第五章 潜入! 新後宮《ノイエボタニシャーガーヘン》 - 1
少尉とキコンデネルの諜報活動により「王は政務を放り投げて、新しい後宮の建設に掛り切りだ」という情報を入手する健太郎。
本当に僕は、平行世界の「コシミズケンタロウ」は、そんな無責任な奴なのか?
自分の目で真実を確かめねばならない。
決意した健太郎、少尉&キコンデネルと共に、新しい後宮への潜入を画策するが……
にしても後宮は盲点だった。
影武者である僕には、王の行動権限が与えられていた。
国家の最高権力者には、入れない場所など無いに等しい。
造幣局の金庫でも、大聖堂の聖遺物収蔵部屋でも、思うがままに立ち入れる。
専制国家では「最強の顔パス」だ。
ところが一箇所、絶対に立ち入りを許されない場所――それが後宮だった。
僕は影武者で、世継ぎを遺す資格がないからだ。
だからこそ「娼館へ行く」と告げれば、夜の自由時間も得られたのだが。
高級娼館で少尉たちと『秘密会議』の場を持てるのも、そういうカラクリだった。
(できればキィロにも同行して欲しかったけど……)
今頃キィロは、王の寝室で僕の影武者(※等身大人形)を護衛する任務に就いている。
あくまで【王は寝所で寝ている】という建前なのだ。
王の寝込みを狙うアサシンには、そっちへ向かってもらわないと困るのだ。
僕を狙われては、ひとたまりもない。
なので、キィロは不在。
僕ら輿水健太郎調査隊にも同行せず。
キィロの密着警護を解かれた僕は、丸裸。
ちゃんと服を着ているのに、丸裸で放り出された感覚だよ。
(いなくなって分かる、キィロのありがたみ……)
可愛いケモミミツアーコンダクターさんには、何度、命を救われたか。この世界へ来てから。
右も左も分からない異世界で、キィロは本当に僕へ尽くしてくれた。
肝心のツアコンとしては少々ポンコツ気味だったけど……
もう、キィロのいない聖ミラビリスなど考えられないくらい、彼女は僕の半身みたいな存在なのに……
「な~に、不安げな顔してんのよ?」
勘のいいグリューエン少尉は、何でもお見通し。松明で表情を覗き込まれてしまった。
「もしかして……あんた暗いとこが怖いの?」
「そんなワケあるかぁ!」
部下に侮られてはいけない。僕は上司なのだ。ここは一発ビシッと言っとかないと。
「女の子の方が怖がりなんじゃないの? ほらネズミとか? 変な虫とかいるよ?」
帝都地下に張り巡らされた下水ネットワーク。
僕ら調査隊はメンテナンス用の通路を進んでいた。
当然のことながらそこは、闇の世界の住人たちの領分である。
バサバサバサバサ!
「うぉっ!」「ひょわー!」
……コウモリか…………驚かせやがって。
「フッ……」
鼻で笑われてしまった……
地下通路のビックリ箱に対し、及び腰な僕&キコンデネルとは対照的に、
「王立兵学校のサバイバル訓練に比べたら大したことないわ」
そうだった。
グリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉。
貴族のお嬢と侮るなかれ。
上流階級の良妻賢母育成機関である女学校を退学し、兵学校へ転入した女だった。
士官としては、若輩も若輩、ペーペーの駆け出し少尉だとしても、
愛と青春の旅だち的な苛酷訓練を受けてきたことには変わりがない。
彼女も、立派な軍人さんなのだ。
そうだ健太郎よ。キィロがいなくても僕には頼りになる部下がいるじゃないか。
実際、この調査作戦を遂行するに当たり、
地下通路の地図を確保できたのも、少尉のお陰だし、
坑夫を雇っての穴掘りは、キコンデネルが手配してくれた作業だった。
影武者としてロクに身動きが取れない、昼の僕に代わって。
ううう……ほんと部下に頼りっぱなしだぞ。非力な上司でごめんな二人とも。
「ほんなら、いくで~」
人夫を雇ったキコンデネル親方が掘り進めた、潜入用の極秘坑。
バコッ!
薄皮一枚だけ残しておいた岩盤を槌で壊す。
これでもう後戻りはできない。
下水ネットワークの末端から掘り進められた坑は、王城から後宮へ繋がる連絡通路に接続する。
砂漠のパイプラインに坑を開ける窃盗団一味みたいな罪悪感……
しかし輿水健太郎調査隊は進まねばならない。
王の真意を、この目で確かめるために。
「これが新たな後宮への連絡通路……」
細い。そして暗い。大人二人がすれ違うのがやっとの、必要最低限な幅員。
まるで戦時中の地下大本営だ。
限られた人しか知り得ない秘密の地下施設。独特の閉塞感に息が詰まる。
「こっちやで~」
この潜入坑を掘り進めた現場監督、賢者キコンデネルに導かれ、僕らは先を急ぐ。
こんな狭い一本道、万一、誰かとバッタリ会ってしまったら、言い訳のしようもない。
一秒でも早く駆け抜けてしまわねば。
アーチ状にレンガの組まれた地下通路、数百メートルも進めば重厚な鉄扉が立ちはだかる。
【誰も立ち入れぬ】【誰をも逃さぬ】と見るものを圧する、分厚い扉。
計画性のない盗掘者ならば、すぐにギブアップを選択するであろう。
「こっち」
だが僕らは、そんなものには見向きもせず、巧妙に隠された関係者用扉を使う。
こんな隠し扉、機密情報を知らなきゃ見つけられるはずがない。
王立諜報機関のリサーチ能力には改めて舌を巻く。
「…………」
慎重に息を潜め進む、後宮の管理用バックヤード。
まだ建設中の施設らしく、土木作業用の資材も雑然と積まれている。
そんな「楽屋裏」をソロリソロリと進む輿水健太郎調査隊。
「よし!」
幸運にも、バックヤードに人影なし。
警戒した荒事に見舞われることもなく、僕らは後宮の外縁部へ躍り出ることが出来た。
すると、そこは……
「うぉ!」
切り取られた世界の閉塞感!
空を覆う半円のドームが『別世界』を演出している。
「な……なんだこの空間?」
現代日本で例えるなら武道館の二階席か国技館の椅子席、もしくは東京ドームのスタンド席。
外縁から迫り出したバルコニー、ここからアリーナを、土俵を、グランドを見下ろせば――緑豊かな庭園を俯瞰できる。
ドームの中心に据えられた『庭園』は、まさにユートピア。
豊かな果樹と蜜の流れる地を模した地上の楽園、そのジオラマだ。
そして楽園に成る果実は――――美女たち。
王国各地から集められた女たちが「愛でるべき果実」として楽園を彩る。
諸事情で年貢を払えなくなった村々から供出された少女たち、
酒池肉林の舞台を整え、たった一人の「主」が来るのを待ち続ける。
「果実」たちは雑多な種族で構成されていた。
人や亜人種は元より、人魚やケンタウロス的な四脚種も。珍しいところではリザードマンやラミアなども見受けられる。
そして女たち、種族は違えど誰も彼もが美しい。
王の目に適う美女(美種?)ばかりが集められているのか?
中でも、特にエルフが多いようだ。
帝都を行き交う人種構成と比べても、ここではエルフ比率が群を抜いて高い。
「(静かに!)」
近づいてくる敵の気配を察し、少尉は僕とキコンデネルを手近な裏方部屋へと押し込む。
「…………」
(危ない危ない……)
いくら「開店休業中」の後宮とはいえ、警備兵は巡回しているだろうさ。
当然、見つかったらタダじゃ済まないよ。
今度こそ不良貴族ポイントがオーバーフローだ。
「まったく……不良貴族ポイントとか最初から説明しておいてよ……いつだってそうだ、雇用者側は肝心なことを話さないまま被雇用者にサインを迫る。【あの時】だって王様は、ちゃんと説明するフリして重要なことは話さな……」
「ん?」
――【あの時】?
☆ ☆
この世界へと召喚された直後、僕とトカマクとギネスが賢王に説明を受けた場所は……
――こんな部屋じゃなかったか?
☆ ☆
薄暗い円形の部屋で、壁には所狭しとポートレートが飾ってある……
「え?」
(この部屋はソックリだ! 見覚えがある!)
壁へ近寄って肖像の主を確かめれば……僕! どれも僕! 服装が違うだけの僕!
壁一面に飾られた絵は【 全 て 僕 】!!!!
僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕!
僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕!
僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕!
僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕! 僕!
「なにこれ……」
少尉もキコンデネルも息を呑んで、壁を見上げている……その異様な肖像画ばかりの部屋を。




