みしめて下種な揶揄に耐えている。


(ついに直接攻撃に出たか……)


 俺と茅ヶ崎の仲は無事、元に戻ったが、肝心のイジメ問題は解決していない。今まではハブにしたり物を隠したりするだけで、本人に直接働きかけてくることはなかったが、ついに身を乗り出したらしい。


「お、きたきた。カレシくんの登場だよ~」


 俺に気づいた富永が、矛先をこちらに向ける。一瞬、ひるみかけるが、意志を持って睨み返す。


「は? なにその目。キモいんだけど」


 小野寺が冷え切った声を浴びせてくる。場の緊張感が一気に高まり、周囲の注目が集まってくる。


(――もう、逃げない)


 これ以上、茅ヶ崎につらい思いはさせたくない。

 だって大切な友達だから。


(茅ヶ崎を傷つけるお前らが……許せない)


 頭に血が上ってくる。もはや俺がどうなろうと構わない。ひとこと、言ってやらないと気がすまない。


 俺が息巻いて口を開こうとした瞬間――。


「いいかげんにしてよ」


 茅ヶ崎が、語気を強めてそう言い放った。

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