第二十五話「それぞれの体育祭②」
部活動対抗リレーを終えて、応援席に戻る。
(……あれ? やけに人が少ないな)
不思議に思ってあたりを見回す。グラウンドでは、競技が終了したのにも関わらず体育会系の部活がやいやい盛り上がっていた。
(若いなぁ……)
反射的にそんなことを思ってしまうが、俺だって若い。来年は、俺もあっち側にいたいところだ。
(ってか、これだけ人がいないなら、茅ヶ崎に話しかけるチャンスなんじゃないか?)
はっと気がついて茅ヶ崎の姿を探すが、またしても見つからない。
「茅ヶ崎さんなら次のパン食い競争に出るから、ここにはいないわよ」
俺の後から応援席に戻ってきた御川が、すれ違い様にそんな言葉を置いていく。波瀬と違って冷やかしではなく、単純に事実を口にしただけといったふうだった。
「えっ、あ、そうか……」
俺はグラウンドの隅に視線をやる。出番を待つ茅ヶ崎が、準備運動をしていた。
(タイミングが合わないなぁ)
歯がゆいものを感じていると、茅ヶ崎がふいにこちらを見て――俺と目が合うとバッとすぐに顔を逸らした。
(うわっ、見てたのバレたか?)
俺もバツが悪い気持ちで茅ヶ崎から視線を引き剥がす。そうこうしているうちに多くのクラスメイトたちがグラウンドから引き上げてきていた。
(茅ヶ崎のこと、応援してやりたいけど……こんなに人がいる中じゃ、声を出して応援なんてできないよな)
せめて、心の中でエールを送ろう。
頑張れ、茅ヶ崎。
まもなくパン食い競争が始まった。
(こんな種目もあったなぁ……)
しみじみと思い返しながら観戦する。茅ヶ崎の登場を待っていると、知った顔がレーンに現れた。
(あいつもパン食い競争に出るのか)
一年生と見間違いそうになる、ショートカットのロリッ子。
連休中、池袋駅でばったり会ったクラスメイト――相馬雫だ。
(そうか……体育祭には出てたっけ……)
針で刺されたようなチクッとした痛みが胸に走る。
文化祭のときには――たぶん、もういなかった。
「いいぞー! しずくー!!」
相馬とよく話している芹生紫苑という女子が、声を張り上げる。
相馬は足こそ遅かったものの、すこぶる器用にパンを咥え取り、一位でゴールしていた。だというのに、いまいち喜んでいるのかわからない、眠たげな表情をしていた。
(なんていうか……独特なヤツだよな、相馬って)
――いったいどんな事情があって、学校を辞めることになったのだろうか?
悶々としているうちに、茅ヶ崎の順番がやってきた。
(頑張れ、茅ヶ崎! 頑張れ! 頑張れ!)
しつこいくらいの声援を心の中で送る。
相馬とは対照的に、茅ヶ崎は足こそ速かったもののパンを取るのに苦戦していた。咥え損ねて飛び跳ねたパンが何度もぺちぺちと顔面に当たっている。
(あぁぁ、なにやってんだ……!)
俺はハラハラしながらその様子を見守る。他の走者たちが次々とパンのもぎ取りに成功するなか、茅ヶ崎だけが最後まで苦戦していた。
「怜奈のヤツ、なにやってんの? ウケる」
前方の席で小野寺が嘲り笑いを浮かべている。クラスの女子で表立って茅ヶ崎を応援している生徒はほとんどいない。
(くそっ、せめて俺は応援してやらないといけないのに……っ)
声が出ない。
こんなアウェーな状況下、茅ヶ崎はきっと惨めな気持ちでパンと格闘していることだろう。茅ヶ崎の必死な表情から、それがわかる。
焦りがミスを呼び、ミスが焦りを呼ぶ――そんな悪循環に陥っている。
俺がもどかしさに奥歯を食いしばっているうちに、競技終了の空砲が鳴る。
茅ヶ崎は結局、パンを咥え取ることはできなかった。
体育祭も終わりが近づいてきた。
次が俺の最後の出場種目である『借り物競走』だ。
我が校の体育祭では全員参加のクラス競技とは別に、各自、一種目を選んで出場する必要がある。俺は運動全般が苦手なので、あまり身体能力が必要なさそうな借り物競争を選んだというわけだ。
「や、八代くん。ファイト」
「フレーフレーでござる! 見よ、拙者の華麗なペンライト捌き!」
西と江口の声援を背中に受けながら、俺は選手待機位置に向かう。その途中、パン食い競争から戻ってきた茅ヶ崎とばったり出くわした。
「茅ヶ崎……」
「……!」
茅ヶ崎の目は、うっすらとだが赤くなっていた。
泣いていたのか?
(なんて声をかけてあげればいい?)
パン食い競争での醜態を、茅ヶ崎は俺に見られたくなかっただろう。よりにもよってこんなときに、ここで俺と鉢合わせしたくなかっただろう。
自分の惨めな姿を人に見られるのはひどく堪える。
(茅ヶ崎は惨めなんかじゃなかった! 一生懸命頑張ってた!)
そう言ってあげたかったけど、さっき茅ヶ崎のことを応援せずに保身を図った俺にそれを口にする権利はない。
「……っ」
呆然と立ち尽くすだけでなにも言わない俺の脇を通り過ぎ、茅ヶ崎は早足で応援席に戻っていく。
たくさん話したいことがあったはずなのに、俺はただの一言も、茅ヶ崎に伝えることができなかった。
暗い気持ちを引きずったまま借り物競走が始まり、俺の出番がやってきた。
まぁまぁなスタートダッシュを切り、お題が入っているボックスまで到着する。
(簡単なお題……来い!)
鬼が出るか蛇が出るか。ドキドキしながら二つ折りの紙を開く。
「――えっ」
そこに書いてあった内容に、思わず声を上げてしまった。
「な、なんだよこれ」
俺が借りてこなきゃならないのは――『大切な友達』。
今、最もタイムリーなお題だった。