第五章 潜入! 新後宮《ノイエボタニシャーガーヘン》 - 3
王の正体を突き止めた健太郎一行、
さぁ、これで証拠は揃ったぞ!
ん?
いやいや、お家に変えるまでが潜入調査ですよ?
「――目が覚めた?」
「あ、ああ……」
少尉の膝枕から身を起こし、認識をリブートする。
暗い。
薄暗闇に目が慣れないが、仄かに漂ってくる匂いで分かった。
少尉の裸締めで落とされてから、そのまんまだ。
未だ僕は【召喚者の納骨堂】に居る。嗅ぎ慣れない線香の香りに包まれた部屋に。
ただ失神してた分だけ、時間が過ぎている。
「ごめん、少尉、キコンデネル……」
僕は、どうかしてた。
怒りに身を任せて破滅するところだった。
バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティと同じ間違いを犯すところだった。
勢い任せの退職届、のちのち猛烈に後悔するパターンだ。社畜的に言うと。
「いいんじゃ男爵」
「あんなこと聴いちゃったらねぇ……あんたの気持ちも分かるわ」
ダメな上司を庇ってくれる、デキた部下たち!
ありがたくて涙が出そうだ。
☆ ☆
恐る恐る、【召喚者の納骨堂】からバルコニーを覗えば――漂う、酒池肉林の残滓。
浴びるほど垂れ流された酒と、猟色と、美食の「残り物」だ。
不夜城たる後宮も「主」の退場で店じまいらしい。
淫蕩に溺れていた空間も、今や静寂に包まれている。
「ありがとう少尉」
改めて、グリューエン少尉に感謝する。
あの時の僕は正気を失っていた。
危うく松の廊下の浅野内匠頭になるとこだった。
梶川与惣兵衛に止められた挙げ句、その場で無礼討ちされるのがオチだった。
社畜の戦闘力など高が知れている。冷静に考えれば。
訓練を受けた兵士がステータス100なら、僕は1か2だよ。ミジンコ級だ。
浅野が腰に下げていた刀すら、僕は持っていない。
「もし少尉が止めてくれなければ……僕は死んでたな」
誰も知らない帝都の後宮で、身元不明の死体が転がっていたはずだ。
転生者など所詮は根無し草。
日本国籍のありがたみを、こんなとこで感じるなんて。
「男爵、感傷は後じゃ。ここに長居は無用じゃて!」
そうだ。キコンデネルの言う通り。
このままじゃ、いつ警備兵に見つかるか。
ここは後宮――部外者立ち入り厳禁の特別区なのだから!
☆ ☆
後宮へ忍び込んだ道を逆に辿り、裏方用の勝手口から地下通路へと躍り出る。
数百メートルも駆け抜ければ、帝都の下水ネットワークへ繋がる侵入坑へと辿り着く……
…………はずだったのだが、
「誰だ!」
一本道の地下通路。
薄暗いガス燈の先に――――人影が!
(ヤバい!)
この地下通路――往くも地獄、返すも地獄の一本道。
もしバッタリ「敵」と出会ったら、殺し合い必至!
相手に戦意がなくとも、逃してしまえば増援を呼ばれて――事態は悪化の一途!
一気に殺るしかない! どう考えても!
三対一の数的有利を活かして強引にでも!
極秘潜入調査ならば手を汚すことに躊躇は不要!
なのに……
出会った「敵」は、とても僕には殺れそうもない奴だった。
「――――キィロ!」
両手に短剣のアサシンスタイルで構える彼女――見たことがある。
この殺気は、あの地下闘技場の彼女だ。
生きとし生けるもの全て息の根を止める、とでも言わんばかりの殺気が通路に充満する。
(ダメだ!)
詰んだ。
隘路こそ彼女の本領発揮。小型龍すら昏倒させる毒霧で一発だ!
運が悪かったのか、それとも最初から彼女の掌の上だったのか?
【隠し後宮】を見てしまった僕は消される運命なのだろう。
「最後に一つだけ質問いいかな? キィロ」
観念した僕は臨戦態勢の彼女へと尋ねた。
「これは賢王の命令なのかい?」
こくり。
「僅かでも転生者が叛意を抱いたなら、即座に殺せ――そんなところじゃろ? アサシン殿?」
ごめんよキコンデネル、君まで巻き込んでしまって。
子供は逃してくれ、と懇願したところで、アサシンの交渉材料になるとは思えない。
「影武者が『自分こそ本物の王』と主張したら大混乱に陥るからのう。そのための安全装置がキィロだったのじゃろ?」
「道理で使えないツアコンだと思ったわ」
使えないは余計だよ、少尉。いつも君は、ひとこと余計だ。
キィロが賢王フラムドパシオンから受けた司令は二つ。
→【役に立つなら、絶対に守れ】
→【役に立たないのなら、必ず殺せ】
そんなところだ。
一番近くで僕を監視して危険を感じたら即座に始末しろ。あの王の考えそうなことだ。
『賢王は転生者を奴隷と扱った』
さっき僕はそう言ったけど――撤回する。
転生者は奴隷以下・社畜以下の使い捨てカイロだよ! 賢王にとって僕らは!
と今更、憤ったところで後の祭りだ。
地の利は完全にアサシンにある。僕らには万が一の勝ち目もなし。
「どうするキィロ? 今すぐ殺るか? それとも賢王の元へ連れてって命乞いさせるかい?」
抵抗は無駄と悟った僕は、両手を上げてバッドエンドを受け容れたが……
――カランカラン!
ビリビリビリ!
おもむろにキィロは短剣を捨て、更には、懐から取り出した【紙】を破り捨てた。
僕らの目の前で。
いつぞやの瓦版みたいに。
有ること無いこと、僕を面白おかしく嘲笑したイエローペーパーを詰った時みたいに。
「ケンタロウ様はこんな方じゃありません!」と自分のことみたい怒ってくれた時のように。
他人を思いやれる優しい彼女のままで。
僕を必死に守る、頼れるツアコンのままで。
「これ…………賢王の密勅じゃない!!!!」
キィロが破り捨てた紙を確認し、少尉は目を丸くする。
「王の名に於いて余人を殺めること咎めぬものとする――殺人許可証じゃ」
人殺しを免罪する証書……
「キィロ、君は……」
本当にアサシンだったのか!
貴族専属の新人ツアーコンダクターじゃなくて、本物のお目付け役?
「でも……これで、もう殺せません」
キィロは己の意思で【殺人装置】の役目を放棄した。
「私は王に背きます」
以上で第五章は終了です。
ここまで読み進めてくれた皆様、大変ありがとうございました m(_ _)m
次章は……できるだけ早く!
来月早々には更新開始したい所存。
もうしばらくだけ、お付き合いいただけると幸いです m(_ _)m




