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あるゲーム製作現場より~作画班、遠藤さんの話~

作者: 文月 明

「守屋さーん! ヒロインと悪役令嬢との対決シーン上がりましたー! チェックしてくださーい!」


「おい、ここの作画誰だ!? 俺たちの天使、ゆきちゃんはもっとかわいいだろう!? 疲れても手を抜くんじゃない!」


「ちょっと待てよ、木村! ゆきちゃんは天使じゃなくて女神様だろ!」


「そんな論争より早くデバックしてちょうだいな!」


 高層ビルが立ち並ぶ町にある、某ゲーム開発会社のギャルゲー製作部門は、普段の様子からは想像もつかないほど活気にあふれています!

 とか言いましたけど、実際は、「活気にあふれている」なんてきれいに表現できる様相ではありません。怒号です。怒号が飛び交っております!

 あと、一週間! 一週間で、我々はこのゲームを完成させなければならないのです!



 *****



 きっかけは、去年。いつものようにやってきた、ゆきちゃん――守屋部長の娘さん――が唐突に発した、この言葉。


「ねぇ、お父さぁん、最近ねぇ、乙女ゲームの悪役令嬢に転生した主人公がぁ、シナリオを利用してぇ、ざまあみろってするネット小説が流行なのぉ。でもねぇ、その主人公ってぇ、みんな賢いんだぁ。もしもゆきがぁ、そんな感じで転生しちゃったらぁ、どうしたらいいのかなぁ? ほらぁ、ゆきってぇ、あんまり賢くないでしょぉ? だから心配になっちゃってぇ」


 その時は、みんな「へぇー、そりゃあ心配だねぇ」くらいの反応をしました。ところがです、ゆきちゃんが出たことを確認した瞬間にです、部長から「みんな、聞いてくれ!」がありました。

 王子か勇者が演説を始めるときみたいなセリフですが、ツッコんではいけません。部長はいつもそんな感じです。


「みんな、聞いてくれ! 俺たちの癒したるゆきの心配事を、放置するわけにはいかない! だから俺は、ゆきのために、悪役令嬢が報復する道筋をも組み込んだゲームを作ろうと思う! そのためには、みんなの協力が必要なんだ! 力を貸してくれないか!?」


 いくら真実でも、「四十後半にもなって何言ってんだよ、このおやじ」なんて思ってはいけません。ろくに休息も取ってないはずなのに、凛々しい王子様(王じゃなくて王子!)みたいな顔で、特に強い風が吹いていないはずのオフィス内でさらっさらの亜麻色の髪をなびかせて演説している、なんてことは、ここでは日常なのです。


 それはともかく、部長からのキラキラした「みんな、聞いてくれ!」に対する私たちの答えはただ一つ。


「ゆきちゃんのためならやってやる!」


 部長譲りのさらっさらの亜麻色の髪を長く伸ばし、吸い込まれそうに大きな瞳は透き通った琥珀色(奥さん譲りらしい)。繊細なガラス細工でつくられた妖精のように細くか弱い容姿で、ときどき天然な発言もする。ゲーム愛好者に厳しい現代へと舞い降りた天使、いや、女神! そんなゆきちゃんのために費やす時間を惜しむものがどこにいようか、いや、いまい! それが、私たちの共通認識!

 そういうことで、私たちはゆきちゃんのために乙女ゲームをつくることを決めたのです!


 そうそう、ゆきちゃんへの誕生日プレゼントにしようと考えたのですが、生憎、三日前がゆきちゃんの誕生日でした。と、いうことで、私たちが設定した期日は、来年の誕生日! タイムリミットまで一年を切っています。それでも、やるのです! ゆきちゃんのためとあらば、たとえ火の中水の中草の中、森の中! なかなか大変ですけれど、必ず!



 *****



 それから約一年間、私たちは乙女ゲー製作のために血のにじむような努力をしました。


 大変だったのは、時間の確保。私たちのチームはそこそこ売り上げのいいギャルゲーシリーズを手掛けています。続編の発売を待ってくださっているファンの方も多くいらっしゃるので、普段の仕事をいったん止めて、そのことだけに集中するわけにはいきません。私たちはプロですからね。それに、そんなことしたら、ゆきちゃんが養えないじゃないですか。ですから、ギャルゲー製作の合間に休みを返上して乙女ゲー製作を進めるのです。

 しかし、時間の確保よりも大変だったことがあります。それが、製作そのものです。普段からゲーム作りに携わっている者たちであるとはいえ、ジャンルが違えば必要とされるスキルは大きく異なるのです。数ある乙女ゲームを買い漁り、乙女ゲームらしいシナリオやゲームシステム、作画を研究。部長が謎の人脈を駆使してコンタクトをとった乙女ゲーム製作者たち(「リアル王子とかマジ神!」だそうです。「なんで守屋さんギャルゲーつくってるんだろう、既婚者子持ちだけど推せる!」とも。)に適宜アドバイスをもらいつつ製作を進めます。


 シナリオの佐藤さんが乙女ゲーやりこみすぎて、ギャルゲーなのにサービスシーンが少ないシナリオを書いたからって木村さんにやり直しをくらったり(うちのギャルゲーは全年齢対象ではない)、私含む作画班も設定画集読み込んで練習してたからイラストの感じが乙女ゲーっぽくなってきたり、と普段の業務に若干支障を来しつつも、なんとかやってきました。



 *****



 そんなこんなでやっとゲームを完成させた、誕生日一ヶ月前。デバックも終わり一安心していたころ、重大な事実が発覚するという事件が起きたのです。後に語り継がれるその事件とは……、


“ゆきちゃん、ハード持ってない事件”


 そう、私たちはついつい普段通りに最新のハードを想定して製作していましたが、ゆきちゃんは最新のハードを持っていなかったのです!

 なんたる失態。納期一月前に発生した事件が事前調査の不十分さ故ですって? これは、間違いなくわれわれのミスです。ゆきちゃんは何も悪くありません。ハードを持っていないゆきちゃんではなく、調査が十分でなかったわれわれが悪いのです。本当にどうして誰も気が付かなかったのでしょう。

 犯人探しをしても意味がありませんし(気付かなかったんだからみんな悪いし)、どうにかして対処するしかありません。幸いなことに、ゆきちゃんが持っているのは、三世代前のハード! そんなに昔のじゃないじゃないですか! 私がほっと胸をなでおろしていると、みんなの視線が私の方を向いていることに気付きました。きょとんとしている私を見かねてか、守屋さんが声かけてくださいます。


「遠藤さん、三世代前だよ?」


「はい。そんなに昔のハードじゃありませんよね? ちょっといじれば対応できるのではないですか?」


 やめてくださいよ! なんでみんなして、そんな残念な子を見るみたいに見つめてるんですか?! どこからか、「そういえば、遠藤ちゃんはあのときまだ子供だったっけ」とか、聞こえてくるんですけど。なんかちょっと意味深っぽいこと言ってやったって顔してますよ、犯人はあなたですね、佐藤さん! と、ここで、ふと、ある事実に気付きます。


「……ん? 三世代? え、あ、ここのハードが一新されたのって、確か、二世代前、でしたっけ?」


 ようやく気付いた私が背筋に冷や汗を流している様子を見て、全員同時にこくりと頷きます。ああ、そうですよね。確か、システムが全く違うんですよね。――へ? てことは、全部作り直しですか?! あと一ヶ月で?! 嘘だ!!!


 ハードの仕様の都合で、シナリオにも少々改編が加えられました。容量が最新機より少ないけれど、ソフトを二つに分けるほど長いシナリオではないし、何より、ゆきちゃんがプレイするときに面倒だろうから、ということです。それに合わせて、私たちも背景から人物画像、ホーム画面に至るまで細かい調整を加えたり、新しい絵を描き下ろしたりします。

 乙女ゲー製作者の方々にもヘルプに来てもらいましたが、とても間に合いそうにないまま、残り一週間となりました。現場には怒号が飛び交っております。みんな、はっきり言って、必死です。あの“いつもきらきら王子様~”な守屋さんでさえも、疲労の色が見えているほど。それでも、私たちはやるのです。全ては、ゆきちゃんのために!

 ゆきちゃんの誕生日まであと三日! しかし、ゲームは全くもって完成する様子がありません。そこに、どこからか危機を聞きつけたのでしょうか、わが社の乙女ゲー製作部長、山木さんがいらっしゃいました! いついらしても目を惹かれます。真っすぐな黒髪に意志の強そうな黒い瞳、スタイル良くて性格は爽やか、とクール系美人のお手本のようなお方。営業成績も高い凄腕部長なのです。ちなみに、守屋部長とは幼馴染だそうです。

 ヘルプに来てくださったわけではないのでしょうか? 守屋さんのところにつかつかと歩いていかれます。


「ねえ、守屋、聞いたわよ。あなた、せっかく一本ゲームを作ってデバックまで終わらせたっていうのに、ハードを間違えてたからって一から作り直してるんですって?」


そして、衝撃の一言が放たれます!


「ゆきちゃんが最新機を持ってないなら、それも含めてプレゼントしてしまえばいいじゃない!」


 私は、見ました。そのとき、間違いなく、現場に激震が走りました! なるほど、そうです! それで全て解決です! どうして誰も気が付かなかったのでしょう。こういうのが、コロンブスの卵というやつなのでしょうか。「さすが山木さん!」という声があちこちから上がっています。

 解決方法が見つかって興奮する現場を横目に、山木さんは深いため息をついていらっしゃいます。守屋さんにしばらくジト目を向けて「ご、ごめんなさい。ゆきのことでも、もう少し考えて行動します」と言わせた後、もう一度ため息をついて出ていかれました。私はと言えば、やはり幼馴染というのは、目と目で会話できるようになるのですね、と感心しておりました。



 *****



 山木さんから提案があった翌日、守屋部長は最新機を買ってきました。機体の色は、ゆきちゃんに似合う白です。あれから三日間、私たちは再度一通りチェックをして、パーティーの準備をしました。プレゼントの準備に気を取られてパーティーの準備を忘れていたなんて! 山木さんの助言がなければと思うとぞっとします。

 そんなこんなで迎えました、今日がゆきちゃんの誕生日です! 果たして、ゆきちゃんを喜ばせることはできるのでしょうか?! ドッキドキのお誕生日会、スタートです!

 木村さんお得意の動物物まね(動物園の飼育員バイト中にしたときは、本当に仲間だと勘違いされて大変だったたらしい)や、佐藤さんお得意の社員語録朗読(この日のために全員のなにげない言葉を書き留めた手帳から選んでいるらしい。はっきり言ってその執念が怖い)などで場は十分に温まりました。今こそ、プレゼントを渡すとき! 守屋さんがプレゼントを持ってにこやかに話しかけます!


「ねえ、ゆき、ここにいるみんなから、プレゼントがあるんだ」


それを目にしたゆきちゃんは目を真ん丸にした後、満面の笑みで


「へぇ! うれしい! ありがとう!」


と言ってくれました。大輪の花が咲くような笑顔、ありがとうございます! 眼福です!

 プレゼントを開けていいのか、わざわざ確認を取ってくれるゆきちゃんに、「開けてプレイしてみて」と守屋さんが促します。

 ソフトをセットして準備完了!ゆきちゃんがプレイをはじめます。


 難しい、と呟いて頭をひねりながらプレイするゆきちゃん。ゲームしてる姿も妖精、天使、女神。ありがとうございます。あぁ、プレイ終わってますね! 見惚れているうちに……。

 ここからは、みなさんお待ちかね、ゆきちゃんの感想ターイム! さあ、悪役令嬢ざまぁルートももれなく攻略してくれたゆきちゃんからの感想は如何に?! 守屋さんが、みんなを代表して「どうだった?」と尋ねると……


「うん、面白かったよぉ。こういうゲームなら、悪役令嬢になっちゃっても安心だねぇ。すごぉい」


やった! 喜んでもらえたみたいです! と、思っていると、ゆきちゃんはこう言葉を続けました。


「それでねぇ、お父さぁん、最近ねぇ、乙女ゲームのモブ令嬢に転生した主人公がぁ、シナリオを利用してぇ、幸せになるってネット小説が流行なのぉ。でもねぇ、その主人公ってぇ、みんな賢いんだぁ。もしもゆきがぁ、そんな感じで転生しちゃったらぁ、どうしたらいいのかなぁ? ほらぁ、ゆきってぇ、あんまり賢くないでしょぉ? だから心配になっちゃってぇ」


 声にならない叫びが部屋に満ちました。そう、われわれは考えなければならなかったのです。悪役令嬢に転生するなら、他のキャラクターに転生する可能性もあるということを!

 みんな、天使が「これ本当に面白かったよぉ~」と言ってくれていることも目に入らぬほど狼狽しています。ゆきちゃんが危険な目に合う可能性があるゲームなんて、存在を許されないのです!とにかく、「へぇー、そりゃあ心配だねぇ」という雰囲気で返しておきます。

 こうして、われわれだけが気まずい雰囲気のまま、パーティーは終わったのでした。


 ゆきちゃんが帰った後、何が起こったかはお察しの通りです。そう、「みんな、聞いてくれ!」からの「やってやる!」です。こうして、私たちは来年の誕生日までにモブも幸せになれる乙女ゲームを製作することに決めたのでした。

最後まで読んでくださったみなさま、ありがとうございます!

本作はお楽しみいただけましたか? コメディー初挑戦ですので、みなさまを笑わせることができたか心配なのです。

また、あらすじにも書きましたが、作者はゲーム開発に携わる人間ではありません。ですので、実際にゲーム開発を生業としている方は違和感を感じる点もあるかもしれません。このお話はフィクションです、ということで温かい目で見ていただければありがたいです。

もしよろしければ、感想やコメント評価等いただけると幸いです。


なお、続編は予定しておりません。

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