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第十一話(閑話)「コミュ障克服レッスン」

 ゴールデンウィーク最終日。

 暇を持て余していた俺は、あることを思い立ち、池袋まで足を延ばしていた。


「せっかくの休み、だらだら過ごすだけじゃもったいないからな」


 駅地下の雑踏を前に、俺は気合を入れる。


 ――俺にはやはり、圧倒的にコミュ力が足りない。


 この一ヶ月で、俺はそれを痛感していた。


 もちろん、前回に比べればかなりマシになっている。

 文芸部ではうまくコミュニケーションが取れていると思うし、西と江口という友達もできた。

 取っ掛かり(・・・・・)さえあれば(・・・・・)、会話を続けられる自信はある。


 そう、問題はそこにある。

 俺には、自ら行動を起こす力が足りない。


 そこで思いついたのが『知らない人に話しかける特訓』だ。


「よし……やるか」


 修行内容はいたって簡単だ。

 駅構内にいる人に声をかけ、どっちに行けば東口に出られるのか訊くというもの。

 これが自然にできるようになれば、クラスメイトに話しかけるのなんてお茶の子さいさいだろう。


「自分の殻を破らないとな」


 大きく深呼吸をする。


 柱の近くでスマホをいじっていた男性に狙いを定める。

 30代半ばくらいで、優しそうな雰囲気を持っている。俺が道を訊いても柔らかく対応してくれそうだ。


 俺は意を決して、その男性に近づいていき――


「……っ」


 ――そのまま目の前を素通りした。


 心臓が暴れている。


 声が喉につかえて出なかった。


 怖い。やめたい。帰りたい。

 そんな思いが首をもたげる。


 ――なんで道を訊くだけのことが、こんなに難しいんだ?


 完全に知らない人が相手だから、失敗してコミュ障を晒したとしても後腐れはない。その場だけ、俺がちょっと恥ずかしいだけだ。


 頭では理解しているのに、どうしてもちっぽけな自意識を捨てきれなかった。


「……こんなんじゃダメだ」


 変わらないといけない。

 今までと同じでは、今までと同じ失敗を繰り返すだけだ。


 自分の弱点がわかっているのだから、克服できるように努力すればいい。今やろうとしていることは、かなり効果的な鍛錬になるはずだ。


 俺は自らの頬を張り、気合を入れ直す。

 くるっとUターンし、男性の元へ歩を進めた。


「……あっ、あの、すみません」

「? はい?」


 勢いで話しかけたものの、相手と目が合ったことで気持ちが委縮しかける。


 ……落ち着け。


 ここで大切なのは、固くならないこと。

 自然体で……できれば人当たりのいい笑顔を作ることだ。


「ひ、東口って、どっちに行けばいいですか?」

「ああ、それなら――」


 うまくできたかはわからないが、快く道を教えてもらうことができた。


「ありがとうございました」


 お礼を言って、ひとまず東口のほうへ歩いていく。


 ……体が熱い。


 達成感と高揚感が身を包んでいた。


(やってみれば意外と簡単なんだよなぁ……)


 そんな当たり前のことを実感する。

 世界は、自分が思っているよりは優しい。


 一つ課題をこなしたことで、気が大きくなっていた。

 この波を逃さないうちに、もっと練習を積みたい。


 同じように道でも訊くか――と思っていたところで、前を歩いていた女の子の鞄からストラップが外れ落ちた。


「あっ……」


 女の子はそれに気づいていない。


 以前までの俺だったら、きっと見て見ぬフリをしただろう。

 親切には、勇気がいる。


 俺は一歩踏み出し、ストラップを拾い上げた。


「こ、これっ、落としましたよ!」

「……?」


 上ずった声を前方に投げると、落とし主がゆっくりと振り返った。


 中学三年生くらいだろうか、ショートカットの女の子だ。覇気のない瞳には、どことなく見覚えがある。

 というか、この子……。


「……相馬?」

「どうして……私の名前……」


 間違いない、クラスメイトの相馬そうましずくだ。

 もともと童顔だが、フリルのワンピースを着ていたこともあり、ことさら幼く見えてしまった。

 俺のなかではある意味、印象が強い生徒で、前回の記憶が色濃く残っている。


「あなたは……」


 相馬は寝ているんだか起きているんだかわからない眼で俺をじっと見て、こてんと首を傾げた。


「……だれ?」


 ……なんとなく予想はできてたけどショックだなぁ。


「八代だ。八代弓弦。クラスメイトの顔くらい覚えておいてくれ」


 俺なんてクラス全員のフルネームを記憶してるぞ。……あれ? もしかして俺、ちょっとキモイ?


「やしろゆずる……うーん、知ってるような……知らないような……」


 相馬はおっとりした口調でおっとりしたことをのたまう。

 俺の影が薄いのは事実だが、この子はこの子でどこかズレている。


「それで、ユズルは私になんの用?」


 いきなりの名前呼びに面食らいながらも、俺は手の中のものを相馬に差し出した。


「これ、落としただろ」


 裸の猿みたいな男のマスコットがついているストラップだ。……ってか、よく見たらすげーキモいデザインだな。ナニコレ?


「あ……私の北京原人ちゃん」

「北京原人ちゃん」


 復唱してしまった。


「人類の進化シリーズなの。……ほら、こっちがネアンデルタール人ちゃん。こっちが我々」

「我々」


 旧人と現生人類のストラップを代わる代わる見せてくれる。

 ……ダメだ、理解が追いつかない!


「拾ってくれてありがとう」


 相馬は俺の手から北京原人ちゃんを受け取り、わずかに口角を持ち上げる。感情表現の薄い子だが、おそらく喜んでいるのだろう。勇気を出して拾った甲斐があるというものだ。


「じゃあ、私は買い物があるからこれで」

「ああ――いや、ちょ、ちょっと待て」

「んー?」


 一瞬、ある考えが頭に浮かび、相馬を呼び止める。

 だが、すぐに思い直して首を振った。


「……なんでもない。また学校で」

「ふーん、変なの」


 相馬は今度こそ、身を翻して去っていく。


「どうにもできない、よな……」


 ……俺の記憶が正しければ、相馬は二学期に学校を辞めてしまう。

 クラスで唯一の退学者。


 俺が関わることで、彼女の未来を変えることができるんじゃないかって思ったけど、なんとも傲慢な発想だ。

 そもそも、彼女が自分の意志で学校を辞めたがっているのなら、俺に止める権利なんてない。


 だけど、もし。

 あの頃の俺みたいに、彼女が見えないSOSを発しているのだとしたら、力になってあげたい。


「……そのためにはまず、俺が成長しないとな」


 ずっと、自分の未練を晴らすことばかり考えていた。

 だけど、もしかしたらこんな俺でも、誰かの役に立つことができるんじゃないか――?


 相馬の後ろ姿を見送りながら、そんなことを思った。

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