第六章 爆殺事件反省会 - 3
「社畜マンが頑張ってクーデターしてみた件」を大失敗した、健太郎とその部下たち。
難敵・賢王に対してのそれぞれの思いを吐露し、
キィロ・キコンデネル・グリューエン少尉は、健太郎と共に歩むことを誓った。
……のはいいけれど、肝心の具体策が一向に決まらない。
会議は踊る、されど進まず状態のままなのである。
毎晩遊郭に集っては、ああでもないこうでもないと額を突き合わせる。
ああ、
まるで日本の、イケてないブラック企業みたいですか?
一夜明けて、早朝。
盛り場の朝は腑抜けてる。
それもそのはず、花街にとって朝は終業の時間。
張り切っているのは、残飯に群がる野良犬やカラスくらいなものだ。
そんな朝でも、僕らは淀んでいられない。
高級遊郭のスイートルームで、身支度を整えながら考える――
僕らは知ってしまった。
いくら頑張ってプレゼンしても、王は願いを聞き届けてくれない。
いくら理想の税制を提案しても、王は聞く耳を持ってはくれない。
よって、
エルフのラタトゥイーユさんは囚われたままだ。どんなに僕らが手を尽くそうとも。
収められない年貢代わりの人身御供、という立場を解かれない。
ならば……王を廃するしかないじゃないか。
どんな手を使っても。
たとえこの手を汚すことになってしまっても。
この薄汚れた世界から悲しみを排除できるのなら、僕の名がミラビリスの歴史に、穢れた簒奪者として残ろうとも。
「なぁに男爵殿、心配は無用じゃ!」
豪奢なドレッサーの前、僕の首元に口紅と白粉を押し付けながら、キコンデネルは笑う。
さすが大賢者、「遊郭帰り」を偽装する手段も抜かりない。
「歴史書には『世は全て、こともなし』と書かれるだけじゃき!」
確かにクーデターが成功すれば影武者が本物とすり替わる……
後世の歴史家にも、帝都民たちにも、人知れず奇術ショーは果たされるのかもしれない。
王を廃することが成功すれば。
ところが王は、ひとたびアサシンの攻撃を凌いだ。
【毒素】と【爆発】という確殺コンビネーションを何故か潜り抜けた。
普通に考えれば有り得ないことだ。
「リマンシールか……」
リマンシール、それは僕が聖ミラビリスで最も驚いた、画期的魔術システム。
シールにプリントされた魔術回路を皮膚に転写することで、当事者は即席魔術師として機能する。
手の甲や手のひら、ほっぺやおでこじゃなくともリマンシールの権能は現れる。
皮膚なら、どこでもいい。
シールを貼れば火球攻撃も出来るし、耐熱障壁も張れる。動物とも会話できる。
現地の人だけでなく、転生者である僕にも可能だ。
これ、元の世界へ持ち帰ることが出来れば、掛け値なしのスーパービジネスチャンスを感じる!
いや……今はそんな捕らぬ狸の皮算用している場合じゃなかった。
通常、どんなリマンシールでも【二大原則】は必ず遵守される。
・「一つは、単機能・使い捨て」
・「もう一つは、経皮型であること」
これらの制限のお陰で、聖ミラビリスは魔法で大混乱になる事態を回避しているとも言える。
ショボい機能のシールはワゴンで叩き売りされるが、
誰もが欲しがる強力なカードは高値がついて、おいそれと庶民が買えない値段になる。
市場原理が魔法の乱用を抑えているのだ。
なので強力なレアカードはなかなか市場にも出回らないし、そもそも権能自体が明確になってないカードも多い。
なにせなかなかお目にかかることも出来ないのだから、一般庶民は。
だが、相手は王様である。言うまでもなく大富豪である。
「リマンシールの二大原則すら反故にする特別なシールを、王は所持しているの?」
「分からぬ」
大賢者図書館に収められた膨大な蔵書にも、そんなシールの記述はないらしい。
「でも王のリマンシールの正体を探り当てないと、物理排除もままならない……」
それはつまり、【大賢者のクーデータープラン】が遂げられないってことだ。
話が前へ進まないってことだ。
「ねぇキコンデネル、リマンシールは服の下に貼ってもいいんだよね?」
僕は貼りやすいから、おでこや手に貼ってるだけで……
「なら、裸になってもらわないと確認できない箇所もあるよ……」
「それについてはワシにアイディアがある」
さすが賢者様、頼りになる!
「メタモルフォーゼのリマンシールで、後宮へと忍び込むのじゃ。で、湯女として賢王を世話しながら魔術回路を確認するのじゃ」
前言撤回。
そんな危ないこと、誰にやらせろっていうの?
丸腰でラスボスと裸の付き合いしろ、ってことだよね?
「安心せえ、男爵殿」
「へ?」
「メタモルフォーゼのリマンシールは性差を越えることが出来るのじゃ」
――!!!!
→賢王の懐へ飛び込む危険行為など、部下にやらせるワケには!
→上司、自らが出る!
→後宮の湯女とか完全に貞操の危機です。ありがとうございました。
そんなことになったら!
気の迷いで王が「よいではないか、よいではないか」の悪代官状態になってしまったら!
西高のリューエ先生とか!
復活したトゥルデルニーク先生とか!
そっち方面の人しか喜ばない┌(┌^o^)┐ホモォ展開!
うわぁ(※涙目)。
「ま、実際は無理じゃ」
「……へ?」
「女神心眼のリマンシールでバレバレじゃよ」
「女神心眼?」
「女神ミラビリスは『真実』を見通す神よ。その名を冠したリマンシールは、変装変異系のリマンシールを見破るシールなのじゃ」
「ああ……リマンシールの手軽さで他人に成りすましたら、社会が大混乱に陥るしな……」
ちょっと考えれば誰でも分かるセキュリティホールじゃないか。
「じゃから、女神心眼のリマンシールは安価で広く頒布されておる。セキュリティが必要なケースでは、必ず女神心眼要員が配置されるんじゃ。宮廷内は元より、カジノの用心棒ですら貼っとる」
ホッ……
危うくTS美少女として、王の湯女になる危機は回避! セーフ!
僕の貞操、セェェーフ!
「セーフじゃないわよ!」
遊郭帰りの偽装工作に勤しんでいた僕らの前へ、いきなり飛び込んでくる少尉!
彼女も着替えの最中だったのか、下着姿じゃないか。どんだけ慌ててたのさ?
「どしたの、少尉?」
「これ!!!!」
グリューエン少尉から押し付けられたのは瓦版だった。今朝発行されたばかりの。
その大見出しに目を通すと――
『王国全土で賢者狩り、始まる』????
記事の概要を掻い摘むと……
未だ営業を続ける王国各地の賢者館へ続々と当局の査察が入り、賢者は全て捕縛された……とのニュースだった。
「どうしていきなり……?」
「――爆殺未遂事件の余波じゃな」
キコンデネルは苦渋の表情で呟いた。




