第一章 レッドス・ネークって何の肉? - 1
見当はずれの目的地ばかりで、アテがはずれる健太郎。
果たして、彼が望む「ゲーム」は見つかるのか?
――不健全。
不健全とゲームの親和性は結構高いんじゃない?
日本だって、少し前までは、賭け麻雀や賭けゴルフ、賭け将棋やらが公然と行われていた。
ゲームは不健全と親和性が高い……気がする。
仮にカモられて、少なからぬ「授業料」を払うことになっても……
今の僕は爵位持ち、少々のツケならば王国が保証してくれる身分なのだから。
「いざ行かん! レッツ不健全!」
「来てしまった……」
とても高尚な演劇を公演してるとは思えない区画なのに、その名も【オペラタウン】。
「うおぅ……」
花街とは違った意味で【女子供お断り】の危険区域。
血の色をした街のゲートが、来訪者に暗黙の了解を迫る。
「じゃ、お願いします」
貴族専用の赤い馬を入口の無料案内所に預け、
僕と添乗員さんは「不健全」地区へと足を踏み込む。
「うへぇぇ……」
漂ってくる酒と煙草と吐瀉物の臭い。
無造作に地べたへ寝転ぶ、赤ら顔の男たち。焦点の定まらない目で宙を見てる。
紙屑となった「投票券」を寝藁にして。
(うわぁ……)
呆れるほどに、ザ・スラム!
今まで見た中で最も治安が悪い!
(でも、いいよいいよ、これでいい!)
いかにも【鉄火場】の空気がプンプン漂っているじゃないか!
この退廃にこそ、僕が求めてやまない『ゲーム』が潜んでいるに違いない!
娯楽を産む土壌としては申し分のない需要=ギャンブラーの人口密度じゃないか?
「ここか……」
やがて辿り着く目的地、ギラギラとネオン輝く九龍城。
年代物の煤けたビルディングが怪しい貫禄を放っている。
「ひっ!」
入り口に構えるは、不自然なほど筋肉ムキムキの用心棒!
単眼のゴリアテとでも言うべき異人種のバウンサーだった。
「大人二枚」
だけど添乗員さんはたじろくこともなく、ハンマーのような拳にチップを握らせると……ゴリアテはノーチェックでゲートを通してくれた。
(な、なんて肝が座っているんだ、この子は……)
男の僕ですら腰が引けているのに。
九龍城へ入城しても気は抜けない。
薄暗い通路には、ガラの悪い男たちが屯している。
わざわざ派手な入れ墨・ピアス・金刺繍のスカジャン等で自己主張しなくとも――尻尾とか角とか身体から生えてるんですけど! まさにナチュラルボーンの全身凶器!
「男爵様、離れないで下さいね」
離れないでと言われなくたって離れるものか!
(自分で「行きたい」と言っといて何だけど、こんなにヤバい場所だったとは……)
想像していたより十倍くらい治安が悪い。
(王子様ルックの貴族とか、護衛なしじゃ数分で身ぐるみ剥がされるぞ!)
そんな状況を察してか、
くるくるっ!
僕の太ももに絡みついてくる……蛇!
……ではなくて、もっとモフモフっとした鞭状の物体。
(尻尾!)
ケモミミ添乗員さんの尻尾が僕の腿に絡みつき、腰と腰が密着する。
で、僕の右手が添乗員さんの右腰、彼女の左手が僕の左腰、変形の二人三脚みたいな態勢に。
亜人種ならではのガード法?
僕の露払いを務める添乗員さん、怪しい男とすれ違うたびに犬歯を剥き、
「……!!」
痛い目に遭いたくなかったら関わるな――と周囲を威圧する。
(てか、その爪!)
鉤爪状の爪が出てますよ? ネコ科? ネコ科なの? 出し入れできる爪?
妖しいギャンブル小屋を掻き分け進むケモミミ添乗員さん、「牙が鋭い方が勝つ!」とでも言わんばかりの臨戦態勢。鉤爪と牙が、闇に光る。
(た、頼もしい!)
なんと頼もしいエスコートなんだ――添乗員さん!
普通の観光地では、拙い案内っぷりが初々しい添乗員だったのに……
お客様の身は私が守る! と我が身を挺する姿、まさにプロの鑑!
(これは感謝状レベル!)
城に帰ったら、直々に書いてあげよう。
「この子は優秀なツアーコンダクターです」と僕が一筆認めてあげれば、
上司も理不尽な解雇とか考えなくなるよね?
――あの報連相ノートも花丸で還ってくるよ!
ムワッ!
「うおっ!」
メインのフロアに出ると、ギャンブラーの熱気で噎せ返るようだ。
低い天井に薄暗い灯り。酒と煙草と何だかよく分からない刺激臭。
蠢く人いきれの中で、それぞれのギャンブルの「場」だけが煌々と照らされている。
ザッツ、アンダーグラウンド!
まさに【魔窟】と呼ぶに相応しい様相じゃないか!
「さて、本題……」
この世界の住人は、どんな「不健全」で射幸性を満たしているんだ?
存分に見聞させてもらおうじゃない!
と意気込んでフロアを見回ってみたところ……
「むむむ……」
現代的な表現でいうと、パチンコ(っぽい玉入れ)、ピンボール、チンチロ、バカラ……
ドッグ(ではないが、小型犬サイズの謎の生き物の)レース、闘鶏(鶏ではない)。
思ったよりも随分と……原始的な賭け事が多い。
「う~む……」
「……あの、男爵様?」
どうしたもんか? と腕組みした僕の機嫌を伺うように、
「別のフロアへご案内しますか?」
添乗員さん、おそるおそる提案してきた。
「別の?」
「地下にも、別のアトラクションが……」