第四章 とある令嬢の禁書目録 - 2
ストーカー軍人、グリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉が、まだ深窓の令嬢だった頃、
彼女には大切な友達と、決して大っぴらには出来ない隠し事があった。
少尉、回想編 その二です。
王立西域末オーガルト学院、それは内から鍵の掛かった鳥籠。
全寮制の女子高は、とにかくセキュリティに厳しい。
学園の内と外を遮るゲートなど、帝都正門より検問がシビア、と専らの評判だった。
外出申請も親の危篤以外は認められない、という噂が実しやかに流布されるほど。
お嬢様学校は固く閉じた蕾で自己完結してた。
ただ、例外もある。
比較的、部活の対外試合は緩かった。
そのため、ラクロス部に所属していた私は、学園の外へ出られる機会が多かった。
「この度は我が西域末オーガルト学院を練習試合にお招き頂き、大変光栄に存じます」
「こちらこそ、ご足労頂き、感謝に耐えません、ポラールシュテルン様」
「こちら、つまらないものですが……ロアナープラの皆様でお召し上がり下さい」
「ありがとうございます。では、こちらも」
部長同士が儀礼的な挨拶を交わし、「お土産」交換するセレモニー。
その高級菓子店の袋で包まれた【内緒のお土産】は菓子ではない――それを知るのは限られた者だけだった。
☆ ☆
なんだなんだ?
部長自らが【運び屋】となって、極秘に入手するシロモノ?
品行方正なお嬢様学校の裏側……相当ヤバいブツなのか?
【お茶会】などと称し、
人目を忍んで、王国屈指の箱入り娘たちが夜な夜な嗜むもの……
酒、タバコ……いやいや、もっと危険な……
「男爵殿よ……百聞は一見にしかず、じゃろーが」
☆ ☆
寮生の寝息と虫の声、月明かりの射す深い夜。
オーガルト学院女子寮の一室にて。
「皆の衆、新作入荷じゃ!」
北域末ロアナープラ修身女学校から仕入れてきたばかりの冊子を開帳すると、皆の目が輝いた!
「読んでいいですか? 先輩~?」
「応よ! 我が愛しき同類フレンズの諸君!」
私グリューエン、トゥルデルニーク、ピカロネス、アフォガード、コブレット。
学年も親の爵位もバラバラ、強いて言うなら「貴族子女である」以外は共通項が見当たらない面子だったけれど…………私たちは共通の趣味で固く結ばれていた。
――――それは【同類誌】!
「ロアナープラ女子といえば誘い受けの天才・パパラチア先生の新作は?」
後輩たちが奪い合うように一冊の薄い本を覗き込めば、
「いや~ん! やっぱり賢王×宰相ぅ! 定番! 超定番! だけどそれがいいぃ~♪」
「次は賢王ヘタレ受けにして、って感想送ったのにー!」
「残念でした! 王道は最強なのよ! ピカロネス」
「ギヨーム大公は? ジャイアンツコーズウェイ様の肉体美は?」
「アフォガード……あんたの趣味はニッチすぎるの。自分で描きなさいよ自分で」
☆ ☆
「随分と薄いのう……」
いつもの賢者マジックで、何もない中空から本を出してくるキコンデネル。
「わーっ! わーっ! これ私の本じゃない! 賢者、あんたどこで手に入れたのよ!?!?」
同類誌作家・西高のリューエ先生こと、グリューエン少尉、血相を変えてキコンデネルから本を奪い取ろうとするものの……
「ふっ……賢者の大図書館に収蔵されておらん本など存在せぬ!」
少尉の奪取作戦もすり抜け、ブーメランと化した薄い本――難なく僕の手に収まった。
さすがこの薄さ……よく回る。
☆ ☆
ああ、もうバレちゃったから言うけど、
同類誌ってのは、自分で描いた漫画のことよ。
私たちが本当に欲しいものは、この世に存在しない →ならば自分たちで作るしかない。
それが秘密結社【お茶会】の趣旨であり、その成果がこそが同類誌。
各女子校で『密造』された同類誌は、極秘のネットワークで共有され、お嬢様たちに密かな欲望を満たす。
入学当初、トゥルデルニークが私を「嗅ぎつけた」のも、同類誌好きにしか醸せない、独特のオーラを感じたから、と言ってた。
確かに、私には有った。
おいそれとは口外できない内心のワンダーランドが。
夜な夜な頭の中で繰り広げられる耽美と刹那の共演は、いつしか……アウトプットせずにはいられない衝動として私を突き動かした。
そんな私の裏側を、トゥルデルニークは一発で見抜いてきた。
「――あなた同類誌描きね?」
その日から、私と彼女は――「共犯」となった。
「トゥーレ、これは……あなたのためだけに」
彼女が目がない、賢王さまショタ受け。
「卒業」の決まった彼女に向け、ありったけの想いを込めて描いた渾身の同類誌を――
去りゆく親友へと手渡す。
「ありがとうリューエ」
感極まるほど喜んでくれるトゥルデルニーク……同類誌描き冥利に尽きるわ……
睡眠時間を削って原稿を描きためた甲斐があった!
「そんなに泣いたら紙がふやけちゃうわよ?」
零れそうな涙の粒を指で拭ってあげる。
「リューエ……綺麗な手が、こんなに……」
私の右手、中指のペンだこに、トゥルデルニークは優しく口づけする。
くすぐったい。けど愛おしい私のともだち。たいせつなあなた。
「トゥーレ……」
もう、こんな時間を一緒に過ごせなくなると思うと、胸が張り裂けそうだ。
(でも……)
オーガルトの女なら、笑って彼女を送り出してあげなくてはいけないの。
柔らかな彼女の身体を力いっぱい抱きしめる。彼女独特の花の香を嗅ぎながら。
「せめてもの餞を手渡せてよかった!」
「この本、宝物にするね……リューエ」
「でも、旦那さんに見つからないようにしないとダメよ? 旦那さんがトゥーレ並に勘の鋭い人じゃないとも限らないし」
「大丈夫、強力な結界を張っておくから」
「ほんとに? 結界を過信しすぎるのも考えものよ?」
結界は暗号だ。
このお茶会を護る結界だって……
部外者を遠のけ、あたしたちだけを匿うのは――私たちお茶会メンバーが魔術暗号を示し合わせているからだ。
もし、
もしもたまたま、合致する魔術暗号を所持する人が、図らずも結界へ手を伸ばせば、
Dn(x)=(x-y) mod 26 の数式リマンシールを持っている人が、結界に触れてしまえば、
結界は、秘匿の意味を失う。
その可能性はゼロじゃな――
ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー!
「えっ?」
「結界破綻警報!」
それまで一度も鳴ったことがなかった警報が――突然、悲鳴を上げた!
先輩から脈々と受け継がれてきた、【巡回シスター封じの暗号結界】が!
破られようとしてる????
「みんな! ――本を燃やして!」
証拠が残るのはマズい! 逆に言えば、物証さえ燃やしてしまえば抗弁できる!
どうとでもシスターに言い繕えるし!
皆、ファイアボルト系のリマンシールをおでこに貼り、泣く泣く【証拠隠滅】に従う。
同士の魂がこもった同類誌! 決死の思いで集めた本たち!
ツラいだろうけど、ここは堪えて!
――なのに!
「いや!」
ただ一人、私の指示に従ってくれない子がいた!
「燃やすなんて…………いや!」
駄目よトゥルデルニーク!
「トゥーレ、ダメよダメ! 燃やして!」
【禁書】を所持しているところをシスターに見つかってしまったら!
「いや……いやなの、リューエ……これはリューエが私のために描いてくれた! できない……」
燃え盛る同類誌から、身を挺して本を庇うトゥルデルニーク。
戦火の中で赤子を護る母のような彼女を……私が、無理強いなど出来るはずなかった。
気づいてる人は、早速気づいていると思いますが、
僕は「人類は衰退しました」が大好きです♪




