第五章 潜入! 新後宮《ノイエボタニシャーガーヘン》 - 2
「賢王は一体、何を考えているのか?」
疑心暗鬼の健太郎たちは、「王は、自らの陣頭指揮で新たな後宮を建設中」との情報を入手、そこへの潜入を試みる。
果たして潜入には成功したものの……
そこで発見したのは、かつて健太郎が召喚直後に見た「異世界を満喫した後、影武者として勤務して、無事に帰って行った者たち」の肖像が掲げられている部屋、その部屋と瓜二つの部屋だった。
だった……のだが……
「いや、これは僕であって、僕じゃない……」
これらは全て、並行世界から召喚された【別の僕】。
王の影武者として強制的に招かれた【僕】が、数十人分の肖像として掲げられている。
(ちょっと待って????)
――理解が、追いつかない。
だってあの部屋は……
召喚直後に王から案内された部屋は――あの部屋の【僕】は輝いていた。
誰も彼も意気揚々と女を侍らせ、貴族生活を満喫する様子が描かれていた。
「先達の【僕】はタップリと『美味しい思い』して元の世界へ還った」と王にも説明され、
さながら『成功者のモニュメント』とでも呼ぶべき部屋だった。
ところが!
この部屋の【僕】は冴えない顔が並んでる。
愛妾たちとの豪遊ポートレートなどではなく、単なる無味乾燥なバストアップ。
まるで履歴書に貼る事務的な証明写真じゃないか?
ただ少しづつ、服装が違うだけの。
そして!
縁起でもないことに、それぞれの写真の前に位牌と骨壷が並べられている。漏れなく全員分の!
「これじゃ……【納骨堂】だ……」
もはや状況証拠は覆しようもない。
それでも「何かの間違いじゃないのか?」と縋るように確かめていったら……
居並ぶ遺影列の最後に、
「!!!!」
研究者らしい白衣にシルバーフレームのメガネを掛けた【僕】と、
戦闘機乗りっぽいフライトジャケットを着た【僕】の写真が!
真新しく輝く位牌と共に!
つい数週間前の記憶が鮮やかに蘇る。
僕と共に異世界召喚されてきた「同期の桜」との記憶が!
「これは……ギネスとトカマク……」
嘘だった!
(王の言葉は全部嘘だ!)
賢王にとって、僕ら召喚者は被雇用者じゃない!
使い捨ての奴隷だ!
それらしい契約を取り繕っても「どうせ、そのうち死ぬだろう」と高を括ってる。
そんな王の思惑を、納骨堂は雄弁に物語っていた。
あまりにも! あからさまな程に!
「――――静かに!!!!」
扉の隙間から外を監視していたグリューエン少尉、
切羽詰まった声で僕とキコンデネルに指図する!
「…………」
縮こまった僕と賢者も、そっと扉の外を覗き込むと……
「!!!!」
後宮外縁の空中通路に人影が。
その一団が近づいてくるにつれ、彼らの素性は簡単に割れた。
屈強な近衛の精鋭たちが守護する、その集団の主は誰か?
さっきまで僕らが立っていたバルコニーに到着すると、近衛兵たちは囲みを解き、脇に控える。
ラインメンに守られたQBのポジションから現れたのは……
綺羅びやかなローブに、輝く王の冠。
主の登場だ!
このハーレム唯一の主にして、聖ミラビリスの王!
人々から「賢王」と崇められ、半ば神格化された開明主義の王!
そして僕が接見を熱望しても、拒まれ続けた「雇用主」。
フラムドパシオン帝との思いがけないエンカウント!
扉を隔て、十数メートルの所に「王」が居る!
「壮観じゃのう、宰相!」
ついさっきまで僕らが立っていたバルコニーで、王は感嘆の声を漏らす。
「誠にございます、陛下」
「いよいよこの新後宮も完成間近!」
「御意」
感慨深げに美女たちを眺め、王は宰相へ尋ねる。
「ところでマキビ、新しきエルフの手配の方は?」
「マーケットで代理人に落札させました。ただいまパンスペルミア伯の屋敷で匿っております」
「そうか。では早速、夜伽の下知を……」
「陛下、新しいエルフは新後宮披露宴への大切な供物にございますゆえ」
「ずいぶん勿体つけるのぅ……味見が待ちきれぬわ!」
「空腹は最良のソース、美食を格別に戴く秘訣にございます」
あくまで頑なな宰相に対して、
「だいたい、あのエルフ火山が勿体つけすぎなのじゃ! もっと頻繁に噴火させよ。さすれば更に余の後宮が潤うものを!」
僕らの前では決して見せない、分からず屋の顔で訴えた。
「そこはエルフ富士の気分なりに。人が思うがままには成りませぬ」
「エルフの山、災厄の龍、山法師。是ぞ、我が心に叶わぬもの」
「名句にございます」
するとすかさず、侍る右筆が王の言葉を書き留める。
苦笑いの王は、階下の楽園で戯れる花を眺めながら、
「エルフの村は焼かれるが良い」
と遠い目で漏らした。
――――そういうことかよ!
☆ ☆
僕が懸命にプレゼンしても一向に聞く耳を持ってくれないのは、そういうことだったのか!
「ダメじゃ男爵殿!」
「今、飛び出していったら犬死よ!」
理性が蒸発した僕を、キコンデネルと少尉が身を挺して押し留める!
僕だって、頭では分かってる――――ここで部屋から飛び出したら台無しだと。
そんなことしたら全てが終わりだ。
多勢に無勢の、僕と賢者見習いと女少尉――近衛の精鋭十数名と比べたら、戦力差は明白だ。
たとえ不意打ちであっても、数十秒後には鎮圧されるよ。
井伊直弼を討った水戸浪士みたいにピストルの持ち合わせもないし、剣術の心得もない。
(だけど! それにしたって許せるものと許せないものがある!)
そんな単純な認識も飲み込めないほど、僕は頭に血が上っていた。
(ごめんよ少尉! キコンデネル!)
僕は、王を殴る!
殴らないと、気がすまない!
あの顔にパンチの一発でもお見舞いしなけりゃ、収まらないよ!
意を決して、二人を振り切ろうとしたら……
「ほげ!」
遂には――――背中から、王立兵学校仕込みの裸締めで落とされた。




