第六章 アンセーの大獄 - 1
一度は失敗してしまったけど、問題点を克服すれば必ず成功できるはず!
そう思った時が僕にも有りました……
でもチャンスの女神には前髪しかないのです。
特に「対人戦」ともなれば、抜け目のない敵は容赦しません。
溺れる犬は石を以て撃て! とばかりに追撃してくるのが人間というもの。
賢王と宰相にイニシアチブを奪われまくりの健太郎、果たして反撃の機会は訪れるのか?
グリューエン少尉を伴い、慌てて王城へと登城すると……宮廷は戦場の趣だった。
憲兵や近衛兵によって、見知った顔が次々にしょっぴかれていく。
「なに? なんだこれ? いったい何が起こっているんだ?」
様相が一変した宮廷の有様に目を丸くしていると、
「陛下!」
縛られた高級官僚、僕の姿を見つけるなり、
「何故に私が捕縛されねばならんのですか! 身を粉にして陛下に尽くしてきたのに!」
と鬼気迫る勢いで訴えてくるが、
「不敬である! 穢らわしい罪人めが!」
憲兵の警棒でこっぴどく打ち据えられ、彼はボロ雑巾のように連行されていった……
怒号飛び交う宮廷を抜け、どうにか王の控えへと辿り着くと……
昨日まで僕の世話をしてくれた侍女も小姓も執事も、見当たらず、
憲兵に捕まったのか、それとも恐れをなして逃げたのか?
否が応でも不安が募る中で、
「陛下、これ!」
事態の把握に走ったグリューエン少尉が控えに戻ってきた。手にはお馴染みの紙片を携え。
「号外出てたよ!」
激動を伝える瓦版、昼の号外には、引き続き朝の続報が載っていた。
『賢王陛下、爆殺未遂犯逮捕へ大号令!』
当然、僕はそんな命令を出していないし、出せる立場でもない。影武者なので。
だけど、これまでは事前に打ち合わせがあった。
(本物と影武者の間で)認識の辻褄を合わせるために、政策や人事・褒賞については、宰相から直々に僕へレクチャーされるのが常だった。
ところが今回は、一切なし。
全く僕が預かり知らぬところで――――いきなりの大疑獄が始まった。
☆ ☆ ☆ ☆
日没と共に謁見の間は閉じる。
「フラムドパシオン様、此れにて御退場ぅ~」
影武者としての「勤務時間」を終え、控えへ引っ込むと、早速、夕刊各紙に目を通す。
「やっぱりか……」
夕刊の詳細な逮捕者リストには……「サラーニーの老賢者」の名が。
在ってほしくない名前も、しっかりと記載されていた。
賢王の戴冠以来、彼の代名詞とも言える開明施策で、商売上がったりの賢者教会。
ことあるごとに施策の取り下げを陳情していたらしいから、そこで賢王の不興を買ってしまったんだろう……
「ギヨーム大公まで……」
リストを見た少尉も絶句している。
ギヨーム公爵――少尉に征竜鎮撫将軍職を攫われるまで、猟官レースの最有力候補として君臨した、王国屈指の大貴族。
宮廷でも最大級の発言力を持つ、重鎮まで捕縛されたのか……
というか、どうするんだ?
中世の不始末処理なら連座制も当たり前。良くて減封、悪ければ御家断絶も十分有り得る。
今頃、当主の逮捕にギヨーム大公家は大揺れだろう。
浅野内匠頭切腹の報を受けた赤穂藩みたいな有様に違いない。
そして、リストの掲載者は賢者協会の関係者や、大貴族、高級官僚だけではなかった。
税制に異を唱える不満分子、進歩派知識人・論客と多岐に渡り、
記事には「一揆の扇動」や「迷信の流布」「危険思想の啓蒙」との嫌疑が並ぶが……
「確たる証拠があるとも思えない……」
検挙された数(※数十名)からして、とても罪状を精査しているとは思えない。
常識的に考えてあり得ないよ。
「そうだね……これは【現体制に不満アリ】と疑われる人を片っ端から逮捕しているだけだ……」
疑わしきを罰している。
何の証拠もなしに。
「これが専制国家か…………!」
王個人の猜疑心次第で、罪状がでっち上げられる。
証拠不十分でも身柄を拘束される。
絶対権力者による【駆除行為】に等しい。
他人事ながら背筋が寒くな…………
ぴるるるるるるる!
「「うわー! びっくりしたあああああああああ!」」
突然鳴り出す黒電話に、僕と少尉、抱き合ってビビり合う。
なんてタイミングだよ全く!
心臓に悪い!
しかし……
王の控室備え付けのマジカル固定電話ってことは……相手は「あの人」だ。
『連絡が遅れて申し訳ございません、アーシュラー爵』
電話越しの超イケメンボイス。予想通り、宰相氏だった。
『些か事情が変わりまして……私と陛下はしばらく王城へ参れませんので、あとは宜しくお願いしますね』
「えっ? 来れないってどういうことですか? これから僕はどうしたら……」
ガチャリ。
「…………」
ツーツーツーツー……
質問はスルー、マジカル通話も一方的に切られてしまった……
☆ ☆ ☆ ☆
「なんて適当なクライアントなんだ……」
と愚痴っても仕方ない。
僕は雇われる側で、立場は向こうの方が上なんだから。
翌日は一日中、ガランとした謁見の間で暇を持て余した。
こんなに暇すぎる「王様業務」は影武者に就いて以来、初めてのこと。
一昨日までは面会希望者が長蛇の列を成してたのに、今日は全てキャンセル。
我も我もと御機嫌取りの謁見を求めた貴族たちも、恐れをなして自領へ籠もってしまった。
粛清の気配を悟った市民も、また然かり。
王への不満でも口にしようものなら、何をされるか分かったもんじゃない!
「聞く耳を持った賢き王」の豹変、その情報は瞬く間に国を駆け巡った。
「陛下」
お花を摘みに行った少尉が「お土産」を僕に渡してきた。
小さな六角形に折られた紙片を開けると……
【 賢王はアンセー監獄に在り キィロ 】
と丸っこい文字で書いてあった。
アンセー大監獄――――その悪名高き刑務所は、特に量刑の重い凶悪犯を収容する。
創設以来、脱獄に成功した者は皆無、と豪語される帝都治安の砦である。
つまり――
裏を返せば、暗殺者から身を守るには最適の施設じゃないか?
「しかも私兵を囲ったらしいの」
「私兵?」
「軍の内部情報だと、近衛兵団から相当数の要員が引き抜かれたらしいって」
末席とはいえ、少尉は将軍職を拝命する軍人さん。一般には知り得ない情報にもリーチできる。
「規模は?」
「詳しい数は不明だけど、おそらく数十名。しかも戦闘力の高い者を選抜したらしいわ」
エリートとして知られる近衛兵団の中でも、更に精鋭?
「それはヤバいな……」
そんな奴らに王の警護を固められてしまったら……クーデターの難易度は上がりまくりだ。
「部隊名は【北面の騎士】とか」
アンセー監獄が城の北に位置するから、北面の騎士ね……
厨二マインドをそそるネーミング、まさに【僕】のセンスだ。
「正直、即応部隊としては王国最強と言っていいわ……」
「そんな鋭利な【懐刀】まで用意されたんじゃ、ますます暗殺なんて無理茶漬けだ」
いくら優秀なアサシンでも身に余る。
監獄という堅固な防衛拠点に、選りすぐりの最精鋭部隊。
何倍の兵力を投入すれば籠城を崩せるか、SLG基準でも想像つかない。
防御側絶対有利のタワーディフェンスだよ。
「これまでのミラビリス王国では、王直属の軍隊は置けなかったのよ……貴族の強硬な反対で」
王国の組織図では近衛兵団も軍務尚書の下に置かれている。
いわゆる「王様の手駒」ではない。
絶対君主を暴走させないための貴族側のバランス感覚だろう。
「それが、あの爆殺未遂を渡りに船とばかりに……」
裏目裏目だ。
まさか最初の失敗を、ここまで利用されてしまうなんて……
「さすが賢王様……いや宰相か……」
ああでもないこうでもないと僕らがgdgd会議している間に、先手を打たれまくりじゃん!
こと謀略戦術に於いては僕らより一枚も二枚も上だ、あの二人は!
宰相の頭脳と王様の即断は強力タッグ、悔しいけど認めざるを得ない。
「クソッ!! どうしたらいいんだ?」




