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第十話(閑話)「リレー小説」

 五月の頭。

 連休と連休に挟まれた、中途半端な登校日のこと。


 放課後の文芸部で、俺はだらだらと読書に耽っていた。


(暇だ)


 入部する前から知っていたことではあるが、この部活、暇である。


 活動内容と言えば、年に一回、文化祭で部誌を配布するだけなので、この時期は本当にやることがない。

 せいぜい、本を読むか、部誌に載せる短編小説の構想を練るくらいだ。


 本を読むなら自宅でもできるし、執筆に関しても今から急いで始める必要はない。要するに、『やることはあるけど暇』なのだった。


「はぁ~、暇ですねぇ~」


 どうやら同じことを考えていたのは俺だけではないらしい。

 水瀬はぐぐっと大きく伸びをする。身長のわりに大きな胸が強調され、俺は思わず目をそらす。

 俺のあからさまな動揺に気づいたのか、水瀬がからかうような口調で声をかけてきた。


「八代センパイ、なんか面白いことしてくださいよ~」

「いや、無茶ぶりすぎるだろ……」

「そんなこと言わずに~。八代センパイ、一発芸とか得意そうじゃないですか~」


 この後輩、最初に会ったときは大人しくて可愛らしい印象だったのが、すぐに化けの皮が剥がれてきた。

 俺がコミュ障の陰キャと見るや、この態度である。

 いい性格してるよなぁ……。


「あ、自己紹介で失敗した話、もう一回聞かせてくださいよ。御川センパイの真似してスベッた話~」

「それは私も聞きたいわね」


 部室の角で黙々と読書に耽っていた御川が急に顔をあげる。

 なんであいつ、こういうときだけ会話に参加してくるんだ。


「あれは御川の真似をしたわけじゃないし、俺にとってはちっとも面白い話じゃない」

「またまたご謙遜を~。八代センパイの失敗エピソード、えみは好きですよ?」

「嬉しくねぇ」


 失敗の記憶ならいくらでもあるから、つい話しちゃうんだよな。陰キャというのは自虐が好きな生き物なのだ。


「水瀬、そのへんにしてやれ。八代が困ってるだろ?」

「……はぁい、ごめんなさい筑紫せんぱぁい」


 筑紫先輩にたしなめられ、水瀬がぺろりと舌を出す。

 いや、俺に謝れ俺に。


 水瀬のやつ、筑紫先輩の言うことは素直に聞くんだよなぁ……威厳の違いってやつかなぁ……ヘコむなぁ……。


「そうだ! みんな暇なら、リレー小説やらない?」


 バタン! と読んでいた本を勢いよく閉じ、八重樫先輩が唐突にそんなことを言い出した。


「リレー小説?」

「うん。一人30分くらいを目安に書いて、物語を繋げていこうよ。このメンバーなら、きっと面白いお話が出来上がると思うな!」


 たしかに、文芸部っぽいゲームではある。それに創作の勉強にもなりそうだ。


「30分か……ちょっと時間が短いけど、面白い試みかもな。5人で2時間半だから、今日中に完成しそうだし」

「やりたいです! やりましょ~!」


 筑紫先輩が賛同の意を示し、水瀬がノリノリの意を示す。


「私は暇じゃないし、やるとも言ってないのだけれど」

「えー! リカちゃんもやろーよ!」

「……その呼び方はやめてください」


 八重樫先輩は御川のことを『リカちゃん』と呼ぶ。

 『あかり』を逆から読んで『りか』の部分だけ取っているらしい。よくわからないセンスだ。当然ながら、御川はめちゃくちゃ嫌がっている。


(しかし御川のやつ、なんだかんだ文芸部にはしっかり出席してるんだよなぁ)


 友達いらないとか言ってたくせに、こんな暇な部活に真面目に顔を出しているのはなんとも不思議なものだ。


「じゃあ、まずは言い出しっぺの私から書くね! あ、ちなみにテーマは『ラブコメ』だから!」

「京子が得意なジャンルじゃないか」

「ずるいですよぉ~」


 ブーイングが上がるなか、八重樫先輩はさっさと原稿用紙にのめり込んでしまう。

 部員それぞれが好きな物語の傾向はなんとなく把握しているが、書いたものを見たことはない。

 ちょっと楽しみだ。




 そして――。

 2時間かけて、一本の掌編小説が完成した。


「……これは」


 俺はできあがったものを読み返して呻き声を上げる。


「あはは! すごいことになったね!」


 まず一人目、八重樫先輩。

 高校一年生の少女が主人公で、同級生の少年との恋を描こうとしている。時間の問題で出会いのシーンまでとなっているが、ピュアピュアなラブコメが始まる予感がする。ここまではいい。


「僕はコメディーシーンが書けないからな」


 二人目、筑紫先輩。

 それまでライトでポップだった文章が重厚で暗いものに変わり、主人公の心情描写に重きを置いた内容になっていく。主人公が『どうせ、こんな恋に意味はないのに』というような、とても女子高生とは思えないことを長々と考え出し、せっかく縮まりかけていた少年との距離が離れていく。


「いや~、ちょっとやりすぎちゃいましたかね~?」


 三人目、水瀬。

 主人公の心情が、さらに怪しい方向に傾いていく。『真実の愛ってなんだろう?』と考え出し、『それは好きな人と永遠に一緒にいることだ』という結論を出す。そして、カッターで少年の胸を突き刺し、自身も命を絶とうとする。


「ちょっとどころじゃねーだろ」


 そこでバトンを渡されたのが四人目の俺。

 もはや終わっている物語を立て直すため、主人公の自殺が失敗したことにする。ついでに少年も一命を取り留めたことにする。少年は、自分を殺そうとした主人公をおそれ、遠くへ引っ越してしまう。当然、主人公に居場所は知らされていないので、主人公は少年を探して当てのない旅に出る。


「……くだらないわね」


 そして、ラストの御川。

 てっきり参加してくれないのかと思っていたが、ざっとこれまでの流れを確認した後、一文だけ書いていた。


『……という夢を見ました。』


 ……ひどい。

 ひどすぎる。

 まさかの夢オチ。


「私のところまでは完璧だったのになぁ」

「京子は一番手なんだから当たり前だろ。……しかし、それぞれの味が出て面白いなコレ」

「面白かったです~! またやりましょ~!!」


 めちゃくちゃな内容になったが、おおむね部内では好評みたいだ。


「ゆずっちはどうだった?」

「……またテーマや順番を変えてやってみましょう」


 俺もなんだかんだ楽しかったので、そう提案した。


 こうして文芸部では、定期的にリレー小説が開催されることになった。

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