第一章 レッドス・ネークって何の肉? - 2
まるでバイクのタンデムみたいな密着感で、狭く薄暗い階段を降りる僕ら。
僕が後ろってのが、非常に情けない絵面だけど。
ちょっとでも離れようものならば、僕の腿に巻き付いた尻尾でグイグイ手繰り寄せられる。
なんて頼もしい騎士さんよ……
女の子だけど。
「ウワァァァァッッ!」
下り階段の行き止まりは、アリーナへの入り口だった。
中を覗くと……バスケットコートほどの闘技場を底にして、すり鉢状に客席が配置されていて、
(想像したよりも随分と大仕掛けな施設だな……)
地下のミニコロッセオでは、満員御礼のギャンブラーたちが声を枯らしていた。
「ピギャー!」
闘技場は宴もたけなわ。
古式ゆかしいグラディエーター vs 足六本の猛獣が、生きるか死ぬかの凄絶バトル。
「殺せー!」
「しのげぇぇぇ!」
天井から吊るされたパネルには、数字とオッズが表示されている。
おそらく剣闘士が何分生き残れるか? みたいな賭け事なんだろう。
一番下の「最後まで生き残る」のベットには、万馬券みたいな数字が記されている。
「早く死ねー!」
「往生際が悪いぞ!」
現代の公営ギャンブルが紳士のサロンに思えるほどの野蛮さ。
観衆は勝馬投票券ならぬ勝獣投票権を手に、罵声とも声援とも呼べぬ奇声を浴びせつける。
(逆に言うなれば……)
人の持つ凶暴性――血の気を削ぎ落とすには、なんと効率的な場所なんだ。
秩序ある世界を維持するための、あまりにも野蛮な「必要悪」。
これも賢王の施策の一貫なんだろうか?
民衆の不平不満を発散させるために、為政者が意図的にお目溢ししてる。
不作為のパンとサーカスシステム。
(異世界の社会科見学としては、非常に有意義だけど……)
「こりゃ、無駄足だったかな?」
僕、本来の目的、「知的戦略を満たすゲーム探し」には合致しない。
この鉄火場で催される「ゲーム」は、戦略よりも偶然性、手っ取り早い結果を得るためだけの単純な賭け事ばかりだった。
ディーラーや他のプレーヤーとの丁々発止よりも、サイコロに運否天賦するものばかり。
そんな難しい顔の僕を察してか、
「あの、男爵様お腹減ってませんか?」
「あ、ああ?」
「レッドス・ネークの串焼きでも買ってきますね!」
取り繕うようにしてケモミミ添乗員さん、売店へダッシュしていった。
「僕のせいだ……」
これじゃ僕はポンコツクライアント。
的外れの発注で開発(添乗員さん)を混乱させる、困ったちゃんじゃないか。
そもそも――
達成すべき目標のコンセンサスが取れていなければ、プロジェクトは横道に逸れていく。
「僕の発注が悪いんだよ……」
この世界を僕は知らない。僕の世界をあの子は知らない。
ちゃんと話をして、互いの認識を擦り合わせることから始めないと。
システム開発だって、異世界探査だって基本は一緒だ。
「だよな……」
いきなりコードを書き始めるのは愚の骨頂。まずはプロジェクトの設計をシッカリと!
「串焼きでも食べながら、腹を割って話をしよう」
同じ釜の飯を食うのは共通理解の第一歩だよ!
「でも、レッドス・ネークって何だ? 何の肉だ?」
と何気なく呟いた独り言だったのに――――
「私がご教示、差し上げましょう」
――帰るはずのない答えが返ってきた。添乗員さんとは別の、女性の声で。
「えっ?」
だけど、声の主を見ることを出来なかった。
なぜなら、振り返る間もなく、僕は背後から目隠しを被せられてしまったからだ。
矢継ぎ早に猿ぐつわまで噛まされ!
果ては手足まで縛られて――抵抗する間もなく僕は自由を失った。
だって、
だってさ、
普通、拉致される危険に備えたりしないでしょ?
現代日本生まれなら。
寝たいなら衆人環視の電車内だって、スヤーと寝ちゃえる安全な国、日本の人なら。
常にスリや暴漢の襲撃を頭に置くようなリスク社会とは縁遠い。
でもここは試される大地。
異世界アンダーグラウンドには、僕らの法が及ばぬどころか、この世界の法すら怪しいもの。
そんな場所で、のほほんと思索に耽る方が悪いのだ。無防備で油断している方が。
……って、捕まってから理解しても遅いのだ!
取り返しのつかないところまで追い込まれてから、「しまった!」と後悔しても後の祭り。
誰が見たって愚か者の所業よ。
就職活動を終えた後で「ブラックだった!」と気づくようなもの。
僕は、何度失敗すれば気が済むのか?
ゴロゴロゴロ……
尻下から伝わる台車の振動。
荷物同然に運搬された僕、このまま外へ運び出され、悪漢のアジトへ移送されてしまうのか?
かと、思いきや……
「ぷはぁっ!」
ものの数分で拘束具を解かれた!
目も口も開放された。
「えっ?」
すると目前に闘技場が!
すり鉢の底から地下闘技場全体を見上げるアングルが飛び込んできた!
――僕は「特等席」に座らせられていたんだ。