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第十五話「ギャルと童貞」

「――!?」


 いきなり声をかけられ、茅ヶ崎は動揺を露わに俺を振り返った。あわてて涙を拭い、キッと険しい目つきで睨みつけてくる。


「……なに?」


 以前、印刷室でも似たような状況があったことを思い出す。

 あのときは、茅ヶ崎のツンケンした態度にビビッてしまったけど、こうしてみるとただの強がりだったことがわかる。

 これは、彼女が身や心を守るための手段なのだろう。


「い、いや、その」


 ……それがわかっていても、ビビるものはビビるんだけど。

 勢いで話しかけたはいいものの、相手は泣いている女の子だしなぁ……。


「な、なにやってるんだ?」

「……あんたには関係ないでしょ」


 探りを入れてみるも、にべもなく突っぱねられてしまう。

 早くも挫けそうになったが、ここで引き下がっては勇気を出して声をかけた意味がない。


「なにか探してるんだろ? 俺も手伝うよ」

「は、はぁ? いらないってば」


 困惑の様子を見せる茅ヶ崎を無視して、俺は教室内に足を進める。


「えーっと、八代だっけ? ホント、余計なお世話だから。……べつになにも探してないし」


 ……おお、ちゃんと俺の名前覚えててくれたんだな。

 てっきり、こいつらギャルグループからすれば俺なんて有象無象の存在だと思ってたんだけど。

 小野寺とか絶対、俺の名前知らなそうだし……。


「探してるのはキーホルダー……で合ってるか?」

「……!」


 ここで早くもジョーカーを切る。


 たぶん、茅ヶ崎にしてみれば、この状況を俺みたいな日陰者に見られたことが屈辱のはずだ。

 俺のクラスでの評判は、おそらく『根暗なオタク男子』。

 カーストトップに所属する茅ヶ崎からしてみれば、あまり関わりたくない人種であることは容易に想像できる。当然、手助けなんかされたくないだろう。


 だからこそ多少、強引に踏み込まないと、彼女の心を開くことはできない。


「な、なんで知って……」

「小野寺たちが話してるのを聞いたんだ。次は茅ヶ崎のキーホルダーを隠してやろうって」


 ありのままを打ち明けると、茅ヶ崎はサッと表情を青くした。


「やっぱり……あいつら……」

「子供じみたイタズラだよな」


 小中学生ならいざ知らず、高校二年生がやることではない。


「……で、あんたはなに? あたしに同情して、手伝いにきてくれたわけ?」


 皮肉げに口元を歪める。

 涙の気配はすっかり失せている。強がりにしてもたいしたものだ。


「筆箱を忘れて教室に戻ってきたら、茅ヶ崎が探し物をしているみたいだったから、もしかして……と思って声をかけたんだ」


 俺は茅ヶ崎と目を合わせないように気をつけながら、慎重に言葉を紡いでいく。……目を合わせたら緊張で舌がもつれそうだった。


 平静を装って会話を続けてるけど、そろそろボロが出そうだなぁ……ギャルとか一番苦手な手合いだし……。


「……あんたさ、見た?」


 バツが悪そうに、茶色がかった髪の毛をくるくる弄ぶ茅ヶ崎。

 一瞬、なんのことかわからなかったが、すぐに思い至った。


「茅ヶ崎が泣いてたところか?」

「っ……忘れろ! バカ! キモオタ!」


 噛みつくように罵倒される。


 キモオタ……え……?

 予想してなかったわけじゃないけど、俺、マジでそんなふうに思われてんの……?


「お、俺はキモオタじゃないぞ。俺なんかがキモオタだなんて、本物のキモオタに失礼だ!」


 ほら、江口とか江口とか……俺なんかまだライト層だし…………ああっ、ごめん江口……っ!


「べつにどうでもいいし」


 俺のよくわからない言い訳を、茅ヶ崎は一蹴する。

 ……ですよねー。


「そ、それで、そのキーホルダーは、どんなやつなんだ?」


 ショックを押し隠しながら、俺は強引に話題を戻す。


「……ホントに一緒に探す気なの?」

「ダメか?」


 なおも拒絶されるようなら、おとなしく退散しようと思っていたが、茅ヶ崎はぷいっと顔を背けると蚊の鳴くような声で呟いた。


「……勝手にすれば」

「そうする、ありがとう」

「なんであんたがお礼を言うのよ」


 茅ヶ崎は「変なヤツ」とため息をついて、俺に向き直った。


「キーホルダーだけど……クマのやつだから」

「クマ?」

「そう、テディベア。悪い?」


 睨まれる。

 いや、なにも言ってないだろ。なんでそんなに攻撃的なんだ。


「なくしたのに気づいたのはいつだ?」

「今日の放課後。印刷室から帰ってきたら、なくなってた。……鞄にしまってた家の鍵から、キーホルダーだけ」


 鍵そのものは無事だったわけか。

 となると、いよいよこれは悪意の匂いがするな。


「もしかしてなにかの拍子に外れて落ちちゃったのかもと思って、ずっと教室を探してるんだけど……」

「見つからないわけか」


 先を引き継ぐと、茅ヶ崎はこくりと頷いた。


「ってことは、教室にはないかもな」

「じゃあ、どこにあるっていうのよ」

「わからん、探してみるしかない。……ただ、本当に小野寺たちの仕業だとしたら、このまま戻ってこないことも覚悟しないといけないな」

「そんな……」


 茅ヶ崎の顔が絶望に染まる。よっぽど大切なものなのだろうか。


「でも、教室じゃないとしたら、どこを探したらいいわけ?」


 俺は自分の経験に則って、『悪意によって隠された物がどこで見つかるか』を考える。

 ちょうど、小野寺たちが駄弁っていたのは校舎裏だったことを思い出した。


「いちおう調べてみるか」




 校舎裏には、ゴミ捨て場がある。

 俺は中学時代、よく筆箱などを捨てられていたので、そういう意味では馴染み深い空間だ。


「こ、ここを探すの……?」


 焼却炉の前には、ゴミ袋の山が積み上がっている。ここを漁るのは、さすがに躊躇があるだろう。


「俺がやる」


 言うなり、俺はゴミ袋に手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと……なんでそこまで……」


 使命感が俺を突き動かしていた。


 理由はいくらでもある。


 道徳に照らし合わせてとか。

 俺が大人だからとか。

 自分の過去と重ねてしまってとか。


 だけど、もっとシンプルな話。

 十も年下の女の子が泣いているのを見て、ほうっておけるわけがないだろ。


「べつにたいした手間じゃない。袋を開ける必要もないしな」

「え……?」


 俺はゴミ袋をひょいひょいどかしていく。

 奥にある一つを持ち上げたとき、ぽろりとなにかが地面に落ちた。


「あっ……!」


 茅ヶ崎が駆けつけてきて、転がるようにそれを拾い上げる。

 多少、薄汚れてしまっているが……なるほどたしかに可愛らしいクマのキーホルダーだった。


「あったぁ……っ!」


 茅ヶ崎は大事な宝物を、胸にそっと抱え込む。

 その表情は安堵に満ちていて、見ているこっちもほっこりした気持ちになった。


「よかったな」


 キーホルダーがなくなったのは放課後のこと。つまり、教室のゴミ捨てが終わった後だ。

 もし、ここにキーホルダーが捨てられているのだとしたら、直接放り込まれた可能性が高い。小野寺たちも、わざわざ縛ってあるゴミ袋を開けてそこに捻じ込むような面倒な真似はしないだろう。……そう考えたのだ。


「ありがと、八代」


 満面の笑顔が、俺に向けられる。

 俺は照れ臭くて、「ああ」とだけ返して目線を逸らす。


(……そんな顔もできんのかよ)


 茅ヶ崎と言えば仏頂面のイメージだったから、不意打ちに動揺が隠せない。


 この笑顔は、絶対に守らなきゃいけない。イジメなんかによって、奪われていいものじゃない。


 俺は強く、その想いを固める。


 茅ヶ崎は、俺が助ける。

 水島さんに代わって、俺が。

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