第六章 爆殺事件反省会 - 1
大賢者キコンデネルの献策は「王国に巣食う【腫瘍】の外科的切除」だった。
しかし、その目論見は見事に失敗!
辣腕アサシン、キィロを以てしても突破できない「賢王のリマンシール」の秘密とは?
佳境の第六章!
ここから始まります!
結局、賢王爆殺事件は「未遂」ということで、カタが着いた。
公式には。
王城の派手な爆煙を全帝都民が目撃したにも関わらず、「王は奇跡的に無事だった」ということにされた。
つまりは僕らの完全敗北である。ミッション失敗である。
現状は何も変わらず、
王は健在。
宰相も難を逃れた。
僕が民衆向け演説で読んだ「民の動揺を慰めるために、徳政令の実施と競馬を開催します!」という原稿は、事件後、宰相が急いで書き上げたものだ。
つまり――
引き続き影武者を任されたということは、賢王にも宰相にも僕は首謀者と疑われていない。
確かに【僕が犯人である】という証拠は何一つないのだけれど……
それでも、キィロが実行犯としてお尋ね者になってしまった、という事実は揺るがなかった……
★ ★ ★ ★
深夜。
次第に寝静まっていく街とは対照的に、ゴールデンタイムを迎えつつある歓楽街。
その不夜城の一等地に建つ高級娼館『石神井』、
厳重にプライベートが確保されたVIPルームにて。
「――賢王には毒が効かなかった?」
キィロの報告に、僕もグリューエン少尉もキコンデネルも目を丸くした。
なにせキィロの毒は、小型の龍すら昏倒させる凶悪毒素。
生半可な解毒体質では凌げない、ヤバイ奴だ。密閉空間なら数度の呼吸で意識を失う。
そんな状況でも平気だってことは……
「賢王は対毒無効のリマンシールを貼ってた?」
「それが……」
「キィロ?」
「――賢王は爆風を浴びても無傷でした」
「は?」
爆風を浴びても無傷――そんなの有り得ない。
炸裂した爆弾は無数の砂礫を散弾と化し、人の肉を抉り取っていく。
何の対策も採らなければ。
『物理防御のリマンシール』でも貼ってなければ。
私室の普段着がプレートアーマーでもなければ。
【箱】と同じ部屋にいた者が五体満足で生き残れるワケがない。
「本当なのか? キィロ?」
「はい。確かに王は無傷で健在だったんです」
王の私室から退出したと見せかけて、アサシンの遁術で潜んでたキィロならば、見間違えるはずがない。
斥候任務はアサシンの十八番。他の誰よりも信用に足る証言だ。
「……なら、どういうことなんだ、この結果は?」
まず頭を整理しよう。
大賢者のフラムドパシオン爆殺計画は完璧だった。
【僕の首級を収めた】偽装箱には、表層に毒物噴霧装置、奥に爆発物が仕込まれた。
もし王や宰相に箱を怪しまれた場合でも、毒で行動不能にさせた上で、爆破する。
二段構えの確殺装置だった。
そう、二段構え。
いかに賢王が強力なリマンシールで身を守っていても、必ず殺せる仕掛け。
毒耐性だけでも防げない。
物理防御のみでも生き残れない。
その根拠として――
リマンシールは非常に手軽で便利な反面、明確な欠陥も存在する。
それを僕は、身を以って経験している。
・地下闘技場でレッドス・ネーク・ドラゴンに襲われた時
・龍の巣で災厄の龍と戦った時
どちらの場合も【ブレスの炎熱は防げたが、爆風までは防げなかった】。
つまり、
「リマンシールは単機能が原則のはず……」
使用に当たって術者の魔術的素養は問われない。
その代わり、シール一枚につき一つの効能に限られる。
限られた面積に刻印された魔術回路では、自ずと限界がある。
それがリマンシールという道具の特性である。
「王は特殊なリマンシールを所持してる、ということでしょうか?」
毒物にも耐え、爆風の瓦礫からも身を守る……【ダブルファンクション・リマンシール】
「…………」
キィロの仮説に首を振る大賢者。
彼女の蔵書には見当たらないということだろう。
過去、聖ミラビリス王国で発行された全ての書を収める、大賢者の図書館ですら。
ただ、相手は王様である。
『異世界の王は、世界の宝を独占する財宝王』かもしれない。
僕らの想像を越えた、国宝級のレアシールを所持していても不思議はないのだ。
「困ったな……もし、そんなものが存在しているなら……」
事実上、僕らは手詰まりだ。
チートにもほどがある、ルールブレイカーじゃないか。
「「「…………」」」
キィロも少尉もキコンデネルも、難しい顔で黙り込んでしまう。
煮詰まった。
僕らの戦略会議は完全に煮詰まった。
「今晩は、これでお開きにしようか」
出口の見えない会議を締めるのも上司の務めだ。
かつての社畜デイズ、
不毛な会議で部下を擦り減らしてきた先輩社員を、よき反面教師にせねば。
☆ ☆
お開きとなった会議の後で……
「キコンデネル?」
ベランダへ出てみると……モコモコパジャマ姿の大賢者が、ぼんやりと月を眺めていた。
「男爵殿も眠れんか?」
「どうにも考え込んじゃってね……横になると」
ルームサービスの高級酒を煽っても、頭の中は自問自答。
果たして、自分がやろうとしていることは正しいんだろうか?
【王殺し】。
そんな大それたことに異邦人が加担しても良いんだろうか?
「……まだ悩んどるのか、男爵殿?」
「覚悟は決めた……つもりだったんだけどね……」
正直、単なる社畜サラリーマンには荷が重すぎる。
グラスワインが血の色に見えるよ。
「男爵殿」
そんな僕にキコンデネルは、
「王朝交代とは血が流れるものじゃよ」
と説いた。
「時に数千数万という命が失われる儀式よ。関係のない庶民まで巻き込まれ、酷い目に遭う。そういうものじゃよ王朝交代とは。国中を巻き込んだ大混乱へ発展することも、珍しゅうない」
「…………」
「じゃからもし、その犠牲が一人で済むならば――――男爵殿は英雄じゃ! 歴史上、類を見ぬほどの大英雄じゃきに!」
「…………」
「いかな大義名分が有ってもな、先王を玉座から引き摺り下ろすには流血が伴う。それが権力というものじゃ」
分厚いミラビリス史を広げながら、キコンデネルは熱弁した。
「男爵殿……」
「…………」
「無血で世の中を変える仕組みは存在せぬ。聖ミラビリスでは」
彼女が手にする異世界の歴史書、そこには無いんだ。
一箇所たりとも記述されていないのだ。
平和裏の権力交代など「誰も見たことがない」のだ。専制国家では。
考えてみれば……僕らの社会だってそうだ。
平和的な民主主義政体は、先人が夥しい流血の末に辿り着いた世界なのだ。
「(世襲以外の)権力移譲で血が流れない仕組み」は誰かが『発明』しないと存在しない。
僕らが当たり前と信じて疑わなかった世界は、当たり前なんかじゃなかったんだ。
もしも権力闘争に破れれば「死」か「逃亡」を迫られる。
そんな弱肉強食ワールドが、つい最近まで続いていた。
つい何世代か前までは、僕らの世界だって「殺られる前に殺れ」「敵対した奴は皆殺し」の世界だったんだから。
そして、平和裏の権力移譲という『発明』は、「その時に一番偉い人」にしか実装できないルール変更なのだ。
おそらくそういうことを伝えたかったんだろう、その小さな大賢者は。




