第六章 アンセーの大獄 - 2
見事失敗してしまったクーデター計画の失地回復を目指すべく、
計画の練り直しを計っていた健太郎たち。
しかし、敵の動きは早かった!
逆に、暗殺未遂事件を利用され、宮廷内に燻っていた反体制派や大貴族を一気に投獄!
「名君・賢王の徳のある政治」から、強権恐怖政治体制に移行されてしまった!
その賢王は厳重警備のアンセー監獄に立てこもり、アサシン・キィロも手を出せない。
どうするどうなる健太郎?
賢者のクーデター計画は完遂できるのか?
『アーシュラーの様子は、どうだ?』
「はっ。午後の謁見希望者が居らぬと聞くと、定時前に王城から退去して行きました!」
『それで何処へと向かった?』
「遊郭通いのようです。側用人の女に首輪を着けさせ、腑抜けた顔で馬車に乗り込みました」
『着けさせたのか?』
「アーシュラーが犬側のようで。とんだ好き者です、奴は! ハッハッハ!」
『馬鹿者!!!! 尾行は着けたのか? と訊いている!』
「あっ! 申し訳ございません宰相閣下!」
『クックックック…………結構じゃないか、宰相!』
「その声は賢王陛下!」
『派手な女遊びで性病を患ったギネスは元より、堅物のトカマクも足繁く通ったそうじゃないか、こっそりと花街へ。夜な夜な遊女たちと『会食』を重ねておったのだろう?』
『そのように聞いております、陛下』
『血は争えぬ。どの世界の【コシミズケンタロウ】も性根は似通ったものよ!』
『仰せの通りにございます』
『なにせ【奴】は朕じゃ! 』
王城へ忍ばせた斥候執事とのホットラインを切っても、賢王の高笑いは続いた。
「政務に励んだ後は女の肌が恋しくなる――【朕】の考えなど、お見通しよ。カッカッカ!」
「――陛下」
「何か、宰相?」
「アーシュラーは、裏切り者と近しくあった者。危険視するべきではございませんか? 場合によっては始末なさっても……」
「其方の買い被りではないか、マキビ? あれが警戒に値する傑物だとでも?」
「用心するに越したことは」
「心配性じゃのう宰相よ……」
「仮に、あの朴念仁が裏切り者と組んで朕の首を狙う不逞の輩であったところで……」
やおら立ち上がった王が勢いよくカーテンを開くと――
「見よ、このアンセー監獄の厳重防備を!」
高さ十メートルを越える頑丈なレンガの壁、
監獄内を隈なく監視するように配置された監視塔群、
「朕を守る精兵を!」
張り詰めた緊張感で警護を担う、屈強な兵たち。いかなる侵入者も許すまじ、との使命感に漲っている。
我らは神と手を切って、地獄の悪魔と手を取った……難攻不落のアンセー大監獄。
「たかが転生者風情に、何が出来るというのか?」
ここは王城すら凌ぐ物理の結界、と王は自賛する。
「それにだマキビよ――奴は朕には逆らえぬ。絶対に逆らえぬ」
そう、賢王は玉璽を撫でながら嘯いた。
「これが朕の元にある限り、奴は元の世界へ還ることも叶わぬのだから」
転生コントローラーとなる玉璽、これが勝利の鍵よ。
王は不敵に笑った。
「せいぜい、アーシュラー男爵を働かすがよい。奴が朕の代わりに雑事を請けるならば、朕らは【余興】に集中出来るではないか?」
――【余興】。
「王の私室=獄長室」の床には似顔絵入りの指名手配ポスターが散りばめられていた。
「さて……今日は何奴から拷問と処刑を始めるか……」
☆ ☆ ☆ ☆
「ねぇ陛下」
「なに、少尉?」
「この粛清――どこまでエスカレートするかな?」
王城を「定時退社」し、歓楽街へ向かう道すがら。
足早に通り過ぎる馬車の窓からも、血も涙もない【叛逆者狩り】の横行が目に飛び込んできた。
泣き叫ぶ妻を足蹴にして、強引に旦那が引き剥がされていく。
今や、特権階級とも呼べない中層下層にまで粛清の手が伸びているようだ。
密告が密告を呼び、疑わしきも逮捕することで王の歓心を得る。
世も末だ。
「宮廷内に燻っていた反体制派は、ほとんど投獄されちゃったけど……」
「終わらないよ、少尉」
「えっ?」
「終わらない。続くよ恐怖はどこまでも――だ」
なぜなら【 粛 清 は 楽 し い 】から。 ――それを僕は知っている。
あなたの粛清はどこから?
僕は戦略シミュレーションの戦後処理から。
戦フェイズが終わると、敗者が僕に懇願してくる。
「命だけは!」と慈悲を乞う無能武将を、僕はボタン一つで処刑する。
その整理の様が楽しいのだ。
粛清は楽しい。
だからこそ人類史でも粛清が繰り返されてきた。
君側の奸が、プロレタリアト党指導部が、カルト団体の教祖が、
おぞましいほどに繰り返してきたのだ。幾度も幾度も幾度も幾度も!
尤もらしい理由を述べたところで、それは後付けだ。単純に「粛清は楽しい」のだ。
他者の生殺与奪を握ることで、快楽の脳汁がブシャッ! と出るのだ、人の脳は。
そういう風に出来ている。
それを自覚した。ゲームという架空の世界で、僕は自覚した。
僕は、僕の思考を理解できる。
王の脳内で、ドーパミンやエンドルフィンの湧き出る要因は何か、手に取るように分かる。
なにせ、王は【僕】だから。平行世界の僕自身、だから。
僕はフィクションで体感したからこそ、生命の遊戯化は絶対に現実へ持ち込んではいけないと弁えた。
でも……
シミュレーションが存在しない世界で、その『悦楽』を愉しむには……実在の人間たちを駒とするしかない。人間将棋の盤面で実際に殺し合うほかないのだ。
失ってからでは取り返しがつかない、この【現実】で。
だからこそ僕は――その王を除かねばならぬ。




