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第二十四話「それぞれの体育祭①」

 茅ヶ崎とは話せないまま、それでも体育祭は順調に進行し、俺にも出番がやってきた。


 種目は男子全員参加の『クラス対抗棒倒し』。


 棒倒しは、その名が示す通り『棒』を倒すことを目標としたゲームだ。

 棒は木製のもので、3メートルほどの背丈がある。味方チームの棒が倒されないように守りつつ、相手チームの棒を倒すというシンプルなルールで、かなり肉弾戦の要素が強い。正直、今回の体育祭で俺が最も憂鬱な種目だ。


(ケガしないといいなぁ……)


 競技開始前のグラウンドで、俺は身を震わせる。恐怖と高揚がごっちゃになったような緊張感が場を支配していた。


「男子ファイトー!!」


 応援席から女子の黄色い声援が飛んでくる。それを背中に受けていると、多少なりともいいところを見せようという気になってくる。


(茅ヶ崎は俺のこと、応援してくれてるのかな)


 ついつい席のほうに目をやって、茅ケ崎の姿を探していると、


「茅ケ崎ならさっき、校舎のほうに行ってたぞ。トイレじゃないか?」


 ニヤニヤしながら波瀬が俺の肩を小突いてきた。


「な、なんの話だ?」

「またまた〜」


 強く言い返したいところだが、茅ケ崎の姿を探していたのは事実なので黙るしかない。


「頑張れよ、もやしっ子。俺もカノジョほしいし気合入れるかー」


 波瀬は口笛を吹きながら去っていく。体格がよく運動が得意な波瀬からすれば、体育祭は絶好のアピールチャンスだろう。


 しかし……こういちいち冷やかされてはやりづらいったらないな。


「さ、災難だったね八代くん」

「まったく最近のリア充はなってないでござるな」


 俺が苦虫を噛みしめていると、西と江口が慰めの声をかけてきた。


「言うに事欠いて八代氏のことをもやしっ子などと……八代氏がもやしなら拙者はカイワレダイコンでござるか?」


 痩せ型の俺よりウエストの細い江口が、よくわからないポイントで憤っている。


「ほ、細いの、ボクは羨ましいけどなあ」


 小太りの西からすれば、かえって痩せ型の苦労はわからないだろう。食べても食べても太れないこの悩み……まぁお互いに、隣の芝は青いってやつだな。


「棒倒しの出場選手、配置についてくださーい!!」


 審判を務める先生から指示が飛ぶ。

 一回戦目は、俺たち三人は全員遊撃手のポジションだ。


「ふふふ……実は拙者、二人に隠していたことがあるでござる」


 試合開始直前になって、江口が急に妙なことを言い出した。


「ど、どうしたんだい江口くん」


 素直な西が、不安げに眉根を寄せる。


「実は拙者――」


 江口はたっぷり間を取った後、いつになくシリアスな口調で打ち明けた。


「――忍者の末裔なのでござる」


「……」

「……」


 俺も西も、言葉がなかった。


「ぼ、棒倒し、頑張ろう」

「そうだな」


 気を取り直して、棒倒しに意識を集中させる。


「あっ、さては信じてないでござるな!?」


 江口の悲鳴にかぶさるように、『パンッ!』と号砲が鳴って競技の開始を告げた。両チームの生徒たちが、お互いの棒をめがけていっせいに走り出す。


「ボ、ボクらはこの場所で敵を食い止めよう。少しでもクラスの役に立たないと!」

「なにを弱気な! ここは拙者に任せるでござる! 忍者の末裔として、完璧に偵察任務をこなしてみせるでござる!」


 西の真っ当な意見を一蹴して、江口がいわゆる『忍者走り』でシュタタタタタと敵陣に突っ込んでいく。


「ちょ、ちょっと江口くん、危な――」

「うわあああああああっ!!」


 西の静止は届かず、江口は敵陣の入口で呆気なくぶっ飛ばされていた。


「え、江口ーーーっ!!」


 いや、このオチは見えてたけどね。お約束として叫んでみました。


「お、おのれ、よくも江口くんを……」


 江口の散り様を見て、西は闘志を目に燃やしていた。


「に、西?」

「江口くんの仇はボクが取る!」


 言うなり、西は普段からは考えられない俊敏な動きで駆けだした。そのまま敵陣へ、戦車のように突っ込んでいき――。


「うわあああああああっ!!」

「に、西ーーーっ!!」


 呆気なくぶっ飛ばされていた。


「……しかたない」


 一人取り残された俺は、軽く屈伸運動をしてから、走りだした。


 俺だけなにもしないわけにはいかないからな。

 二人の仇は、俺が取る!


「うわあああああああっ!!」


 ――俺たちの奮闘のおかげか、うちのクラスは棒倒しで全勝を収めることができた。





 昼食休憩を挟み、体育祭は午後の部になった。


 午後の部最初の種目は『部活動対抗リレー』。またまた俺の出場種目だ。


 『部活動対抗リレー』は、運動部と文化部に分かれて実施される。各部活から五人の選手が出場し、一人につきトラック半周……100メートルを走るというルールだ。


 出場選手に関して、これが部員の多い部活なら立候補制になるのだろうが、俺が所属する文芸部はちょうど五人。全部員が強制参加という形だ。


「将棋部……ぶっ潰すぞー!!」


 競技開始前のグラウンドで、八重樫先輩が気炎を上げる。


「筑紫センパイ、なんでヤエちゃんセンパイはあんなに将棋部を目の敵にしてるんですか?」

「僕たちは毎年、将棋部相手に熾烈なビリ争いを繰り広げているんだ」

「しょうもないですねー……」


 水瀬はげんなりした顔でそう言って、俺を見た。


「八代センパイは足速いんですかー?」

「いや、遅い」

「知ってましたー」


 じゃあ訊くな。


 でも、実際問題、みんなのお荷物にならないようにしないとな。

 棒倒しとはまた違う緊張が心を縛っていた。


「誰もあなたには期待してないから安心なさい」

「ふぁいとだよゆずっち!」


 俺の表情からなにかを読み取ったのか、御川が慰め(?)を口にし、八重樫先輩が発破をかけてくれる。


「いや、僕がいちばん心配なのは京子なんだけど……」

「が、がんばるもん!」


 八重樫先輩がうがーっと筑紫先輩に食ってかかる。

 たしかに足、遅そうだもんなぁ……。


 そうこうしているうちに出番がやってくる。第一走者は水瀬だ。


『えみ、こう見えても運動得意なんですよ?』


 大きな胸をえへんと張り、そんなことをのたまっていたが、はたして……。


 スタートの号砲が鳴り、水瀬が駆け出した。


「おおっ」


 かなり順調な滑り出しだ。トップの走者の後ろにくっついて、離されないように食らいついている。余談だが、胸がすごい揺れている。

 あれだけ豪語しておいて情けない結果だったら馬鹿にしてやろうとひそかに思っていたのだが、残念ながらそういう展開にはならなさそうだ。


 水瀬は二位をキープしたまま、筑紫先輩にバトンを渡した。


「お願いしますー!」

「任せろ」


 筑紫先輩はきりっと表情を引き締めて走り出す。

 二枚目なのでグラウンドを駆ける姿はカッコよかったが、肝心の速さはそこそこといった感じで、三位の生徒にかなり差を詰められてしまった。


「頼むぞ、京子!」

「うん!」


 第三走者は八重樫先輩だ。バトンを受け取ると、よたよたと走り出す。


「……おそっ」


 見てて思わず、そんな声が漏れてしまうくらい遅かった。


 八重樫先輩は手足を懸命に動かして、ゴールを目指している。本人が必死なのは伝わってくるのだが、いかんせん全然前に進んでいない。後ろから迫りくる他部活の走者たちに追い抜かれて、一気に最下位まで落ちてしまった。


「ごめんね〜」

「……っ」


 そして第四走者は俺。

 勢い込んで走り出したはいいものの、前の走者とはかなり差を空けられてしまっている。正直、俺の足では追いつける気がしない。


(でも、ここまで頑張ったみんなのためにも、あきらめるわけにはいかない!)


 その一心で俺はがむしゃらに走った。走って、走って、走った。息が切れ、体がバラバラになりそうになる。


 大人になると全力疾走する機会なんてなくなる。無我夢中でなにかをするということを、忘れてしまう。


(どうしてなにもかも――キラキラしたままではいられないんだろうな)


 俺は今、青春を駆け抜けているんだろう――朦朧とする頭の中でそんなことを考えながら、前の走者に追いすがる。

 だけど、根本的な走力の差はどうやっても埋められるはずがなく、最下位のまま、バトンはアンカーに託された。


「はぁ、はぁ……!」

「上出来よ、八代くん」


 御川は力強く、地面を蹴る。


 しなやかに手足を送り出し、ぐんぐんと前の走者との距離を詰めていく。華奢な体からは考えられないくらい、エネルギッシュな走りだった。


「すげ……」


 不覚にも、その姿に見惚れてしまう。羽が生えているのかと思った。


 御影は次々と他の文化部たちを抜き去り――なんと、一位でゴールインした。


「……」


 ぽかーん、とアホみたいに口を開けてしまう。

 いくらなんでも速すぎだろ……。


「やったーー!!」


 トラックの半周先で、八重樫先輩が快哉を叫ぶ。走り終えた御川に頭突きをかますように抱きついた。


「文芸部創部以来の快挙だ!」


 俺の隣で筑紫先輩も、ガラにもなく喜びを弾けさせていた。


「ナイスランだったよ八代くん!」

「いえ、俺は……」


 まったく力及ばなかった。不甲斐ない気持ちで、いっぱいだった。


「……御川のおかげですね」


 八重樫先輩と水瀬にきゃいきゃい囲まれて、うっとうしそうに眉を寄せている御川を見やる。

 いけすかない部分もあるけど、やっぱりすごいヤツだ。


「僕たちもあっちで御川さんを労おうか」

「はい」


 俺は自分の力不足を噛みしめながらも、勝利の喜びと、どこか誇らしい気持ちを胸に、立役者のもとへ歩きだした。

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