1.不穏な気配
新作のホラー小説がスタートしました!
今回は毎日更新をしていく予定なので、
みなさんよろしくお願いします!(^o^ゞ
僕が目を覚ますと、そこには独房のような光景が広がっていた。
石造りのひび割れた天井は無機質で、その付近にある採光用の窓には鉄格子が嵌まっていた。窓は磨りガラスになっていて、外の光景は何も見えないし、かっちりとクレセント錠まで掛けられていた。
僕はベッドの上で眠っていたようだが、そのマットレスには茶色いシミができていて、首から下を覆っている掛け布団も埃っぽくてカビ臭かった。よく見ると綿は全て抜き取られていて、薄くて保温性能にも乏しいただの布の袋だった。
「なんだここは?」
もちろん、昨晩にこんな宿泊施設に泊まった記憶はない。
徐々に明瞭になりつつある意識の覚醒を待ちながら、顔と目だけを動かして、部屋の中を観察する。
部屋はおおむね正方形で、室内の左端にベッドが寄せて置いてあった。
右側には洋式の便所があり、そこからは拘束用の鎖がジャラジャラと伸びていた。
寝台と便所の間には、廊下へと続くであろう木製の扉があり、メッキの剥がれかけたドアノブが静寂を保っている。その鍵穴は深淵を覗いているが、逆にこちらも覗かれているような気分になって背中がぞわりとした。
僕と真向いの位置にも木製の扉は設えてあった。
素材はチープだし、蝶つがいも外れかかっている。
施錠の有無は知らないが、蹴っ飛ばせば簡単に開いてしまいそうな材質だ。
「なんか気味が悪いし、早く家に帰ろう」
僕は掛け布団を寝台の上に投げ捨てて、石畳に足を付けた。
スニーカー越しにどこかひんやりとした感触が伝わってくる。
足元から冷気が漂っているようだった。
ベッドと洋式トイレの間にある木製の扉は簡単に開いた。
目の前にはトンネルのような光景が広がっている。
照明は何もないが、薄明りで視認することができた。
どうやらここは階段で、緩やかに曲線を描くようにして先に続いていた。
内部は非常に狭いため、腰をかがめて進むことにした。
身を縮こまらせて歩いても、ときどき両肩が石壁にぶつかった。
足の裏が、一段一段、石段を踏みしめる。
その度に無機質な音が鳴った。
やがて木製の扉が、再度、目の前に出現した。
ドアノブを回すと、こちらもためらいなく開いた。
そこは食堂だった。
埃を被った長方形のテーブルに、四人分の椅子が並べてある。
右奥には食器棚が置いてあった。
木製の扉は、目の前と左前方の二か所にあった。
僕は室内を一瞥してから、左前方へと進んだ。
そこの木製扉を開けると、キッチンスペースが広がっていた。
左手にキッチンカウンター、右手には冷蔵庫がある。
埃の溜まったフローリングを見ると、床下収納が中央部分にあった。
「出口はどこにあるんだ?」
そう木製の扉を探す。
正面と、冷蔵庫の奥にあった。
正面の木製扉を開けると、そこは脱衣所だった。
衣装箪笥に、洗濯カゴ、洗濯機があって、強化プラスチックの不透明なガラス越しに浴槽が見えた。風呂場と脱衣所の境にバスマットは敷かれておらず、そこは腐食が進んで黒ずんでいた。
「ここは廃屋か?」
そんな印象を受けた。
まるで住民が煙として消えた跡地のように、静寂と綿埃が堆積していた。
僕はキッチンに戻って、冷蔵庫付近の木製扉を開けた。
そこは、和室だった。
一面に畳が敷かれていて、薄い座布団が向かい合うようにして置いてある。
部屋の左右には、木製扉があって、これもどこかに繋がっているようだった。
僕は左手の木製扉を開けた。
そこは薄暗い廊下だったが、その先には玄関があった。
例によって木製の扉が行く手を塞いでいるが、そんなことはどうでもいい。
やっと外に出られるんだ。
僕はそう安堵の吐息を漏らしていた。
ガチャガチャ。木製扉は開かない。
押しても引いてもビクともしない。
そもそもドアノブが回らない。
僕は軽く蹴りを入れてみたが、それは想像以上に頑丈で、足の裏に、じーんと痺れが襲ってきた。
「なんだよ、開かねーのかよ」
そう後ろを振り向いた。
瞬間、僕は戦慄した。
背筋にぞわっと寒気が走る。
鉄パイプを持った禍々しい老婆が、無表情で立っていたのだ。
彫刻刀で削ったような深いしわを何本も走らせて、その化け物は、嗤った。
ひたひたと、すり足のような歩法で間合いを詰めて、鉄パイプを大きく振りかぶった。
僕は息をするのも忘れて、靴棚を背後にしながら尻もちをついた。
鉄の棒は、ぶぉん、と空気を切り裂く。