第六章 健太郎、影武者やめるってよ - 1
偽エルフとして賢王の陽動に無事成功した健太郎、
果たして、その裏では何が行われていたのか?
部下たちの「仕事」とは何だったのか?
いよいよ、クーデタープランは最終局面へ!
激動の夜は明けた。
帝都の東と南でドッタンバッタン大騒ぎだった騒乱も収まり、街は静かな朝を迎える。
a.k.a. 災厄の龍こと、守護竜カジャグーグーさんは昨夜未明に巣へと帰宅なされ、
(結果として)再び帝都に平和が訪れた――
すべて大賢者のシナリオ通りである。
(しかし……)
まだ計画は半ば。
プランBはクーデター計画なのだから、王を王座から追い落とすまで、成功とは言えない。
果たして僕が寝ている間に、三人は『自分の仕事』を遂げられただろうか?
『大賢者のプランB』自体は完璧な計画だとしても、メンバー各自に課される課題は、容易ならざるものばかり。左団扇でクリアできるようなミッションじゃない。
「少尉……キコンデネル……キィロ……」
この期に及んでは――
もはや彼女らを信じることしか僕には出来ない。
無責任な王を打倒する、その志を同じくする彼女たちを。
「みんななら必ず、立派に! 自分の仕事を遂げてくれているはずだ!」
『大賢者のプランB』、
成功するにしても失敗するにしても、今日が僕の影武者「最後の日」となる。
☆ ☆
決意の朝。謁見の間。
エスケンデレヤ王城でも屈指の大ホールには、宮仕えの高級官僚、軍関係者、商業ギルド連合や各自治区の代表者などが勢揃いしていた。
「国王陛下の~、おな~り~!」
出席者数十名が居住まいを正す中、僕は正装のローブとレプリカの王冠を被って玉座へ進む。
王の務めとして最も大事なものの一つ、褒賞授与のセレモニーだ。
生命を賭して戦った兵に対し、正統な褒美を与える――戦後処理の要である。
これをちゃんと行わないと忠誠心が下がる。シミュレーションゲームでもよくあるアレだ。
もし失敗すると鎌倉幕府(元寇)とか石田三成みたいな羽目になる。
社畜的にも、ボーナスの払いが悪い会社では、オー人事オー人事したくなるじゃん?
今も昔も人は変わらない。現代でも異世界でもね。
『第五十代征竜鎮撫将軍――グリューエン・フォン・ポラールシュテルン、御前へ!』
恭しく王の前へと進み出た、正装の少尉に対して、
「この度の災龍退治、大儀である」
と勲功を讃える。
「征竜鎮撫将軍が生き残ったまま、災龍を撃退した」という事例は、王国始まって以来の珍事なので、褒賞も前例がない。取り敢えずは王が直々に褒めておこう、という形式主義である。
聖エスケンデレヤ王国史に比類なき功績を残した少尉、
水面下では軍務尚書・統帥本部総長・大陸軍司令長官のいずれかに就けることで話が進んでいるらしいが、(本来の順送り人事として)ポストを奪われる側の抵抗は凄まじく、一朝一夕には片付かないだろうという見方が大勢を占めている。
ま、それもこの【大賢者のプランB】が完遂されれば、の話だが。
もし失敗すれば――僕らは本物の王に粛清され、刑場の露と消えるのだ。
晴れがましい祝賀の席だというのに、吐きそうだ。
勝ち筋から一歩でも足を踏み外せば自分の首が飛ぶ、なんて状況じゃ。
いかんいかん!
(覚悟を決めろケンタロウ!)
萎縮してしまいそうな自分に発破をかける。
もはや後戻りなど出来ないんだ。
事の成否に関わらず、今日は「影武者」アーシュラー・フォン・ハーラー最後の日。
仲間の仕事を信じるほかない。
「まこと、光栄の極みにございます、陛下」
『賢王の感状』を王から受け取った少尉は、それを小姓に手渡すと、僕の傍へ。
いつもの位置で僕の警護役へと戻る。
「「……………」」
こんな衆人環視の場では、迂闊に密談も出来やしない。
さりげな~く彼女の顔を覗うと……少尉は悪戯っ子の笑顔を返してくれた。
貴族のステレオタイプには収まりきれない――お転婆お嬢の笑みで。
それで僕は察した――彼女は自分の『仕事』を果たしたな、と。
僕を拝謁する者たちの中に、その笑みの意味を理解する者はいない。
少尉から勇気を貰った僕は、改めて賢王として聴衆へ語り始める。
『ミラビリスの民! 無辜なる我が臣民たちよ!』
王様らしい振る舞いで僕は宣う。魔法ビジョンの中継カメラに向かって。
『此度もまた、ミラビリス神の加護により――この聖都エスケンデレヤは護られた!』
ワーッ!
街頭のビジョンに群がる民衆の声が、ここ王城の丘まで届く。
『まこと慶ばしきことなり! 永遠の都エスケンデレヤよ!』
賢王! 賢王! フラムドパシオン! 聖都! 聖都! エスケンデレヤ!
都の四方八方から歓呼の声が響く。数万単位の民衆の声が。
そして貴人は多くを語らず。
アルカイックスマイルを浮かべながら手を振り、ビジョン越しの民へ応える王。
普段の玉音放送なら、この辺りで最後に『制作 SHK(エスケンデレヤ放送協会)』のテロップで中継終了となる。
宰相から魔法ファックスされてきた構成台本にも、そう書いてある。
しかし!
まだパーティーは終わらない! 終わらせてなるものか!
(さぁ【大賢者のプランB】最終章…… 開 幕 だ よ ! )
ここからが僕らの本番だ!
『さて……地に遍くエスケンデレヤの民よ』
え? まだ続き有りましたっけ?
と首を傾げるSHK中継スタッフを無視して、僕は「賢王のスピーチ」を続ける。
宰相の台本から大賢者の台本へ乗り換えて。
『この比類なき慶事、より多くの民と慶びを分かち合うべきものと朕は思う』
そして僕は言ってしまうのだ。
【影武者の本分】を大きく逸脱する――――王の言葉を!
『拠って、先頃より【アンセーの大獄】で囚われし者……賢王フラムドパシオンの名に於いて、皆の罪を赦すものである!』
「えっ?」「はっ?」「へ、陛下?」
思いがけない【重大発表】に固まる謁見の間。
「……………!」「……………!」「……………!」「……………!」「……………!」
災龍撃退祝賀に湧く城下の歓喜も、ピタリと止み、
帝都エスケンデレヤは未曾有の沈黙に包まれた――――
『……コホン』
あまりの静寂ぶりに、僕まで固まってしまいそうになったが……
The Show Must Go On。
歩みを止めてなるものか!
『王に二言なし! 本日の処刑執行は執り止めとする!』
ワーッ!!!!
【恐怖の粛清王】【アンセー監獄王】として万人を恐怖のドン底へ突き落とした王が――
「元に戻った!」
元の、賢き王様に戻ったんだ!
これでもう怯えた生活を送らなくて済むんだ! 悪夢は去れり!
人々の歓喜は爆発した!
吹き荒れた恐怖政治の終焉を王自らが宣言したことで、帝都エスケンデレヤは沸騰した!
――――が。
それでは収まらない人が居る。
そう、賢王本人だ。この国の正統支配者、フラムドパシオン帝、その人である。




