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第六章 爆殺事件反省会 - 2

このままでは、この国の民が、僕の知り合った人たちが不幸になってしまう!

そこで賢者に相談したら、「王を除くが良かろう」と言われてしまい……

柄にもなくクーデターなんか首謀してみたものの、慣れないことはやるもんじゃない。

あえなく失敗の憂き目に。


ただ、キィロをお尋ね者にしてしまっただけだった。


マズい。

プロジェクトの失敗を部下に負わせるのは非常によろしくない。

だけど、バカ正直に「僕が主犯です」と名乗り出ても、何にも解決しない。


果たして健太郎、失敗からのV字回復の手立てはあるのか?

賢王に倍返しできる?

「先に寝るよ……おやすみキコンデネル」


 少し飲みすぎたかな?

 月明かりに透けるワインボトル、残りわずか。

 覚束おぼつかない足取りで部屋へ戻ろうとしたら――階段に少尉がいた。


「男爵――これをあなたに」

 階段の踊り場で少尉が手渡してきた……B5サイズ程度の薄い封筒。

 中を確認すると、

「は!」

 半裸の美青年たちが花びら舞う中でんずほぐれつしてるんですけど!

(これは紛うことなき薄い本!)

 同類誌の即売会で頒布はんぷされる、BL同類誌じゃないですか! やだー!


 なに?

 なんなの?

 どういうつもりか少尉?

 気落ちした後輩に、先輩が「元気出せよ」と差し入れしてくれる艶本か!

 仕事で失敗した僕を、慰めようというつもり?

 でも残念ながら僕は男性なので! 男同士やおいの絡みじゃ……


「ちがうわよ」

 呆れ顔のグリューエン少尉。

「それ、トゥルデルニークの新作よ」

「じゃあ! 解放されたんだね!」

 

【人様に顔向けできない、ハレンチ趣味の娘】として自宅謹慎させられていた少尉の親友、トゥルデルニーク・フォン・レイヴファクトリー嬢。

 学院寮で夜な夜な繰り広げられていた同類誌女子会をシスターに発見され、グリューエン少尉(当時女子高生)と共に学校を除籍となった貴族令嬢さん、晴れて謹慎を解かれたらしい。


「よかった……」

 危険を冒してまで「竜退治」に挑んだ甲斐があったよ!

 竜退治の功績で少尉は征竜鎮撫将軍位をゲットできたワケだし、その結果として、同類誌が国家の公認を得たのだから。

(本当によかった……)

 これで一つ、僕も肩の荷が下りたよ……


 安堵の笑みを浮かべた僕に少尉は……

「まこと陛下のご尽力の賜物、このポラールシュテルン、感謝の申し上げようもございません」

 うやうやしく膝を着いてこうべを垂れてくる。

「少尉?」

 ここは王宮じゃない。そんなかしこまられても困るよ?

 今の僕は王様(影武者)ではなくて、ただの輿水健太郎なんだよ?

 戦略会議もまとめられないボンクラ上司だよ?


「このグリューエン・フォン・ポラールシュテルン、ここにお誓い申し上げる。生涯、この身を陛下に捧げたてまつらんことを」

「えっ? ええ~?」

 龍退治壮行会で王(※影武者トカマク)へひざまずいた時みたいに、忠義を示す少尉。

 誰も見てない娼館の踊り場で。


「この命、お気に召すまま、存分にお使い下さい、陛下ユアハイネス


 酔っ払った僕を茶化してるワケじゃない。

 これは彼女の本心だ。

 女の幸せを奪われた親友を、虜囚りょしゅうの檻から逃してくれた。

 その恩を忠義で果たす、その硬い意思――真赤な誓い。

 『私の全てを君に捧ぐ』という宣誓ではないか。


「「フラムドパシオンと刺し違えよ」との仰せなら、御意のままに」


 彼女の忠誠は上司冥利に尽きる。そこまで慕ってくれる部下を持てて、僕は本当に幸せ者だ。

 でも。だからこそ。

 僕は少尉(大事な部下)を捨て駒になど、させるものか!



 ☆ ☆



「ふう……」

「ケンタロウさま!」

「うわっ!」

 自室のベットへ腰を下ろして、ホッと一息……しようと思ったら、突然、壁から人が!

 壁柄マントで息を潜めていたキィロが、急に姿を現す!

 これだからアサシンは!


「し、心臓に悪いな、全く!」

「ケンタロウさまは警戒心が無さすぎです……」


 キィロ、自分の正体を明かしてから、ちょっと雰囲気が違う。

 ツアーコンダクター×お客さま(=神様)、という関係性が消えたせいか、以前より僕への当たりがフランクになったというか、くちさがなくなったというか……

 より「素」の彼女で接してくれるような気がする。

 それはそれで僕は嬉しいのだけど。


「初めて会った時から思ってたんですよ? ケンタロウさま」

「そなの?」

「この人、なんてお人好しなんだ? って」

「そうだったのか……」

「噴火で被災したエルフ村に肩入れしたり、売れ残った象を引き取ったり、挙句の果てには、見知らぬ貴族令嬢のために竜退治に挑んだり……お人好しすぎるんです、ケンタロウさまは。安請け合いした末に、危うく自分の命を落としかけるとか正気の沙汰じゃありません」

「め、面目ない……」


 実際、その通りだから反論しようもない。

 異世界でも、元の世界でも、僕は安請け合いの名人だ。

 困っている人を見ると、手を差し伸べてしまう。

 残業地獄の同僚や部下を、見て見ぬフリとか出来ないタイプなのだ。

 そんな性格だから、結果としてデスマーチの泥沼へ足を引っ張られてしまう。

 元を辿れば自業自得と言える。


 でもさ!

 分かっちゃいるけど止められない!

 そういう性格なんだ……

 損得勘定で動くよりも情にさおさして流される人間なんだ、僕は。

 ――輿水健太郎、という人間は。


「私が助けてあげなければ、何度死んでいたことか……」

「スマンカッタ。正直スマンカッタ」

 現代なら労災補償付きの入院程度で済む話でも、ここは異世界。しくじりが生死に関わることも珍しくない。

 現代とはセーフティネットの質が違う。いたれりつくせりの公共サービスなど、この異世界では影も形も存在しない。ガチの自己責任ワールドだ。

 ダメ。異世界舐めたらダメ。中世は驚くほど死が近い。

 キィロの言い分が全面的に正しいよ。降参です。


「でも……」

 チャームポイントのケモミミをクタッと垂らしてキィロは、

「でも思ったんです……」

 何を?

「もしかして――こんなにも優しい人が優しいままで生きていける、そんな世界もあるのかな? って……」

「キィロ……」

「この人が王様なら、このろくでもない世界も素晴らしい世界に変えてくれるんじゃないか――」

「…………」

「って、思ったんです!」


 だから賢王フラムドパシオンを裏切ったのか?

 そんな見果てぬ夢を僕に託してまで……上司(フラムドパシオン)を背いたのか?

 この子は……


 キィロ……君は僕を「優しいだけの男」と言うけど、君も相当だ。

 君は君でお人好しだよ、相当に。


「キィロ、君には悪いんだけど……僕は王には成らないよ」

 それはミラビリス(この世界)に生きる人が為すべきことだ。

 僕にはその資格がない。

 この世界にはゆかりもない異邦人よそものだから……僕は。


ゆかりは在ります」

 潤んだ目のキィロは僕の手を取り、頬を擦りつけた。


『私とあなたが過ごしてきた日々だって、かけがえないもの』

 そうキィロは言いたいんだろう。

 既に僕は、この世界の「部外者」ではないんだよ、と彼女は。


 僕は……僕はどうすべきなんだろう?

 このまま【 大賢者のクーデタープラン 】に関わり続けるべきか?

 それとも降りるべきか?


 いや!

 降りるなんて、もう出来っこない!


 だってこのままじゃキィロは、反逆者処刑リストの最上位に載ったままだ!

 この先ずっと、お天道様の下を歩けない、夜の女じゃないか!

(のうのうと、自分だけ元の世界へと帰れるものか!)

 とにかくキィロの身分回復だけはマストだ。

 そのためなら僕は、どんな努力もいとわない。

 こんなにも尽くしてくれたのに、報われないなんて間違ってる!


 この世界へ招かれた意味、

 この世界で僕が本当に為すべきこと、

 ――僕には分からない。

 何が正しいのか、考えれば考えるほど分からなくなる。


 だけどまだ、僕は退職届を出す時間じゃない。


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