第六章 大反撃! 大賢者のプランB - 1
「フッフッフ……大賢者の秘策にはプランBがあるんじゃぁー!」
「「「な! なんだってー!」」」
敵を騙すには、まず味方から。
いやいや、それはおかしい。
ビジネスマンは情報共有が命! 報連相は社会人の嗜み!
なのに、僕の部下は平然とそんなことを言い出す。
ああ、悲しき異世界上司。
で、結局キコンデネル、そのプランBとは何なのよ?
大賢者のプランB、発動宣言から数日後…………
日に日に迫る「サンジョー河原大処刑フェス」に、帝都中が浮足立つ最中……
その空気を一気に覆す、凶暴な【前座】が空から舞い降りた!
「空を見ろ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや、災厄の龍だ!」
帝都から早馬で一時間の山城、そこを新たな根城にしていた災厄の龍(※本当は守護龍のカジャグーグー)さん、
監視の兵を置き去りにして、ものの数分で帝都上空へと襲来した。
本人(本龍)は「諍い事は大嫌い。人間と仲良くしたい」と語る平和主義者だが、
そんな彼(彼女?)の心根を知る者は、この帝都に四人しかいない。
僕とキィロと少尉とキコンデネル、無謀な災竜退治プロジェクトから生還した僕らだけが、彼(彼女?)の気持ちを理解する。
残りの帝都民、数十万人は誰も知らない。
そもそも、「アーシュラー男爵なる素性の怪しい下級貴族の竜退治」プロジェクトは、賢王の命によって有耶無耶にされちゃったからね。
『アーシュラー、そんなのどうでもいいから【本業】を果たせ』という雇用主の命令で、僕は強引に影武者業務へと即日配置転換されてしまった。
なので災厄の龍さんが、その汚名を晴らす機会も失われ……宙ぶらりんのまま放置プレイ。
山城での待機が続いていた。
つまり、帝都の市民にとっては、龍が来た! =龍災で焼かれる! という認識のままなのだ。
当然、大混乱に陥る帝都・エスケンデレヤ。
前回・前々回の襲来(前回=ウェンツェルザイラー採石場からエルフ村へ石材を輸送中、帝都上空を横切った時、前々回=「自分は災厄の龍ではありません」というチラシを空から撒いた時)は肩透かしに終わったが、
ズガーン!
今回の災厄の龍は再び春の襲来地へ降り立ち、完成間近の『ノイエボタニシャーガーヘン』を粉砕した!
「こんなことやってる場合じゃねぇ!」
『アンセー獄長王』の意を汲み、苛烈な粛清ゲシュタポと化していた憲兵隊や近衛兵団も、【龍災】となれば話は別。
先遣の騎馬隊同士が大通りで出合えば、
「我ら近衛は王城側を!」
「了解! では憲兵は町人街側を!」
阿吽の呼吸で配置が決まる。上の指示など待たず、現場指揮官の判断で。
もちろん相手は攻城兵器すら効かない巨大災龍、
駆逐どころか、降りた龍を包囲する程度のことしか出来ないのだが……
それでも、
「帝都エスケンデレヤの兵は!」
「龍の盾!」
己が命に代えても、果たすべき使命がある。
それが帝都守備隊一人一人に刻まれた本能であった。
龍の襲来には全ての仕事を擲ってでも龍に立ち向かう。
それが帝都守備兵の矜持である。憲兵であろうが近衛であろうが関係ない。
常に【龍という災害】を肌身に感じて育つ、帝都民のDNAなのだ。
「災龍の様子はどうだ?」
「不気味なくらい静かです……」
ドラゴンブレスの威力と射程を鑑み、遮蔽物の影から睨み合う兵隊と巨大龍。
「よし、龍の停滞を確認、と王城へ連絡」
「はっ」
龍災は通常、龍が暴れる時期と、停滞する時期を繰り返す。
「災龍の野郎め、今回はヤケに大人しいじゃないか……」
建物ひとつ壊しただけで停滞期に入った龍に、少々訝しげな兵も居たが、
「バカ、油断するな。気を抜いたら一発で昇天だ」
大半は気を緩めることなく、巨大な【災厄】に身構えていた。
☆ ☆
一方その頃、グリューエン少尉は王城で演舞を行っていた。
演武ではない。演舞である。
王国の公式行事では、将軍位の末席に列せられるものの、
一兵の手駒もなく、幕僚も居らず、宮廷内に将軍の椅子すらも存在しない。
彼女にあるのは肩書と――【生贄の使命】だけだ。
それが征竜鎮撫将軍という存在である。
「人間二十年~、下天の内をくらぶれば~、夢幻の如くなり~」
白装束のグリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉、
エスケンデレヤ王城内の能舞台で舞い踊る。
軍人とはいえ元々貴族のお嬢様、その演舞は歴代将軍中でも群を抜いて可憐であった。
列席した軍、教会関係者、官僚らは【捧げもの】となる彼女の舞を厳粛に見届ける。
もちろん征竜鎮撫将軍の命と引き換えに災龍が怒りを収める、そんな保証はどこにもない。帝都に留まるも出ていくも、龍の機嫌次第だ。
龍は人智の及ばぬ【災害】に等しい存在だと、皆が知っている。
だがそれでも、人は救いを求める。
『ここまで我々も犠牲を払ったのだから、その見返りがあってもいい。あるべきなのだ』
古今東西、生贄という行為に付与される願いは、そんなものだろう。
人は因果律を信じたくてたまらない生き物なのだ。
理由なき理不尽を許容できぬ。
艱難辛苦には起こるべくして起こった「理由」があり、その原因を除けば事態は必ず好転する。
対価を支払えばそれに見合った見返りを得られるはずだ。
そう人は信じたいのだ。
だからこそ生贄という【呪術】が連綿と息づいてきたのだ。
「王国の興廃、この一戦にあり!」
おー! えいえいおー!
僕の陣触れに応じ、軍人らが気勢を上げる!
おー! えいえいおー!
つれて列席者全員が拳を突き上げる中、白装束の少尉は戦馬に跨り、
「第五十代征竜鎮撫将軍 グリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉、征竜鎮撫――――いざ参る!」
ただ一騎の護衛すら伴わず、王城を出立した。
兵たちが固唾を飲んで見守る中、巨大龍へ挑む少尉。手には馬上槍一本。
あんな槍じゃ鱗の一枚すら剥ぎ取れないよ。
これから立ち向かう龍に比べたら、あまりに脆弱――まさに象と蟻のごとし。
皆が、馬ごと消し炭となる生贄を覚悟した。
ぶわり、ぶわり……
迫り来る少尉の気配を察知した災厄の龍、
降りかかる火の粉は払わねば、とばかりに腔内で溜めた火炎を吹きつける!
ぎょわぁぁー!
あ、死ぬ。
これは死ぬ。
業火で炭化した肉体は、人の面影すら残らぬ。
そんな予感に苛まれるほどの巨大な火炎弾だった!




