第四章 災厄の龍の倒し方、知らないでしょ? オレらはもう知ってますよ - 2
――ところが!
――カランコロン☆
「帰ってきた!?」
ロシナンテが帰ってきた! 無事に帰ってきた!
丸一日掛かって、僕らの野営地へ戻ってきた!
「奇跡よ……」
「いや、奇跡じゃないよ、少尉!」
行って帰ってくるだけなら、計算の内。
だって、千里眼のリマンシールで観察したから分かる。
龍の巣の周りには、普通に野生動物が暮らしている。猿も鹿も兎も鳥も猪も。
人間のように濫りに龍のテリトリーを冒したりしないからだ。
動物は身の程を弁えている。傍若無人な人間とは違って。
ならロシナンテも見逃される可能性が高い。
ここまでは僕の計算通り!
「本当の奇跡は…………これからだ!」
ロシナンテの背に括り付けられてた、白く脆い皮状の「便箋」……脱皮した龍皮か?
それを広げると――運動会の応援ボード並みの大フォントで、
【 いぢめないでください 】
と書かれていた!
「嘘ぉおお!?」「ケンタロウ様!?」「ありえんじゃろ!」
あった!
やっぱり龍には知性がある!
思った通りだ!
社畜殺法四十八手、その十九、『社会人なら確実にアポイントを取ろう』作戦――成功だ!
☆ ☆ ☆ ☆
「別に嫌なら脱ぐ必要はないけど――脱げば脱ぐほど生存確率は上がる!」
ふ……このパワハラになるかならないか絶妙なラインの業務命令、
現代的コンプライアンスの元で培った社畜レトリックよ!
「普通にパワハラじゃろ?」
とか火の玉ストレートを投げ返してくるキコンデネル、台詞とは裏腹に、率先して脱いでいる。
羞恥心よりも『龍とコンタクトが採れるかもしれない』という知的好奇心が優先するようだ。
大賢者の判断に迷いなし。
伝統的な賢者のローブも躊躇なく脱ぎ捨てる。
「いぢめるつもりがないなら、丸腰と示さないといけませんね。分かりやすく」
こちらも脱ぎっぷりのいいキィロ。
禁忌異本ツーリストのツアコン制服を、丁寧に畳んでる。
まぁ彼女の場合、立派な尻尾が結構な面積を隠してくれるという亜人種特有の解決策があったりするが。
「……本当に脱ぐの?」
最後まで抵抗を見せたのはポラールシュテルン嬢。貴人が外で肌を見せるのは抵抗があるらしい。さすが僕と違って本物の貴族、淑女の嗜みである。
しかし彼女こそ、最も龍と対峙せねばならない立場にある。悩ましいことに。
災龍を前にして『征竜鎮撫将軍』の、敵前逃亡は許されない。たとえ死んでも許されない。
「…………」
結局、散々逡巡した後、
「これは、バカには見えない服のリマンシールだよ」
と僕が言い含めると――そのシールを免罪符にして、少尉も軍服を脱ぎ捨てた。
実際は肩こり腰痛に効くリマンシールだが。
☆ ☆
元より誰も見ていない、鬱蒼とした原生林を征く我ら、輿水健太郎探検隊。
俺たちゃ、裸がユニフォーム。
これも帝都の挿絵絵師に掛かれば、ギリシャ彫像みたいなマッチョボディにされるんだろうか?
子供向けの絵本ではカットだろうけど……
とか考えながら、ハーフパイプ状のドラゴンブレス跡を歩いていたら、
「ケンタロウ様」
キィロに尋ねられた。うま~い具合に尻尾で身体を隠してるケモミミさんに。
「どうして災龍には、人の言葉が通じると分かってたんですか?」
「あ! ソレあたしも聞きたい!」
インナー姿のグリューエ少尉も話に乗ってきた。
ストイックな軍服とは対照的な貴族らしいインナー姿の彼女も。
「始祖王カルストンライト王の龍征伐以来、二百年もの長きに渡り、強欲の冒険者が龍の巣へ群がっちょったが……」
脱ぎっぷりのいい賢者も首を傾げ、
「じゃのに誰一人とて『龍は人と意思疎通できる』とは証言せんかった……」
難しい顔で思考を巡らせる。
キコンデネルは聖ミラビリスのアルキメデス。
洞察の重要度に比べれば、己の格好など二の次なんだね。
「『これ』のせいじゃないかな?」
手にしたリマンシールを掲げて僕は応える。
「キコンデネルも言ってたじゃん? リマンシールは魔術的素養を問わず、万人に魔法を開放する優れものだけど、それ故に制限も多い、って」
「単機能・回数制限一回の縛りじゃな」
「龍の巣を盗掘する者は、何のリマンシールを貼って忍び込んでたと思う? キィロ」
「ドラゴンブレス対策の耐熱リマンシールですかね?」
「多分、みんなキィロと同じ考えだったと思うよ」
「でも僕は違う」
ぺりり……
耐熱系の魔術回路とは異なる書式のシールを剥がし、手の甲にペタリ。
「僕はコレで行く」
それは動物会話のリマンシール。
地獄の稜線渡りの時、梃子でも動かなくなった馬を、説得する時に使ったアレ。
(※第二章参照)
「ですが、ケンタロウ様……いくら動物会話のリマンシールを貼ったところで、龍が言葉を理解できなければ会話は成り立ちませんよ?」
尤もだ。キィロの言わんとしていることも、尤もだ。
キィロやキコンデネルやグリューエン少尉が、最も違和感を感じているのは、そこだろう。
【なぜ僕は、龍の知性に確信を持てたか?】
そこが彼女らを疑心暗鬼にさせる。
マジックショウの客席で、奇術を見抜けぬ客にさせる。
でも、僕は奇術師じゃない。
話の分かる上司は部下に隠し事などしないのだ。
「龍は喋れるよ。特に高位の龍は喋れるものなんだ」
「いやいや男爵殿! じゃから、その根拠は?」
賢者の大図書館が所蔵する本に、龍の知性を示唆する本など、ない! 一冊もだ!
マジシャンが口から国旗を出す勢いで、中空から該当書籍を引っ張り出してくるキコンデネル、
彼女をして、そこまで狼狽えさせる大問題なのか?
「龍は喋れるんだよ。それが僕らの世界では常識だった」
「……ケンタロウ様の世界では龍と人間が共存しているんですか?」
「いや、そもそも僕らの世界に龍は『実在しない』」
「え?」
「しないけれど『龍は喋れるもの』なんだ」
キョトン……と惚ける三人に僕は、
「ゲームやアニメの世界では『喋れる龍』はありふれた存在なんだよ。人と会話する知性を持った存在なんだ」
「…………」
「それが僕らの世界の『当たり前』だったんだ」
僕らの世界に龍は実在しない。
実在しないからこそ受け入れられる「認識」もある。そういうことだ。
幽霊には脚がないし、河童は頭の皿が乾くと死んでしまう。宇宙人は目が大きくて手足が退化している。
もし僕が聖ミラビリスで生まれ育っていたら、そんな認識は持てなかったさ。
この世界に於いて、龍は【今ソコにある災厄】だから。
逆に現代人が「地震や台風と意思疎通が出来る」と言われたら、「そんなの眉唾だ!」と訝しく思うはず。
それぞれの環境で培われた固定観念――それは強固に思考を規定する。
賢者ですら、その「常識」からは逃れ難い。
世界の俯瞰は、異邦人にこそ許される専売特許だ。
「もはや『大ミラビリス先王記』の定説解釈も、書き換えねばならん……」
大ミラビリス先王記 第一巻第一章 始祖王紀
斯クシテ、カルストンライト王ハ龍ヲ制セリ。
暴威ノ龍ハ王二馴ラサレ、エスケンデレヤハ人ノ子ノモノト成リシ。
「始祖王は龍を馴らした =龍を征伐した、という古典解釈が…………覆る?」
それは王国軍人、グリューエン少尉にとっても寝耳に水だったようで。
「『ミラビリス王国創始以来、龍を倒した将軍はいない』に『但し、龍を飼い馴らした将軍は存在する』の注釈が加わるんじゃ……」
嘘でしょ? と開いた口が塞がらない少尉と大賢者。
そんな二人とキィロを従えた僕は――
遂に龍の巣へ辿り着き、『彼女』と相見えた。
かつて【災厄の龍】として臣民に恐れられた彼女と――『会話』を果したんだ。
以上で第四章終了です!
お付き合い頂けた方、ありがとうございました!
誠に感謝感謝です!
第五章は、なんとか月内に……始めたい……




