第一章 週末なにしてますか? 忙しいですか? 案内してもらっていいですか? - 2
ゴブリン森から帝都へ戻ってくる頃には、日も暮れかけてた。
濃さを増す闇が照らし出す、華美。毒々しいまでの華美さ。
現代に比べたら圧倒的に暗い中世の街並みでも、「その区画」だけは明らかな異彩を放ってた。
「ここは……」
朱雀大路すら凌駕する提灯の灯り。
エスケンデレヤ「不夜城」では、昼とは異なる熱量に満ち満ちていた。
「ここが異世界転生者さんも満足度200%! のアミューズメントタウンです!」
花街だ。
花街特有の妖しさに彩られた街だよ。
一目で分かる。
「うへぁ……」
夜ごと繰り広げられる、乱痴気騒ぎの夢の跡。
欲望渦巻く街の息遣いに圧倒されてしまった僕に……
「酒だ、酒! じゃんじゃん酒持ってこぅぅぅぅーい!」
いきなり浴びせかけられる冷水!
――よりにもよって、【自分】の声で。
目元を仮面で隠しても僕には分かる。
「ギネス!」
僕と一緒に召喚された転生者、【皇位継承権】二位のギネス爵じゃないか!
花街一等地の、豪壮な娼館――その二階で、半裸の【僕】が酒瓶を呷ってる!
美女たちを小脇に抱え……なんという下品なお大尽遊びか!
早速あの【肖像画の先達たち】に倣って、遊郭へ繰り出すとか!
「あれが別世界の自分とは思えない……」
顔は瓜二つでもメンタルが違いすぎる。
「うははははははは! 貴様らにもお裾分けだ!」
浮かれポンチのギネス爵、節分の豆撒きよろしく、二階の出窓からコインをバラ撒き始めた!
「ええじゃないか! ええじゃないか!」
はだけた浴衣から覗く体は「トップガン」の異名に相応しい。
元の世界では軍人だったらしく、体も精神も鋼の男らしい。
でなきゃ、こんな迂闊な行動など採れるものか!
「命知らずのトップガン……」
前近代の女郎遊びとか病気を貰いに行くようなもんだ。
運否天賦の分が悪い賭けだよ。
性感染症を過度に恐れなくていいのは、現代の医療技術あってこそ!
甘く見たら大変なことになっちゃうから!
ヤバいから!
いや、マジで! 超マジで!
一夜の快楽と引き換えに、耐え難い病苦を味わうんだぞ?
「いくら屈強な肉体の持ち主とて、あれじゃ早晩死ぬな……」
奴のために喪服を仕立てておこう。一応「同期」だし。
妓楼の夜見世を覗くこともなく、僕と添乗員さんは遊郭を後にした。
「お気に召しませんでした……?」
馬を引く添乗員さん、今にもドナドナを唄い出しそうなほど落ち込んでる。
いや、お気に召す召さないの問題ではなくて……
ベトナムでもアフガンでも生き残るタフガイなら、ともかく、
社畜生活で弱りまくった僕の肉体など、簡単に病魔に冒されてしまいますよ。
弾五発のロシアンルーレットは分が悪い、という話です。
「やっぱり、向いてないですよね、この仕事……私」
俯く添乗員さん、立派なお耳もシュンと垂れ下がってしまっている。
「お客様のご期待に添えないツアーコンダクターとか、単なるお荷物ですよね……」
朝の意気揚々、どこへやら?
重い足取り、重い口。フサフサの尻尾も力なく、引きずり加減。
(マズい!)
これは知ってるぞ!
社畜生活に適応できず衝動的に退職届を提出してしまう奴のテンションだ!
今まで何人も見てきた!
口では「頑張ります」とか言いながら、次の日から来なくなるパターン!
辞めないでくれ山田!(※GW明けに出社してこなくなった新卒)
三年は頑張ってくれ川田!(※一ヶ月保たずに退職した中途採用)
うちの採用計画はメチャクチャだ!
(考えろ健太郎……添乗員さんを辞めさせてはならない!)
彼女が上司にも評価されて、自分に自信が持てるようにしたげないと!
ツラい社畜からエクソダスしたところで、「楽になれる」のは一瞬だけだぞ?
残された者も逃げ出した者も、いずれの家族・関係者も、誰も幸せにならない!
そう断言できる! (※社畜特有の発想)
働いていればこそ、浮かぶ瀬もある!
整理しよう。
僕は『ゲーム』を探してる。
野蛮でも性的でもない、頭脳戦の知的充足を満たせるような戦略性のあるゲームを。
この世界独自のタクティカルな面白さを包括するゲーム。
戦略性で相手を出し抜くような、知的愉悦を味わえるゲーム。
どこにあるのか?
この世界のどこに、そんなものがあるのか?
……思い浮かばない……
クソっ、ギネスはいいよなぁ、
あんな不健全な女遊びだけで満足できるんだから……
「…………あっ!」
「どうかしました、男爵様?」
「そうだ! そうだよ……不健全だよ!」