第六章 アンセーの大獄 - 3
「狂気の粛清王」「アンセー獄長王」へ豹変、人の命を弄ぶ快楽に目覚めた、(元)賢王フラムドパシオン。
その圧倒的な恐怖政治の前に、専制君主の空恐ろしさを思い知る健太郎と仲間たち。
王が賢ければ、理想の国が出来る。
しかし、
王が狂気に目覚めれば、地獄が降臨する。
絶対王政の恐怖が吹き荒れる聖ミラビリスで、健太郎たちは生き残ることが出来るのか?
「まさか、こんなに楽しいことが世の中にあったとは!」
「賢王」改め、「狂気の粛清王」「アンセー獄長王」と呼ばれるようになった彼は、夜な夜な粛清リストを練り続ける。
どの殺し方が最も罪人を絶望させることが出来るのか?
どの順番で処刑の事実を伝えれば、上手い具合に罪人の心が折れていくのか?
「さぁ、明日は誰に命乞いをさせようか?」
☆ ☆ ☆ ☆
日に日に充実してゆく【粛清王の処刑リスト】とは対照的に、僕らのクーデター計画は完全に行き詰まっていた。
【大本営】を、王城の奥からアンセー監獄へ移しても、賢王と宰相の権力は万全、
全ての権限を君主フラムドパシオンへ集中させ、トップダウンの絶対王政を維持している。
直属の『手駒(=北面の騎士)』を新たに保持したことで、その権力は更に盤石のものとなっている。
宮廷の主だった高級官僚も、全て監獄の主にお伺いを立てている。
王城に留まる僕は、宰相の息の掛かった執事に見張られ、独自の行動なんて採りようもない。
王国内に於ける僕の政治的な影響力はゼロだ。
ただ、宰相から渡されるステートメントを読み上げるだけの人形に過ぎない。
むなしい……
無為に過ぎるだけの「勤務時間」……
☆
夕刻、影武者勤務を終えた僕が、高級娼館『石神井』のVIPルームへ【帰宅】すると……
「ううう……」
過去のクーデターを分析して、計画のブラッシュアップを図ろうとした賢者、机に突っ伏しギブアップ。
「ううう……」
アンセー監獄を攻略のため、見取り図とにらめっこしてたケモミミアサシンも白旗だ。
どう練り直そうが『大賢者のクーデタープラン』は煮詰まっていた。
・賢王が王城から、難攻不落のアンセー監獄へと根拠地を移したこと。
・毒素と爆破を両方とも遮る、賢王のリマンシールの正体が掴めないこと。
・賢王が新たに編成した武装警護部隊、北面の騎士が厄介すぎること。
これらを僕ら四人で解決するなんて不可能だ。常識的に考えて、困難極まる。
「賢王が監獄に籠もっている限り、どうしようもないんじゃないか、これ?」
キコンデネルとキィロ、大賢者の名を継ぐ博学少女と、有能なアサシンが延々と知恵を絞っても答えがないんじゃ、『大賢者のクーデタープラン』はデスマーチにハマってしまったとしか……
(自称)大賢者には認めがたいことかもしれないが、デスマーチの沼は底なしだ。
ハマりこんだら抜け出せない蟻地獄だよ。
「もう無理やで?」と肩を叩くのも上司の務めだ。
がんばった。君らがんばった。
だから、もう休め。
「キコンデネル……キィロ……」
上司から苦渋の決断を彼女たちに告げようとした、その時…………
「大変よ!」
血相を変えたグリューエン少尉が部屋に飛び込んできた!
「ど、どうしたのよ?」
『最近創刊されたBL専門誌の発売日なので、先に帰ってて』と、僕とは帰路が別れた少尉だったのだが……
「これ見て!」
彼女の手には耽美男子の艶本、ではなく――発行されたばかりの瓦版が握られてて、
「!!!!」
その大見出しだけで、僕らをノックアウトするに充分だった。
【速報】アンセー監獄より発表! 来るサラマンダ月の四十九日、大獄の罪人処刑を執行!
ヘッドライナー:
大罪人 ギヨーム公 コーズウェイ
大罪人 賢者協会主宰長
並びに サラーニーの大賢者
於:サンジョー河原、リバーサイドステージ
他、執行囚人、近日追加予定!
桟敷席整理券、明日正午より配布開始!(アンセー監獄正門前特設窓口にて)
良い席はお早めに!
「来週かよ!」
またも先手を打たれた!
こちらが手を拱いている間に、またヤられた!
宰相と賢王コンビに出し抜かれた!
「くそ! どうしたら……」
このままではキコンデネルの祖父(サラーニーの大賢者)が処刑されてしまう!
当然、影武者には、それを止めさせる権限などない……
「『大賢者のクーデタープラン』は破棄じゃ、男爵殿……」
「大賢者が諦めるのかよ!」
お祖父さんが斬首されてしまうんだぞ? 皆の見守る前で! 大罪人として!
僕は嫌だ!
キコンデネルが悲しむ顔なんて見たくないよ!
「こうなったら多少無理めでもアンセー監獄へ忍び込んで、賢王の首を獲らないと……」
たとえミエミエのデスマーチプロジェクトでも、失敗の公算が高い事業計画だとしても、避けては通れぬ道もある!
「無理なものは無理じゃ、男爵殿……」
「じゃあこのまま、指を咥えて見てろって? 粛清王の暴虐を!?!?」
「否!」
娼館の借り物衣装を着た自称大賢者、胸を張って断言する!
「最後まで話を聞かんか男爵殿……ワシらが捨てるのはプランAじゃ」
「えっ?」
「現時刻を以って【大賢者のクーデタープラン】はプランBへと移行する!」
「「「な、なんだってー!」」」
そんなものがあるなんて全然聞いてないんですけど僕もキィロも少尉すらも!
もうほんと、大賢者は大雑把で説明不足が過ぎる! いつも! いつもいつも!




