第六章 大反撃! 大賢者のプランB - 4
見事、大監獄アンセーから賢王を誘き出すことに成功した健太郎たち。
ところが何やら、まだまだ計画は勝ち筋に乗っていないようで……?
まだ事を成し遂げるには足りないものが有る。
果たして、それは何なのか?
話は一週間ほど遡る。
賢王が、アンセーの獄長王へクラスチェンジし、反体制派狩りの恐怖政治を始めた頃、
『大賢者のクーデター』をプランBへと移行する! 大見得を切ったキコンデネル、僕とキィロと少尉にその内容を説明し始めた。
「皆も知っておるように……アンセーは難攻不落の大監獄じゃ」
「そうね」
「帝都を囲む大城壁よりも堅い壁が、外との往来を阻んでおる」
「監獄だからね」
「仮に侵入できたとしても、中には数十人規模の精兵が王を警護する」
いくら優秀なアサシンでも、その数を対処するのは無理があるよね。
「と、なれば」
「と、なれば?」
「賢王陛下に自ら外へ出てきて貰わねばならぬ」
「自ら?」
「そんなの無理だよ、キコンデネル……」
王が引き篭もりを止めないのは、生命を狙われている、ばかりが理由じゃない。
監獄が楽しい、からだ。
任意で選んだ囚人に対して、彼らの生殺与奪権を弄ぶ行為が楽しいからだ。
王の特権【粛清ゲーム】……実際の虜囚を用いての。
それに飽きない限り、絶対安全の穴熊戦法を解いたりしない。
「男爵殿…………悦楽主義者を釣るには、更なる快楽で惹けば良かろ?」
「――【粛清よりも楽しいこと?】」
そんなもの有るの?
王ともなれば、この世の贅沢は粗方経験済みじゃない?
酒も女も美食も征服支配も、並大抵の娯楽じゃ釣れない気がするけど?
「あるじゃろ、男爵殿……賢王にとっての、【最大の関心事】が」
「え?」
「ワシも少尉も男爵殿も聴いたじゃろ――あの時、この耳で」
【あの時】……そうか!
建設途上の新後宮『ノイエボタニシャーガーヘン』へ三人で忍び込んだ時か!
そこで僕らは、扉越しに賢王の肉声を耳にした。
曰く、
――『もっと山が火を吹けば、更に我が後宮の潤うものを』
火山噴火の影響で年貢を払えなくなったエルフの村は、必然的に人身御供を供出する。
それを(入手経路をロンダリングした上で)賢王が後宮へ囲う。
王が耐火倉庫の建設許可を出さないのは――「税の公平性」という綺麗事ではなく、己の性癖を何より優先するからだ!
その発言を裏付けるように、ハーレムには明らかな特徴が見受けられた。
異様にエルフが多いのである。
王国各地から掻き集めたご当所エルフたちが、ハーレムの大部分を占めていた。
朱雀大路を行き交う種族で測れば、エルフ族などソシャゲのSSR以下の出現確率なのに。
「エルフか!」
賢王の【性癖】を餌にするのか!
「ただし!」
「ただし?」
「この策には条件があるのじゃ、男爵殿」
「条件?」
「【餌】のクオリティじゃ」
「クオリティ?」
「賢王を釣るには、ヤツのお眼鏡に適う上玉エルフが必要じゃろ?」
エルフの審美眼なら帝都一、いや王国一の好き者を満足させるクオリティ……
「百聞は一見に如かず」
メタモルフォーゼのシールを剥がしたキコンデネル、
ぺたり。
それをおでこに貼ると……みるみるうちに姿形が変化して、
「あ?」「むむ?」「うぅぅ~ん……」
僕もキィロも少尉も、困り顔。三者三様、首をかしげ。
「これはちょっと……」
キコンデネルの耳は確かに伸びて、エルフの記号性をまとってる。
だけど【なんかちがう】!
変装の精度が甘いというかヌルいのだ。程度の低いコスプレ感、とでも言おうか。
端的に言って、
「「「 安 っ ぽ い ! 」」」
示し合わせてもいないのに意見が一致する僕ら。
「これじゃ、無理だ…………」
帝都一のエルフマニアを騙せるとは、とても思えない……
てことはクーデタープランBも前提が成り立たないってことじゃないか!
「そこで賢者の知恵よ! 男爵殿!」
えっへん。我を崇めよ! ふんぞり返ったキコンデネル。
「な、何か秘策が? あるの? 大賢者様?」
王の審美眼を欺く賢者の知恵が?
「知りたいか? 男爵殿~?」
もったいぶった笑みの大賢者、満を持して種明かし…………の流れだったのだが、
「Ersatz Elf! 通称エルエルフのリマンシールですね、賢者様!」
「…………」
話の腰を折られたキコンデネル、
えぇー……空気読んでよ、とでも言いたげな顔。
「す、すいません……」
「キィロはリマンシールマニアだからね……」
帝都のジャンクショップ街を訪れた時も、目の色を変えて掘り出し物を漁ってたからね。
「こほん」
気を取り直して大賢者、
「まぁ、そういうことじゃよ。Ersatz Elfのシールは段違いじゃ。誰が見てもエルフと疑わぬ、ハイクオリティな変異が可能となるのじゃ」
「つまり|ErsatzElfのリマンシール《それ》を入手できれば……」
賢王を穴熊から引きずり出せる、ってことか!
「エルエルフのリマンシール――それが勝利の鍵じゃ!」
☆ ☆
「ネルも無茶言うわ……」
やる気満々でジャンク街へ向かうキィロを見送りながら、少尉は呟く。
「そんなに厳しいのか?」
「レア中のレアよ、エルエルフとか。私でも知ってるわ」
「メタモルフォーゼ系リマンシールでも、特にエルエルフは高値が付くわ。帝都でも年に数枚しか出回らない上に、もし市場に出たら、すぐ貴族か大商人に言い値で買い取られるとか」
またか!
毎度毎度毎度、大賢者の献策は大雑把すぎる!
無理難題をズバッと解決する策だとしても、前提条件がキツすぎる、いつもいつも!
エルフ村の耐火倉庫案だって、まず資材の輸送手段がない →「じゃあ龍を手懐けろ」。
無茶にも程がある!
かぐや姫の無理難題か?
仏の御石に蓬莱の枝、火鼠の皮衣に龍の玉、燕の子安貝、そんなもん一気に揃えられるか!
いや……龍の玉は守護龍・カジャグーグーにお願いすれば……
いやいや、そういうことじゃなくてだな。
「そんなミッションを課したのかよ、キコンデネルは……」
まさに紛うことなき『難易度:かぐや姫級』。
珍品中の珍品を持ち帰らないことには、大賢者の大逆転プランが叶わない。
そんな重責を、たった一人の女の子に課すなんて……
でも、それはキィロにしか出来ない。リマンシールに関して人一倍詳しい彼女にしか。
ヘタに手を貸そうとしても、足手まといになるだけだ。
「キィロ……」
もう君に賭けるしかない――ジャンクの山から【 宝物 】を探し当ててくれるのを祈るしか。




