エピローグ クーデター始末記 - キコンデネルの場合 1
というワケで、クーデターの夜、
健太郎の目が届かないところで何が起きていたのか?
解説編です。
人身売買オークションでエルフに扮した僕が囮となり、それに賢王を食いつかせる、
その隙に、蛻の殻となったアンセー監獄(=賢王の根城)へキィロが忍び込み、玉璽の魔術回路を奪い取る。
それが大賢者のクーデタープラン【プランB】のキモだった。
だけど、それを遂げるためには、僕ら全員が困難なミッションを果たす必要があった。
・キコンデネルの場合 (case. Kiccondenell)
オークションハウスでの混乱を扇動した後、自称大賢者は聖ミラビリス大聖堂へと転身した。
荘厳なステンドグラスの光も宵闇に消え……
篝火が聖人像の影を怪しく落とす、夜の大聖堂。
礼拝日には数千人の信徒を飲み込むホールも、今夜の「客」は唯一人。
教会とは様式の違うローブを着込む少女だけだった。
「本日はお目通り叶いまして、誠にありがとうございます、大司教様」
時間外の陳情者に対して、祭壇側には十数名の聖教会幹部が勢揃いしていた。
大貴族や豪商相手でも、ここまでの人数が応対に当たることは、まず無い。
しかも今回の客は歳若き娘が一人。
キコンデネルは『賢者協会の代理人』を称するものの、そもそも賢者協会の幹部は現在、全員が投獄され、処刑を待つ身。
とても信用に足る肩書とは思えない。
しかし、それでも、
聖教会がキコンデネルを邪険に扱わないのは、偏に「昔馴染みへの憐憫と負い目」のせいだ。
元々、聖ミラビリス王国では教会と賢者が並立してきた。
現代日本で例えるならば、仏教と神道が並立しても誰も違和感を感じない状況に近い。
前近代の、社会保障も無きに等しい世界で、『救いを求める民を「顧客」として囲う霊的権威』という意味では、似た者同士だった。
いわば同業者と言ってもいい。
それぞれの領分を侵さぬように、賢者と聖教会は阿吽の呼吸で共存を果たしてきた歴史がある。
そんな共生関係も、賢王の開明施策によって大きく変化(迷信の否定=賢者の一方的衰退。聖教会は王との蜜月を維持)していたが……
伝統的権威である聖教会であればこそ、長年共存共栄してきた賢者を「溺れる犬」として、石を投げつける気にはなれない。
そんな協会関係者の心情を最大限利用し、キコンデネルは異例の面会へ漕ぎ着けた。
「で? いかなる話か――――小さき賢者よ?」
だから、賢者は平伏するべきだ。寛大なる教会の慈悲に対し、本来は。
苟も律法者を自称するならば、敬意を払うべきだ。属する組織が違ったとしても。
ところが自称賢者代表は――
「聖教会の存亡について……大司教様のお耳に入れておきたき儀が」
いきなり教会の幹部たちへ物騒な言葉を放った!
よりによって【聖教会の存亡】だと!?
不躾にも程が有る!
「――冗談も程々になさい……小さき賢者よ」
あまりに不遜な自称賢者、
その時点で面会をシャットアウトされてもおかしくない態度に思えたが……
「戯れにはございませぬ! 猊下!」
陳情者は引き下がらない。
「「「「…………」」」」
列席する司教たちも誰一人、退席したりしなかった。
「子供の戯言よ」と侮り笑う者も居らず、小娘の無礼を憤慨する者も見当たらず。
むしろ司教側の表情は引き攣っていた。
それは取りも直さず【 こ ん な 時 期 】だからだ。
【こんな時期】=暗殺未遂事件で豹変した賢王=粛清王の治世下、だからだ。
老齢の幹部が物心のつく前から、教会と賢者は当たり前のように存在した。
ミラビリス王国の一部として、日常に溶け込んでいた。
迷える民を導く霊的な啓蒙機関として。
それが――
たった一人の王の気まぐれで一気に衰退した。
事実、指導部全員を根こそぎ捕縛された賢者協会は、今や風前の灯だ。
そんな『同業者』の凋落を目の当たりにすれば――――【明日は我が身】――――
漠然とした不安が燻っていたはずだ、聖教会にも。
そこを、キコンデネルは突いた。
「あらま賢きフラムドパシオン帝が恐怖の権化と化した――その経緯を掴みました」
「なに!?」「本当か?」「まさか」
小賢者の思いがけない言葉に、動揺を隠せない聖教会幹部たち。
浮世とは一線を画す教会のコネクションからは、貴族や王族の裏事情も漏れ伝わってくるが……
【王の豹変】については梨の礫であった。
つまり、王の豹変に対する疑心暗鬼は、聖教会内部も例外ではなかったのだ。
「に、にわかには信じられぬ、小さき賢者よ……」
率直な感想を漏らした大司教に対し、すかさずキコンデネルは追撃する。
「王は……フラムドパシオン帝は背教者にございます」
小賢者の言葉に空気が振動した。
専制国家では【口にしただけで死罪】を問われかねない、危険な申告だったからだ。
「「「「!!!!」」」」
普段なら、不敬を口実に摘み出されかねない状況だが……
生憎、疑心暗鬼に囚われた司教たちには、そんな余裕は無かった。
「賢王フラムドパシオン帝は許しがたき背教者。神への教えに背く邪教徒にございます」
「「「「!!!!」」」」
これでは、どちらが格上か分からない。
小娘の言葉に、狼狽える大司教と幹部司教たち。今にも椅子から転げ落ちんばかりの動揺で。
「そ、そこまで断じるのなら、確たる証拠があるのじゃろうな?」
唇を震わせながら大司教が問えば、
「無論にございます」
「…………」
「証拠を――お目にかけたいと存じますが……」
対する賢者は肝が座っていた。
さすがはクーデターなる、史上最大級のデスマーチを僕にプレゼンしてくる子だけある。
「伺おうか、サラーニー村の後継者よ」
努めて平静を取り繕っても、老人は明らかに動揺していた。
数十万帝都臣民を従える聖教会の大司教が、六十も歳下の小娘に翻弄されていた。




