第六章 健太郎、影武者やめるってよ - 2
遂に影武者の役割を投げ捨てて、クーデター首謀者としての本性を顕にした健太郎!
でも、いいのか?
そんなことして大丈夫なのか?
王国最精鋭の賢王親衛隊に処分されちゃうんじゃないの?
果たして、大賢者の秘策とは如何に?
――――が。
それでは収まらない人が居る。
そう、賢王本人だ。この国の正統支配者、フラムドパシオン帝、その人である。
「出合え! 出合え! 奴は偽物ぞ! あの玉座に座る者は、朕の偽物じゃ! 出合えー!」
激高した賢王が北面の騎士を引き連れ、謁見の間へ乗り込んできた!
武装した数十人のエリート兵の登場に、謁見の間は凍りつく。
「殺しても構わぬ! あの不埒者を処断せよ! 偽物を斬れ!」
傀儡の座を逸脱した影武者を、武力で切り捨てるつもりだ!
お手上げだ。
この人数の兵に囲まれちゃ、逃げも隠れも抵抗も出来やしないさ。
元老院で暗殺されるシーザーか……いや、五・一五事件で青年将校に銃を向けられた犬養毅か。
結局、いくら歴史に名を残す英雄でも『斬られれば(撃たれれば)死ぬ』という、ごくごく当たり前の事実を晒すことになるのか? 魔法ビジョンで王国全土へ生中継される中で。
僕は聖ミラビリスのJFKとして名を残すのか?
(いや!)
無抵抗の白旗など挙げてたまるか!
むしろ、ここが大賢者プランBのクライマックスだよ!
土壇場を引っ繰り返す賢者の仕掛けを御覧じろ!
(――少尉!)
僕の傍らで侍る、警護役のグリューエン少尉へアイコンタクトを送ると、
「王を護れ! 西面の武士!」
『指揮官(少尉)』の陣触れに『兵』が呼応した!
ズシャッ!
ズシャッ!
ズシャッ!
ズシャッ!
謁見の間を見下ろすバルコニー、東面西面南面北面、全てに潜んでいた兵が現れ、弓を構えた!
鋭い鋒を賢王に向けて!
「なっ!?」
「何だ、この者どもは!?」
賢王と宰相が驚くのも無理はない。
自分たちに向けられた弓の数――ざっと数百!
軽く見積もって、賢王親衛隊の十倍だ!
いくら精兵とされる北面の騎士であっても、この兵数差は覆せない。
数は力。
戦わずして戦意を削ぐ、最強の視覚効果だ!
見たか賢王!
――これが僕らの逆王手だ!
僕の隣で、鼻息荒くドヤってる少尉。
昨日までは、ただ一人の部下も存在しない、お飾り役職だった征竜鎮撫将軍が、まさかこんな手勢を従えるなんて……賢王も宰相も想定外の事態だろう。
貴族のお嬢と侮られ、男社会の軍隊で冷や飯を喰らい続けた少尉に、ここまで出来るとは!
上出来だ。
少尉もまた、自分の仕事をやり遂げた!
しかし……
「この不届き者ども!」
十倍の兵力に囲まれてもなお、怯まない男が一人。
「なぜ分からぬか? 朕が国家なり! 貴様らは偽物に忠誠を誓うのか?」
さすがだ。
マイクのない時代では、演説力の源は声だ。
王の威厳は声に宿る。
著名な大聖堂や大伽藍ほどの大容積を誇る謁見の間に、【本物王】の声が響き渡る。
その迫力に、思わず北面の騎士たちも弦を緩めかけ――
――――させてなるものか!
「少尉!」
「応よ!」
豪奢な龍の意匠があしらわれた「鎮撫将軍の弓」を持ち出した少尉、
「黙れ――――悪しきもの!」
ビシャッ!
戸惑いの間隙を割って、放たれる一筋の矢。
グリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉の矢は――那須与一も斯くや、の美しい放物線で賢王を射抜く!
いや、分かっている。
賢王のリマンシールは【ラバーメント・オカモトス】。
何十にも重ねたゴムでクラッシャブル構造を作り、物理攻撃を往なす、絶対防御。
たとえそれがアサシンの暗器であろうと、スナイパーの狙撃であろうと、皮膚までは届かない。勢いを削がれ、運動が無力化される。
まさに【アキレスと亀】を具現化したような魔術回路なのだ!
その無限生成の能力こそ、国宝級のリマンシールと呼ぶに相応しい代物なのだが……
でもゴムだから割れる。
鋭利な矢に刺されれば割れる。
いくら鏃と皮膚との間にゴムが無限生成されようと――割れることは割れる。
王に傷一つ付けられなくとも、割れることは割れる。
てことは、つまり……
パァン!!!!
謁見の間に響く破裂音!
当然それは魔法ビジョンでも中継され、全臣民の耳に入ることになる。
『聴き及んだか皆の者! 彼の音こそ、偽王に宿りし悪魔が弾け跳ぶ音である!』
嘘である。
ハッタリである。
その音源は【ラバーメント・オカモトス】、賢王のリマンシールが割れる音だと、僕と少尉は知っているが、そんなこと国民は知らない。
先に言ったもん勝ちである。
だが僕のハッタリは、大いなる効果をもたらした。
「まさか……」
「王の御乱心も悪魔憑きのせいだったのか……?」
「そうに違いない! あんな奇妙な音は聴いたことがない!」
「悪魔だ! 悪魔の絶叫だ!」
高等教育を受けたはずの官僚や富裕商人まで、僕の言葉に動揺している。
忠臣中の忠臣である賢王親衛隊・北面の騎士ですら、王から後ずさり。
自分が守るべき王はどちらなのか、僕とフラムドパシオン帝の間で目が泳いでいる。
中世人の迷信深さを侮ってはいけない。
科学の浸透した現代ですら人は心霊現象に惑わされる。
オカルトだ、陰謀論だ、スピリチュアルだ……霊的信仰は科学文明下でも絶えることがない。
預言とは迷信から生まれるものなのだよ!
「彼の者を捕らえよ! 穢れた悪魔憑きを引立よ!」
少尉の命令で西面の武士が賢王の包囲を狭めても、
「無礼な! 朕こそ王なるぞ! 聖ミラビリスに賢王在りと、その名轟くフラムドパシオンぞ!」
賢王は抗い続けるが、
「「「「…………」」」」
もはや子飼いの兵士にも賢王の言葉は届かず、
賢王親衛隊北面の騎士も次々に剣を捨て、僕に恭順し始める。
「観念なされい! 悪しき偽王よ!」
もはや味方も居なくなった賢王へ、僕は最後通牒を突きつける。
「さぁ!」
しかしそれでも王は足掻くことを止めず、
「思い上がりおって! ――貴様こそ、この世界には不要! 異邦人め!」
「宰相!」
「はっ!」
宰相が肌身離さず持ち歩いていた鞄から【最終兵器】を取り出した!
それは印章。
国の決定を正式なものとする最高権威――『玉璽』である!
「ウハハハ! 貴様と朕、どちらが偽物なのか? この玉璽が証明するであろう!」
勝ち誇った賢王、玉璽を高く掲げ、
「元の世界へ送還してくれるわ! この異邦人めが!」
玉璽=異世界召喚のリマンシールで僕を【強制追放】しようと企てた!
「開け! 超越次元断層! 霊氣ロォォォォード!」
賢王は玉璽を掲げ、迸るマナの奔流をその手に集約する!
――――はずだったのだが……




