第五章 王は人の心が分からぬ - 3 (密会、花街にて)
身動き採れぬ王様ライフ、
分刻みのスケジュールを縫って、健太郎が活路を求めたのは、やはり「戦友」グリューエン少尉と自称大賢者キコンデネルだった。
(本物の)王の身辺調査という「危ない橋」も、健太郎のためなら、と一も二もなく請けてくれる二人に、健太郎は感激する。
エスケンデレヤ歓楽街でも最高級の娼館、『石神井』。
「ワケ有り」客からの信用も厚い高級店には、理由がある。
巧みに配された植木と、暴○団事務所ばりに高い塀がプライベートを厳守してくれるのだ。
一見さんでは暖簾を潜ることも出来ず、丁重に追い返される「敷居の高い店」。
そんな店のVIPルームで……
「すごい! 将軍ってすごいのだわ!」
貴族のハイソサエティ感とは方向性の異なる、華美なドレス姿。
男を悦ばせるために特化した衣装も、意外と似合ってるグリューエン少尉。
素材がいいから?
さすが貴族の箱入り娘?
ただ……間違いなく親は泣くな。泣く。号泣で勘当だ。下手すれば座敷牢に幽閉だ。
「落ち着いてよ少尉。何がすごいってのさ?」
アンダーバストをキュキューッと引き締めるチャイナドレス風の少尉……意外と胸がある。
龍の巣へ「丸腰で」向かった時は「いつ災龍に襲われるか」気が気じゃなかったからね……
「あのね! 諜報機関ってのを動かせるのよ! 将軍様ともなれば!」
と鼻高々の征竜鎮撫将軍様。
切れ上がったスリットドレス姿では、娼婦にしか見えないけど。
「最初、リューエが探偵変装セットを買ってきた時は、どうなることかと思ったがの……」
知性と威厳の賢者ローブを脱ぎ捨てたキコンデネルも、男好きする衣装で……
ちんまい背丈のくせに、ピッタリとボディラインを際立たせるチャイナドレス風。
これは大ウケだ、ある特性の性嗜好の皆さんにバカウケだ。
いや大丈夫ですよ、老賢者様?
お孫さんは帝都でバーニラバニラバーニラ、バーニラバニラでアルバイト! してるワケじゃありませんから!
これ、単に本人が面白がって店の衣装を着てるだけですから。
ま、その格好の方が怪しまれなくて済むしね、この【秘密会議】では……
「うるさいネル! そんなのバラすな!」
相変わらず、トムとジェリー的な仲の良さだ、少尉とキコンデネル。
最初に会った時は辻斬り寸前だったのに。
「で? 植物園の所在は分かった? 将軍様の諜報機関調べでは?」
賢王が僕と会ってくれない理由、
『陛下は植物園の管理にご執心である』と、宰相は僕に説明した。
なので、
植物園の場所が分かれば、賢王へ直談判できるかもしれない。
と僕は内心、目論んでいた。
だからその極秘調査を少尉とキコンデネルに依頼していたんだけど……
「――植物園など無かったわ」
「えっ?」
「諜報機関によれば、この帝都に植物園は存在しないわ。一箇所も」
「考えてみれば当然じゃ、男爵殿。このエスケンデレヤは城壁で囲われた都市よ。観賞用の植物園など存在自体が罪ぞ。観葉植物より食えるものを植えるじゃろ?」
あ、そっか。
「じゃあ、宰相は僕に嘘をついたの?」
【賢王は植物園にご執心】は虚偽だったと?
「そうとも言い切れんのじゃ、男爵殿」
「へ?」
「フラムドパシオン帝が愛して止まぬ観葉植物とは――――後宮そのものじゃ」
「!!!!」
「賢王の手折る花とは、うら若き女子に他ならぬ」
機密情報中の機密情報、帝都エスケンデレヤの精緻な地図を広げた少尉、
「ここと、こことここ。フラムドパシオンの戴冠以降、【龍災】に遭った地域は王の直轄地として召し上げられて……跡地には新規の後宮が建設されているわ。その存在自体を公にせず、ね」
と事情を説明してくれた。
「市民の土地を取り上げて後宮に?」
「王城の領域を広げたくとも、まとまった土地の拾得には骨が折れるわ」
それもまた城塞都市ならではの特殊事情。土地の権利は生存権に直結するものであるが故に、土地所有者の権利は堅く保護される。王とてフリーハンドの都市計画は叶わない。
強引な立ち退き強制は叛乱の危険すら孕む、非常にセンシティヴな問題なのだ。
「城郭都市」ならでは、の内情である。
「例外的に【龍災】に見舞われた被災地なら接収しやすい、のか」
龍の襲撃は建物だけでなく土地所有者まで亡き者にしかねないんだ、考えてみれば。
「春に【龍災】を受けたジェヴォーダン地区も区画ごと接収されて、そこに新たな後宮が建設されてるらしいのよ」
「賢王直々の陣頭指揮でな」
「な、なにやってんのよ、あの王様……」
王国が抱える諸問題そっちのけで新たな後宮建設?
呆れて物も言えない。本当に「賢王」とまで称賛される名君なのか????
――確かめねば。
実際に、僕の、この目で確かめなければ。
部下を危険に晒し、のうのうと踏ん反り返っている上司じゃいられない。
輿水健太郎探検隊隊長として! 行くしかない!




