第四章 とある令嬢の禁書目録 - 1
無残な大敗北を喫してしまった夜――敗軍の将、グリューエン少尉が語る、「私が龍に挑む理由」とは……
「ポラールシュテルンさま、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
王立西域末オーガルト学院、それは貴族の紹介状がなければ入学を許されない、乙女の学び舎。
当然、生徒は貴族の娘と、それに随伴する世話役の少女ばかり。
領主と密接に繋がる政商の娘を除き、貴族以外の在籍者は皆無に等しい。
「入学資格は城一つ」と揶揄される所以である。
そんな箱入り娘が集う学園は、まさに女の園。
外界とは隔絶した雅の異空間だった。
「リューエ、あのね……」
私をリューエと呼ぶ少女、つややかな栗毛にグリーンの瞳。ふくよかな女性らしい体つき。
おっとりした物腰は、上流階級特有のナチュラルな人の良さを漂わせる。
私が思うに、「金持ち喧嘩せず」には二通りの意味があるのよ。
一、持てる者同士が争っても利益を損ねるばかり、適当な所で折り合いをつけた方が得になる、という打算が働く人間。
二、蝶よ花よと育てられて、人を疑ったり出し抜いたりする機能が備わらなかった。敵対者との紛争解決策として、最初から喧嘩など思い浮かばない人間。
彼女、トゥルデルニーク・フォン・レイヴファクトリーは、間違いなく後者だ。
自分で言うのも何だが、私は貴族らしくない。彼女と違って。
私、グリューエン・フォン・ポラールシュテルンは、親にも教師にも反抗的な跳ねっ返りだ。
幼年学校時代から浮いた存在で、周囲は私を腫れ物として扱った。
私にとって学校とは『孤独な場所』。ずっと一人で勝手気ままに過ごしてた。
なので、進学を契機に自分の境遇が変わるなど、全く期待していなかった。
ところが入学早々、トゥルデルニークは私を友に選んでくれた。
お嬢様学園の劣等生である私。どこに魅力を感じたの?
入学当初は、首を傾げるしかなかったが……ほどなく理由は明かされた。
「『ご報告』しなくちゃいけないの……」
そうか、遂に来てしまったのか、彼女にも。
オーガルトの女なら、すぐにピンとくる『大切なお知らせ』。
王立西域末オーガルト学院、それは尋常ならざる乙女の学舎。
この学園に於ける学問とは真理の探求ではない。
深窓の令嬢として相応しい「教養」を習得するため、それに沿ったカリキュラムが定められる。
ハイクラスの社交人として恥ずかしくないコーディネイトや立ち振舞い、礼儀作法などが特に重んじられ、祭祀典礼は毎日の必修事項だ。
もちろん古典音楽・芸能・絵画・文学の知識はマスト。
社交界へ足を踏み入れる資格としての「嗜み」を浴びるほど体験させられるのだ。
意外なところでは数学も重んじられ、特に資産運用の基礎と、危ない投資話の見抜き方が叩き込まれる。
保健体育は更に実学的で、妊娠から子育てまで「今すぐ使える」実践的知識が授けられた。
それらが「私たち」にとって必要だからだ。
「あのねリューエ…………私、卒業が決まったの」
オーガルト学院の特殊性として、一般的な「卒業」が存在しないことが挙げられる。
適齢期の訪れとともに、輿入れの日取りが決まった娘から、一人また一人と歯が抜けるように去っていく。残る生徒が両手に余る頃には、そのクラスは自然と解散の運びとなる。
「おめでとう……トゥーレ」
なにせオーガルトの生徒は、許嫁が決まっていない方が珍しい。
裏を返せば、許嫁が決まっている=いつでも学園を去るの心構えができている、ということだ。
オーガルト生にとって、卒業とは、さよならだけどさよならじゃない。
祝うべき門出なのだ。オーガルトの女ならば。
「じゃあ、最後の『お茶会』は、最高のブツを仕入れないとね……」
…………こほん。
ここまでは表向きの話ね。
ここからは少しばかり妖しい話になるわ。
「お茶会」と言っても、優雅なアフタヌーンティを想像してもらっちゃ困る。
私たちのお茶会は、真夜中に執り行われる。
寮生が寝静まった頃……
暗号結界で部外者を排除した部屋に、数人の女子が集う。
それは【秘密結社】の集い。
代々、オーガルト学院女子寮に伝わる、お嬢様のアンダーグラウンド。
――――秘め事サバトは夜開く。




