第四章 災厄の龍の倒し方、知らないでしょ? オレらはもう知ってますよ - 1
「僕が! あの災厄の龍を何とかしてみせる!」
皆の前で大見得を切った健太郎だったが……
冷静に考えて、タダの社畜にそんなパワーが有るのか?
君には、異世界チート魔術もないし、戦国自衛隊の武器もないんだぞ?
果たして、彼に秘策アリや、ナシや?
ブワッ!
「ひえええええええええ!!!!」
翌朝――吹き飛ばされた天井に、唖然としながら目が覚めた。
視界の端にはドラゴン。
大空の彼方へと飛び去っていくドラゴン。
龍の巣からテイクオフした災厄の龍さん、たまたま野営地を掠めただけで、征竜旅団二百人分のテント村を壊滅させてしまった。
たった数度の羽ばたきで、これである。
そのつもりが無くたって、これである。
「アレを倒すんですか……」
キィロも呆れ顔で、飛び去っていく巨大龍を眺めてる。
「無理じゃ……龍は人の手には余る」
『実際に龍を倒した将軍=ゼロ人説』を採るキコンデネルは残念でもないし当然と見送った。
「だよね~」
概ね、僕も二人と同じ感想だ。
地下闘技場の小型龍ですら手を焼いたのに、あの存在感は「象と蟻」にも等しい。
そんな僕の『白旗発言』を聞いたグリューエン少尉、
「え? あんた、「倒せる」って言ったじゃない! 昨日の夜!」
【悪質な詐欺だ!】【話が違う!】と被害者集会に駆けつけた債権者の勢いで僕を問い詰める。
「倒せる、とは言ってないよ、『なんとかする』とは言ったけど」
だいたい、倒せるワケがない、あんなデカブツを。
改めて、間近で見た災龍は大きかった。果てしなく大きかった。
ゴジラ級の大きさで空まで飛ぶとか、やばたにえんの無理茶漬け。
おまけにドラゴンブレスは一兆度だぞ? 一 兆 度 ! 誰が測ったのか知らないけど。
近づく者は一瞬で消し炭。昨日の突貫攻撃で、嫌というほど思い知らされたじゃないか?
「『なんとか』って何よ? あたしは龍を倒さないと帝都へ帰れないのよ? 王様から貴重な兵隊を預かったのに手ぶらで帰れると思う? 行きが二百人で帰りが四人ぽっちとか、そんな大惨敗で、誰があたしを征竜鎮撫将軍に推してくれるのよ?」
今度こそSEKAI NO OWARIよ! とでも言わんばかりに取り乱す少尉さん、
「やっぱり征く! 龍に特攻して軍人の誉れを果たす!」
滅びの美学へ身投げしようとする彼女を、キィロが羽交い締めで止めてくれた。
「慌てないで少尉――行くよ、龍のところへ行く」
「えっ?」
「だけど……行くのは少尉じゃない」
☆ ☆ 半日後 ☆ ☆
「行くのは――彼だ!」
と僕は「彼」を皆に紹介した。
人畜無害を絵に描いたような白ヤギさんを。
これぞ対災龍決戦兵器! 名付けて――――『ロシナンテ』!
「ケンタロウ様……一応お尋ねしますけど…………このヤギで何を?」
困り顔のキィロに胸張って応える。
「彼には、災龍へのメッセンジャーになってもらいます!」
「「「は?」」」
みんな目を丸くしている。
中には「コイツ、頭がイカれたぞ!」とでも言わんばかりに驚いてる奴も居る。
ま、仕方ないっちゃ仕方ないんだが。
なにせ、何の変哲もない白ヤギさんだ。近くの村から調達してきた、普通のヤギだもの。
「相手は龍よ? 人間じゃない! 亜人種でもない! 手紙なんか読めると思ってるの?」
「可能性は…………ある!」
「「「は????」」」
即座に鳩首会議を始めるキィロ、キコンデネル、そしてグリューエン少尉。
上司が『龍の恐怖で気が触れたか?』と大真面目に議論している。
本人の目の前で。
「熱はありませんかケンタロウ様? 帰って、王立総合病院で診てもらいましょうか?」
いやいやキィロ、僕は至って健康だ。
「男爵殿……ワシが所蔵する書物に『龍が人の言葉を解する』なる記述は存在せぬ! 只の一箇所もじゃ!」
そこまで言うんならそうなんだろうな。賢者業界の中では、な。
「あんたバカじゃないの? 前からそうなんじゃないかって疑ってたけど?」
直球だグリューエン少尉。王国随一のお嬢様学校OGとは思えないほど口が悪い。
まずその口調から改めないと、許嫁殿に三行半を突きつけられるんじゃない?
「いや、皆が考えるほど可能性は低くないと思うけど……」
「「「…………」」」
『だ、駄目だコイツ……早く何とかしないと……』の視線を向けてくる三人娘。
乱心した殿を無理矢理隠居させようと企む家臣団の目だ。
キィロなんか、僕の王立健康保険証を伝書鳩の脚に括り付けて飛ばそうとしてるし。
しかしだ!
「みんな! 考えてもみて欲しい!」
今にも退職届を提出してきそうな部下たちに対し、訴える。
「僕には何もないんだよ? 異世界転生者にありがちな、チート魔術も現代兵器も持ってないんだ! 力づくで相手を屈服させる手段を持ち合わせていないのなら、もう『話し合い』で落とし所を探るしかないじゃないか!」
プロジェクトリーダー……何か間違ったこと言ってる?
「ダメ元でもいいから、やってみようよ!」
トラスト・ミー!
トラスト・ミー・オール・ザ・異世界ガールズ!
☆ ☆
「進めロシナンテ! 君が勝利の鍵だ!」
メェェェェ……
「「「……………」」」
信書を託したロシナンテを敬礼で見送る僕と――それを呆れ顔で眺める三人娘。
部下からの信頼ゼロ。上司の立場がない。
しかし!
今更、後には退けないぞ。
プロジェクトリーダーには前進あるのみ。
前へ進めば道は開ける! たとえ、どんなに深い藪だとしても!
稀に、ごくごく稀に、藪の先が断崖絶壁だったりするケースもあるが!
(※その場合、心や体を病んで休職退職を強いられる羽目に)
大概は何とかなる!
大概は!
(※デスマーチ思考の偏ったバイアス)(※根拠の薄い生存バイアス)
見渡す限りの原生林に遺された爪痕――龍の巣まで真っ直ぐ、不自然なほど開けた通路。
一兆℃とも言われるドラゴンブレスの跡だ。
その、ハーフパイプ状に抉られた「通路」を、とぼとぼ白ヤギさんが進んでいく。
鼻先にニンジンをブラ下げることで推進力を得る、という素朴すぎる仕掛けに従って。
こっから龍の巣まで三キロくらい?
ヤギの歩みでは、果てしなく遠く感じる……
「無理よ……」「無理じゃき……」「無理ですよね……」
――三キロも、ヤギが、ブラ下がったニンジンに釣られて歩くんですか?
――そもそも不用意に巣へ近寄らば、ドラゴンブレスでラムチョップじゃろ?
――というか手紙って何? 龍が読めるワケないじゃない?
ヤギを見送る三人の顔には、そう書いてあった。
「さすがに今回はどうかと思います……ケンタロウ様……」
僕の評価に関しては、王国一甘いキィロも、半信半疑……というか、ほぼ諦め加減だ。
――ところが!




