エピローグ クーデター始末記 - グリューエン少尉の場合
健太郎の視点には映らなかった場面、他の子たちは何をやっていたのか?
守護龍カジャグーグーと「シナリオのある闘い」を繰り広げていた彼女の場合は?
・グリューエン少尉の場合(case. Gluhen von Polarstern)
どちらに致命傷を与えるでもなく、一進一退のプロレスバトルを行っていた少尉と災厄の龍(真名は守護龍・カジャグーグーさん)だったが……
その闘いが膠着状態に入って数時間が経過した頃、
「リューエ!」
少尉の陣へ『待望のアイテム』が届けられた!
「でかした! ネル!」
早速その『アイテム』を受け取ると、少尉は最前線の陣から「最後の出撃」、愛馬を駆って、再度闘いのリングへ。
遂に決着か?
固唾を飲んで見守る、憲兵隊と近衛兵団。
しかし災龍は少尉にブレスを吐きかけることもなく……大人しく彼女の接近を許した。
「なんだ?」「なにごとだ?」「何が起こったんだ?」
表面上は【死闘(※ただし、双方に具体的ダメージなし)】を繰り広げていた龍と少尉、もはやノーサイドとでも言わんばかりに歩み寄り……【和睦】した。
シェイクハンドで電撃和解である。
えっ?
何が起こったの?
と、鳩が豆鉄砲を食ったような憲兵隊と近衛兵団に対し、
「聴けよ、兵士諸君!」
龍の前腕に載った少尉は、勇ましく周囲へ語りかけた。
「龍と和解せよ!」
「「「「…………」」」」
急にそんなこと言われても……
そりゃ和解できるものなら和解したいけど、出来るものなのか? 相手は災厄の竜だぞ?
何度も気まぐれで帝都を襲撃し、街の一角を灰燼に帰してきた巨大龍だぞ?
戸惑う兵士たちは互いに顔を見合わせ、少尉の真意に首をひねったが……
「和解は果たせる! 龍は我々と共にある!」
本当か?
この年若き鎮撫将軍を信用していいのか?
確かに龍は、将軍に手懐けられているように見える……
先程までの暴れっぷりは鳴りを潜め、少尉に従っている。
「初代王だ……」「カルストンライト王だ……」
やがて兵たちの間から、そんな呟きが漏れ始めた。
――確かに――見ようによっては――――言われてみれば、なるほど――
龍に載る少尉の姿は、在りし日の初代皇帝カルストンライト王の肖像を彷彿とさせた。
…………と言えなくもない。
帝都エスケンデレヤの民なら皆が知る、あの神話のシーンが実際に目前で為されている。
幼少の日曜日、教会の礼拝学級で見た建国神話の紙芝居にソックリじゃないか。
僕らの世界でいうのなら、モーセの出エジプト記やノアの大洪水、バベルタワーの倒壊を、自分の目で見ているような感覚なんだろう。
そりゃ涙を流して畏怖する者だって続出するだろうさ。
もともと帝都エスケンデレヤは『 龍に祝福されし聖都 』なのだから。
でも人間、神話を純粋に信じるような奴らばかりじゃない。
夢見がちな英雄譚より、即物的な損得勘定で生きている奴だって相当数存在する。
それは、科学文明の人間だろうと中世の人間だろうと同じだ。
だから賢者は用意した。
【そういう奴ら】向けの説得材料も。
「諸君らの信仰あらば! これより龍は! エスケンデレヤの守護龍として! 諸君らの側に鎮座なされるであろう!」
オオォーッ!
湧き上がる兵士たち。
これまで散々【災害】として帝都民を悩ませてきた龍が、自分たちの守護者になってくれる!
もしそれが本当であれば――都は永遠に龍災から解放されるのだ!
こんな朗報が他に有るものか!
「ついては!」
ようやく歓喜の波が鎮まりかけるところを狙って、少尉は【本題】を披露した。
「守護龍様の帝都在留に当たって、警護役が必要かと考えるが、如何か?」
……む? ……む? …………むむむ? ……………………そういうことか?
兵士たちは時間差で気づき始めた。
少尉の言葉の意味を。
守護龍の警護役ともなれば――――それは龍騎将軍の復活ではないのか?
ミラビリス王国の歴史上、龍騎将軍を名乗った者はただ一人、
龍を従えた皇帝、初代カルストンライト王だけである。
エスケンデレヤの男の子は誰しも憧れたものだ、建国神話のドラゴンライダーに。
実際問題、龍の管理ともなれば当然王立軍が担うことになるだろう。
つまり――自分が「龍騎将軍となる」可能性があるのだ、王立軍で出世を重ねれば!
軍務尚書や大陸軍司令長官どころじゃない、全臣民が憧れ敬う、誉れ高き地位に自分が!
このことに気づいた者たちは、色めき立った。
神話への傾倒が薄い者たちまで、目の色を変えた。
「しかし、待たれい諸君!」
喜ぶのはまだ早い! とばかりに少尉は兵士たちに釘を刺す。
「かの粛清王は、君らに将軍職を与えるだろうか?」
シーン……
黙り込む兵士たちが答えを示していた。
そうだ。
慣例に則った常識的人事が執り行われてきた賢王時代なら、いざしらず、
粛清王と化してからの王は、人事よりも人狩りに夢中の暴政者、
官位など、手駒の親衛隊、北面の騎士が独占するのがオチだ。
シュン……
盛り上がった空気が一瞬で萎んでしまった。
しかし!
「案ずるな諸君! ――我が王は、官職を遍く任ずる用意がある!」
我が王?
この国を治むる王は唯一人、賢王フラムドパシオン帝ではないのか?
【妙な見解】を口走り始めた少尉に、兵たちは首を傾げるが、
「今、聖ミラビリスには二人の王が御座す!」
少尉は衝撃的な言葉を畳み掛けた。
「【悪魔に魅入られし粛清王】、そして【邪悪に封じられし真の王】である!」
まさか! そんなことがあるか!
俄には信じがたい言葉に、鎮撫将軍の乱心を疑う声まで飛ぶが、
いや、それなら納得がいく。賢王と讃えられた帝が、あそこまで豹変するのはおかしい! 悪魔に魅入られたに違いない! 今の賢王は別人だ! そうだ、そうだ!
との反論が、そこかしこから挙がった。
それほど、急激な統治方針の変化の方が、兵士たちには理解し難い現実だったのだ。
「はい、号外号外~!」
ドスドスドス!
地響きを響かせながら戦場へ乱入してきた象!
それを駆るキコンデネル、象の背中から【号外】を兵たちへバラ撒いた!
「こ、国王の破門状だと!」
中世に於いて、教会からの破門状は、現代に於ける「人権剥奪」に等しい。
その事実は、叛逆に対する精神的な枷を大いに緩めるだろう。
さすがだキコンデネル!
この【最後の一押し】を得んがための大司教説得だったか!
『叛逆に資する大義』には充分だ。
これが僕らのクーデターに於ける【錦の御旗】となる!
「王を倒せ!」「悪に魅入られし、偽王を倒せ!」「悪の粛清王、これ誅すべし!」
もはや【世論】は決した。
龍に載るグリューエン少尉が、兵士たちを鼓舞して叫ぶ。
「粛清王の国政壟断が続けば、龍騎将軍も王の子飼い、北面の騎士の独占物となろう!」
「諸君がその栄誉に預かる機会は……ついぞ訪れぬ!」
「なぁ、諸君? ――龍騎将軍に成りたくはないか?」
ウォー!!!!
地鳴りのような声が、夜の帝都に鳴り響いた。
許せぬ!
粛清王と、その子飼いの親衛隊は許せぬ!
そんな負の感情が、憲兵と近衛に、かつてない団結をもたらした!
共通の敵は犬猿の仲すら反故にする。
「我グリューエン・フォン・ポラールシュテルン! ここに西面の騎士結成を宣言する!」
「集え、者ども! 正しき王の旗の元へ!」
「我が王は、諸君らに正当な報酬を約束する者である!」
大義は手に入れた。
褒美も用意した。
あとは、討ち果たすべき【偽王】を討つだけだ!
「いざ正義の騎士たちよ――――敵は大監獄に在り!」




