第五章 アーシュラー男爵、暁に死す! - 2
守護龍さんとお近づきになれた健太郎一行。
さぁ、これで囚われのエルフを解放できるぞ! と意気込んだものの……
ん?
またアクシデントですか?
現在、健太郎一行は、帝都エスケンデレヤから結構離れた山城(出城)を根城にしています。
守護竜カジャグーグーさんも、同じ山の中に。
――ところが!
「昆布が売れない!?」
市場調査のアンテナショップをマーケットに出してみたが……
☆
「ウラァ! 誰に断って商売しとるんじゃぃぃぃぃぃぃ!」
厳ついチンピラ軍団が現れ、僕らの店と商品をメチャクチャにしていったと言うんだ。
アルバイトで頼んだ、働きアリ族の証言では。
☆
「昆布ギルドの差し金じゃろな」
想定内とでも言わんばかりの口調でキコンデネルが指摘してきた。
「え? そんなの在るの?」
「ここに載っておる」
キコンデネルが中空から引き出した『エスケンデレヤ商業年鑑』を見ると、確かに昆布ギルドの登録が確認できた。
「マジかよ……」
中世は専売制の縛りがキツい、と頭では分かっていたが……
「まさか昆布にまで……」
「腐ってもエスケンデレヤ、人口数十万を数える街ぞ。故に、あらゆる業種に専売ギルドが組まれておる」
これが中世経済……正直舐めていた。
「ギルドの専売権は王室が後ろ盾となっておる。これに楯突くのは相当危険ぞな、男爵殿?」
「ううう……」
僕は貴族。大概のオイタはお目溢しされる特権階級。
しかし、オイタも過ぎれば「不良貴族ポイント」が加算されてしまう。
商人たちからの【悪いね】の声が王の元へ届けば、僕の不良貴族ポイントは暴騰――そうなったら切腹不可避よ!
「それならケンタロウ様、正当な手続きで昆布ギルドへ加入を願い出ては?」
「その提案は尤もだよ、キィロ」
でも……
「専売共同体が最も嫌うのは値崩れじゃ、キィロ」
その通りです、大賢者様。
「湖でいくらでも採れるとか、龍が半日で都まで運んでこれるとか、そんな新参はお呼びじゃないのじゃ」
全くキコンデネルの言う通りだ。
自分たちの不利益になる商売敵を、仲間に加えたりするものか。
ギルドとは「既得権益を死守する組織」なのだから。
「ただいま~」
僕ら三人が頭を悩ましてるところへ、グリューエン少尉が帰ってきた。
「ダメだった……」
少尉の浮かない顔で【折衝】の結果も窺い知れる。
「近衛騎士団も憲兵隊も、断固反対――災龍が帝都へ立ち入るなど罷りならぬ! の一点張りで、交渉の余地もなかったわ……」
「困ったな……」
僕らは守護龍カジャグーグーと約束したのだ。
石材と昆布の運搬を請けてもらう代わりに『決して盗賊に襲われない塒を提供する』という交換条件を掲げ。
どうせどこに隠れたって、強欲な冒険者は龍を狙ってくる。僻地こそ強欲には都合がいい。
ならば、最も強力な武威の懐に飛び込んで庇護を求める。
名付けて『石田三成作戦』!
織豊政権末期、七将襲撃事件で、三成が徳川屋敷へ駆け込んだ故事に倣った作戦だ!
『守ってもらうなら、(敵であろうが)一番強い人に守ってもらえ』。
無茶苦茶ではあるが合理的な作戦である。
そしてこの帝都エスケンデレヤで最も強力な防衛機構といえば、憲兵団と近衛である。
彼らの庇護対象に手を出す冒険者などいない。
その説得をグリューエン少尉に託したのだが……
重鎮の貫禄を前にして、小娘の言葉は届かなかったらしい。
☆
憲兵や近衛といえば、王立軍の中でも選りすぐりのエリートが集まる組織。そのトップともなれば六十代七十代の重鎮がズラッと雁首を揃える光景が、異邦人だって容易に想像できる。
つまり――
征竜鎮撫将軍が発起した緊急首都防衛会議、それは社長面接を飛び越え、経団連レベルの圧迫面接に等しかった。
彼らに無茶な意見を具申するのはグリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉。
名門貴族ポラールシュテルン侯爵家の令嬢で、第五十代征竜鎮撫将軍を拝命する正真正銘の「将軍様」ではあるのだが……
絵面が……どう考えても無理だわな……
厳つい重鎮が十人二十人と居並ぶ軍上層部を前に、グリューエン少尉(若干二十歳そこそこ)。
いくら「将軍」の肩書を所持していたところで小娘である。
彼らにしてみれば、孫娘が玩具をねだっているに等しい。
実際「将軍位」と言っても征竜鎮撫将軍は特殊な職――ほぼ龍への生贄要員でしかない。
軍組織にしてみれば鬼っ子だ。
帝都臣民には祈り縋る対象の「偶像」でも、軍関係者には持て余す。
なので――いわば名誉職である「将軍」から、「龍を匿え」などという提案をされても困る。
それが彼らの本音だった。
【征竜鎮撫将軍とは、そういう職ではない】
【空気を読め、空気を】
【差し出がましいぞ小娘が】
【さぞやお父上も頭が痛かろうよ……大人しく嫁に行っていればいいものを】
いくらグリューエン少尉が必死にプレゼンしようとも、結論は最初から見えていた。
☆
「近衛も憲兵隊も、ゼロ回答か……」
「仕方ないわよ。【災龍】だもん」
帝都の住民歴が長ければ長いほど、龍に煮え湯を飲まされてきた経験ばかりが記憶に積もる。
そんな【災厄の龍】は「実は災厄の龍ではなかったんです」、「リマンシールを用いればコミュニケーションが採れるんです」なんて言われても、ニワカには信じられなくて当然だ。
なにせ何の文献にも載っていないのだから。
あらゆる書物を収蔵する『大賢者の図書館』にも「ない!」と賢者が断言しているくらいだ。
「見よ男爵殿……あれが帝都の龍アレルギーじゃ」
守護龍ガジャグーグーと僕ら(※第十三征竜旅団改め)輿水健太郎探検隊は、帝都から馬で一時間の山城に臨時屯所を構えていた。
城と言っても――崩れかけの山城だけど。
賢王の戴冠以来、戦争らしい戦争も起こってない聖ミラビリス王国なので、補修の手間も予算も省かれがち。「城」と呼ぶのも憚られるような、貧相な山城だが。
そんな城にも関わらず、王国の威力偵察部隊が出張ってきてる。その数、四桁に届こうか? と思えるほどの。
山裾の東西南北で監視の目が光り、
「もし龍に動きあれば交戦も辞さず」の構えだ。
この神経質さを眺めても、帝都の龍アレルギーの過敏さが分かろうというもの。
離れた出城でこんな調子なのだから、帝都本丸の防備体制など推して知るべしだ。
「とはいえ……」
このままでは籠の鳥、ならぬ籠の龍よ。無為に留まっていても埒が明かない。
城内に、うず高く積まれたリシリー昆布も換金できず、ただ黴びるのを待つのみ……
せっかくエルフ海女さんたちが加工してくれた逸品なのに。
昆布が売れないと、ラタトゥイーユさんを身請けする資金も作れないのに。
(この八方塞がりを打破するには……)
「こうなったら、僕が直訴するしかないな」
もはやそれしかない、僕らに残された手段は。
ニセ貴族風情では、どうにもならないレベルの話になってきた。
「僕が陛下に直接会って、事態の収拾をお願いしてくるよ!」
ここまで来たら、なりふり構わず王のコネに縋るしか道はない。
引き換えに、僕の不良貴族ポイントが嵩んでしまうかもしれないが…………それも覚悟の上で王の裁可を願い出るしか。




