第五章 アーシュラー男爵、暁に死す! - 1
災厄の龍とコンタクトを果した健太郎一行、
話してみたら、龍は悪意を以て帝都を焼く悪魔の使い……ではなかった。
実は、元々人間と仲良くしていた守護龍さんだったのだ!
「人とは争いたくない……」という守護龍さんのために、健太郎は何が出来る?
ギヨーム大公のプライベートパレードと、バロン・ユングフラウの龍狩り宣言。
帝都エスケンデレヤで立て続けに催された、帝都民総出のお祭り騒ぎ。
それらパーティの余韻も薄れた頃……
「空を見ろ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや――――災龍だ!」
[ その影 ]を目撃した帝都民、貴族、果ては王族まで、全員が思ったはずだ。
【 い く ら な ん で も 早 す ぎ る ! 】、と。
帝都エスケンデレヤは【龍災】に遭ったばかりだ。
住民の記憶に未だ生々しく残る、春の災龍襲来。
そこから季節は、一つ過ぎただけ。
長年の経験則として、龍災は一年以上の間隔を開け、見舞われる。
だからこそ軍の内部では「次期 征竜鎮撫将軍 選定会議」などという、悠長な猟官儀式が許されていた。
それが帝都に住む者の常識であった。
【 龍 は 一 年 に 二 度 は 訪 れ な い 】。
そんな固定観念の中で生きてきた者にとって、早すぎる龍は前代未聞の大惨事だ。
「アーシュラー爵は失敗した!」
蜂の巣をつついたような帝都市街で、誰かが叫ぶ。
「こんな早く、災龍が襲ってくるはずがないのに!」
「バカな貴族が余計なことを為出かしたから、災龍の怒りに触れてしまったんだ!」
「寝た子を起こすな、バカ貴族!」
つい数日前、盛大に彼の出征を祝った帝都民たちなのに、
口々にインチキ貴族への呪詛を投げつける。
「あの貴族、帝都へ帰ってきたら火炙りにかけてやる!」
そんな私刑を主張する輩に対し……下卑た笑みの男が嘯いた。
「ああ、お前があの龍の腹を捌けるならな」
詰めるだけの家財を積み込んだ荷車で、朱雀大路も大渋滞!
「どけどけぇい!」
そんな庶民たちを踏み潰さんばかりの勢いで、場違いの山車を引き回す軍服の男、
「第五十代征竜鎮撫将軍、ギヨーム公爵コーズウェイ! 見事御役目、果たして御覧に入れる!」
名誉の戦死は家名の誉れ!
「我が、死に場所を得たり!」
老体に鞭打って龍へ挑みかかる、決死のドンキホーテ!
……も、ブラウン運動の如く逃げ惑う民衆たちに阻まれ、前進もままならない。
というか、正式な将軍宣下が行われていない以上、まだ彼は「最有力候補」のままだが。
兎にも角にも、【予定外】の早さで龍は帝都上空に現れた。
粗末な荒屋なら、羽ばたき一つで倒壊させるほどの、圧倒的存在感!
その威容は、改めて人々から言葉を奪う。
【 災厄の龍 ドラゴン・ディアボリカ 】
体長は五十メートルを越え、秒速数百メートルの飛行を可能とする翼に、口からは一兆℃のファイアブレス。その体は槍、鏃、剣をも通さぬ、堅い鱗で覆われた怪物。
この巨竜に対し、現実的な回避策は存在しない。
まさに龍襲来は【災害】である。
人は「荒ぶる神よ鎮め給え」と塹壕から祈るしかないのだ。
果たして今回は幾日、帝都へ居座るか?
どの街を痛めつけるのか? 猛熱ブレスで家々を焼くのか?
帝都民数十万が、戦々恐々と空を見上げる中――――
「「「「えっ?」」」」
龍は――
何を為すことなく、災厄の龍は北の空へと飛び去った。
☆ ☆
ズシーン…………
遥か南方のウェンツェルザイラー採石場で切り出された、大型貨物コンテナ級の石。
災厄の龍改め……
守護龍・カジャグーグーは、リープフラウミルヒの村外れにそれを「 配達 」した。
あまりに大きな岩の塊に、エルフさんたちが目を丸くしている中、
「サイン、頂けますか? フルネームで」
顔見知りの村長にスラスラっと書いて貰い、
「配送完了!」
火山弾の直撃にも耐える耐火石材!
リープフラウミルヒ村の穀物貯蔵庫も、これで大補強される! レベルアップ!
「しかし、とんでもない能力じゃ……」
知恵者のキコンデネルも、龍の威力に舌を巻いている。
王国の南端に近いウェンツェルザイラーから北端のリープフラウミルヒまで、たった半日で飛びきった。
貴族の馬車移動なら、一週間は掛かるような道程を。
龍の後頭部辺りで鱗に隠れてた僕ら、「龍にトイレ休憩を伝えるにはどうしようか?」という心配も杞憂に終わった。
「男爵様、昆布……これで足ります?」
エルフの海女さんたちに干して貰っていたリシリー湖の昆布は、水分もキッチリ抜け、石材に比べたら比較にならないほど軽い。
「ありがとうございます皆さん」
これを帝都で捌けば、相当の売却益が見込めるはず。
なにせ、リシリー湖の昆布は絶品と美食家の間でも評判だ。
その希少性も相まって、帝都のマーケットでは信じられない値がつく。
このエルフ村では、採っても採っても採りきれないほど採れるのに……出回らない理由は一つ。
物資の輸送を妨げる、強風の谷のせい。物流手段だけがネックだったのだ。
「これで金策にもメドが立ちますよ!」
(払えなくなった年貢の代わりに)売られてしまったラタトィーユさんだって身請け出来る!
晴れて家族の元へ帰れるよ!
「男爵様……なんとお礼を申し上げていいのやら……」
「いえいえ、礼には及びませんよ、村長」
ラタトゥイーユさんが無事解放されるなら、僕らも村人も皆、ハッピーエンドです!
「これにて一件落着!」
ウェンツェルザイラーの耐火石材を以ってすれば、噴火にも耐える貯蔵庫を建てられる!
その建設費もリシリー昆布の売却で賄える。
万事OKだ!
――ところが!




