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第十六話「修行の成果」

 翌朝。


 登校すると、茅ヶ崎の姿が目に入った。席で一人、スマホをいじっている。


(せっかくだし挨拶してみるか)


 茅ヶ崎の席は教卓の真ん前だ。

 自席に向かう道すがら、朝の挨拶を投げかけた。


「お、おはよう」


 すると茅ヶ崎は目を丸くして、俺を見返した。


「……ん」


 それだけ言って、ふいっとスマホに視線を戻してしまう。

 あまり芳しくない反応だ。


(……あ、あれ?)


 内心焦りながら、自席につく。


 昨日の一件で、少しは心の距離が縮まったと思っていたのだが、俺の勘違いだったのだろうか。


(でもまぁ、そりゃそうか)


 俺も、イジメられてたときは周りが全員、敵に見えていた。

 昨日の今日で、急に打ち解けろというほうが無理な話だ。


 しかも、俺は男子で、場所は教室というオープンフィールド。

 茅ヶ崎の性格上、俺と仲良くしている姿は、周りにちょっと見せづらいだろう。


(気持ちはよくわかる。よくわかる、が……)


 ここで俺が離れたら、また茅ヶ崎は一人ぼっちになってしまう。


 どうやら、修行の成果を見せるときが来たみたいだな。




 休み時間。

 たいして催してなかったが、トイレに立つ。


 その帰りに、ついでを装って茅ヶ崎の席に寄った。


「よ、よお」

「……」


 ぎくしゃく手を挙げる俺を、茅ヶ崎は胡散臭げに見上げる。

 いや、そんな目で見ないでくれ……俺だって精一杯なんだ……。


「いい天気だな、茅ヶ崎」

「は?」


 天気の話から入るのが無難だと思ったのだが、違ったらしい。

 マジな「は?」をもらってしまった。


「……なんでもない。調子はどうだ」

「調子って、なんの」


 つっけんどんに返される。

 俺も、とくに考えて発言したわけじゃなかったので、口ごもるしかない。イジメの状況なら変わっていないのはあきらかだしな。


 しかたない、こうなったら数打ちゃ当たる戦法だ。


「次の授業は日本史だな。茅ヶ崎は日本史好きか?」

「べつに」

「……そっかぁ」


 俺は好きなんだけどな、日本史。幕末とか。

 茅ヶ崎は世界史派なのかもしれない。


 この話題はナシだ。次いこう。


「茅ヶ崎って休みの日はなにしてるんだ?」

「あのさぁ……」


 茅ヶ崎が呆れたように口を開いたところで、先生が教室に入ってきた。


「またな、茅ヶ崎」


 はっきりそう告げて、俺は自分の席に戻る。


 ……よし、この調子で休み時間のたびに声をかけていこう。




 放課後になった。


 今日も今日とて体育祭の準備がある

 俺は自分の仕事を高速で終わらせて、席を立った。


「二人とも、今日は先に帰っててくれ」


 西と江口にそう告げる。


「わ、わかったよ」

「なにやら気合充分でござるな八代氏」


 俺は「まぁな」と笑って、教室を出る。


 印刷室では、例によって茅ヶ崎が一人で働いていた。


「手伝うぞ、茅ヶ崎」


 後ろから声をかけると、うんざりした様子で振り返った。


「また? いいかげん、あんたの顔を見るのも飽きてきたんだけど」

「こっちの仕事が終わったから、暇になってな」


 俺は有無を言わせず茅ヶ崎の横に立ち、仕事を奪う。茅ヶ崎は観念したようで、抵抗することはなかった。


「あんたさ、なんのつもりなの?」


 作業の手を休めることなく、茅ヶ崎が訊いてくる。


「休み時間もしつこく話しかけてくるし……正直ウザいんだけど」

「うっ……」


 そう思われているのは承知の上だったが、面と向かって言われるとキツイものがある。

 女子高生からの「ウザい」は効くなぁ……。


「なんのつもりって言われても……ち、茅ヶ崎と仲良くなりたいと思ってるだけだ」


 恥ずかしい台詞だったので声が上ずってしまった。そのせいで余計恥ずかしい。


「……八代、それはさすがに気持ち悪い」


 茅ヶ崎がドン引きの表情で俺を見ていた。

 うるせーな、わかってるよ……。いちいち傷つくこと言うな。


 俺が落ち込んでいると、茅ヶ崎が「ぷっ」と小さく笑った。


「ありがとね。八代なりに、あたしに気を遣ってくれてるんでしょ?」

「気を遣ってるっていうか……」

「でも、同情ならいらないから」


 きっぱりと言いきる。

 強い子だな、と改めて思う。


「昨日のことは感謝してるけど、それだけ。……もうあたしに構わないで」


 ――なおさら惨めになるから。


 悲痛な心の叫びが、聞こえてくるようだった。

 俺の不器用な接し方のせいで、彼女を余計、傷つけてしまったのかもしれない。


「ていうか八代、話しかけ方ヘタすぎ。もうちょっとマシな話題の振り方あるでしょ。『いい天気だな』って言われて、こっちはどう返せばいいわけ?」

「し、しかたないだろ。趣味とかも合わないだろうし、なに話していいか……」

「それにしてもヘタ。あと、タイミングも不自然。コミュ障まるだし」


 返す言葉もない。

 俺はまだまだ、修行が足りないようだ。


「……念のために言っておくけど、べつに同情で茅ヶ崎に近づいてるわけじゃないからな。仲良くなりたいのだって本当だ」

「ふーん……」


 本心からの言葉だったが、どこまで茅ヶ崎に響いているのかはイマイチわからない。

 やはり、信用してもらうためには俺も胸襟を開く必要があるだろう。


「俺も中学生の頃、イジメられてたんだ」

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