第四章 常敗無勝の英雄奇譚
寄せ集めの素人軍団とはいえ、初日の突撃で壊滅してしまった第十三征竜旅団……
災龍の圧倒的なパワーの前には、秘密兵器の新型耐熱魔法でも歯が立たず……
哀れ、グリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉、
陛下より賜った兵を全て失ってしまったのであった……
日暮れ頃、血と泥に塗れて野営地へと帰投したグリューエン少尉……
激戦に憔悴しきった顔で、
「…………」
僕もキィロも掛ける言葉がない。
「一人にして」
とだけ呟いて、少尉はテントに籠もってしまった。
居たたまれない気分で焚き火を囲む、僕とキィロとキコンデネル。
夕餉のスープも、こころなしか味気ない。
パチパチと、薪が弾ける中、意気消沈した僕とキィロを見かねてか――
にゅう。
キコンデネルがお得意のマジックショウ。何もない中空から厚い辞典を取り出した。
「それは?」
「大ミラビリス王国史……聖ミラビリス王国建国から現在まで、国内外で起こった事績が網羅されておる」
「へぇ……」
「当然、歴代の王から宮廷や軍の人事まで記録されちょるが……面白いのは、ここじゃ。これまで王国の軍務尚書を務めた者は十五名――に対し、征龍鎮撫将軍は四十九人」
「え? そんなに?」
「均すと約五年に一回、帝都は【災龍】襲撃に遭い……そのたび将軍の首が箝げ変わるせいじゃ」
「どうして?」
そんな僕の素朴な質問にキィロは、
「【 御役目 】を果たすのです、将軍様は」
と、神妙な顔で答える。
「役目? でも龍は倒せないんでしょ? キコンデネルも言ってたじゃん、『今まで龍を倒した将軍は一人も居らん』って?」
「倒せないと知りつつ華々しく龍へ突撃するのです――誰の護衛もなく、将軍単騎で」
「え?」
街を灰燼に帰すほどの暴威の龍に?
そんなの自殺行為じゃないか! カミカゼアタックの蛮勇だ。
第十三征竜旅団二百人がかりでも跳ね返された化け物だぞ?
「そういう存在なのじゃ、男爵殿。征龍鎮撫将軍という職は」
「それってほとんど――――生贄じゃないか!
「男爵殿、龍は田畑を荒らす害獣とは次元が違う――むしろ【神】に近い」
「神……」
「決して人為の及ばぬ存在――【荒ぶる神】よ」
【荒ぶる神】を前にして、民に出来ることといえば――祈ることぐらいだ。
どうぞ神よ、荒ぶる魂を鎮め給え、と祈り捧げることしか。
祈り終えたら頑丈な窟に籠もる。エルフ村の避難壕みたいなところへ。
天変地異とは立ち向かうものじゃない。やりすごすものなのだ。
そして生贄とは誠意だ。
神へ通じようが通じまいが「ここまでやったんですから」という人側のエクスキューズだ。
もちろん神は、それに応える義務はない。
だが人は慈悲を乞う。最大限の誠意を尽くして、神の情に縋る。
そうせずには居られないんだ。
それほどに【災害】は耐え難く、理不尽に人々を苦しめる。
大規模な治水工事も望めない前近代ならば、洋の東西を問わず、人柱が神に供養された。
悲しいけれど――それが人の営みの一部だったのだ。歴史を紐解けば。
「とはいえど……単なる捧げものでもないんじゃよ、征龍鎮撫将軍っちゅうやつは」
「そうなの?」
「任期の五年を勤め上げれば御役御免……退役した将軍は『帝都を守り抜いた救世主』として祀り上げられるんじゃ」
「戦わない方が英雄なのか……」
「戦わば必ず負けるからのう」
「常敗無勝の英雄か……」
す、すごい英雄も居たもんだ……
「厄除けのお守りみたいなものよ……ほれ」
再び中空から辞典を取り出すマジシャン・キコンデネル、
「征龍鎮撫将軍藩翰譜という歴代将軍のエピソード集なんじゃが、これは庶民にも親しまれちょる本でな」
「へぇ~」
「特に人気が高いのは、就任式から一ヶ月以内に襲来を受けた悪運将軍七人衆……極めつけは第十九代将軍ジェフリー・バーナンキ。こやつ、就任式典翌日に龍が襲ってきた」
「運が悪いにも程があるね……」
「逆に、第二十三代ディオゲネス・サイリックス将軍など、任期満了の前日に襲来されておる」
「前日かい……」
「王立暦法所に『暦の数え間違いではないのか?』と、一晩に数十回確認を入れた、という逸話も残っとる」
「気持ちは分かる……」
「『一日将軍』ジェフリー・バーナンキの次、第二十代ヤンヤーヤ・マクビティは『平民将軍』と呼ばれた若者でな、前任者が、あまりにあまりな最期を迎えたため、誰も後任に手を挙げなかったところを、敢えて火中の栗を拾いに行った。若干二十歳。兵学校を卒業したばかりの最下級士官じゃ」
「そんなに候補がいなかったの?」
「当時、龍の活動が活発化しておってな。バーナンキの前任も、その前も、間を置かず龍の襲来を受けておる。征龍鎮撫将軍職は実質『余命一年の将軍』と化しておった」
「うへぇぇ……」
「ところがマクビティが職に就くと、龍は鳴りを潜めた。長い沈黙の時代が続いたのじゃ。結局マクビティは久方ぶりに任期を勤め上げた将軍となり……退任後は軍務尚書から、国務尚書、更には財務尚書まで歴任。今なお、彼の直系子孫はマクビティ伯爵家として存続しておる」
「むむ……」
「マクビティの父親は貴族でも軍人でもない村の樵だったんじゃから、空前絶後の大出世っちゅーこったな」
「それだけの一発逆転の可能性を秘めた地位なんだね、征龍鎮撫将軍は……」
文字通り、【命懸け】の出世コースか……
運悪く、龍が帝都を襲えばアウト、
運良く、龍がおとなしくしていてくれればセーフ、
結果の判明まで1826回もの、眠れない夜を過ごさなくてはならない。
会社という「大樹」へ可能な限り寄りかかり続けたい! と願う社畜には全く理解できない、成り上がり精神よ……
「でも……別に成り上がる必要ないですよね?」
「どうして、キィロ?」
「だってグリューエン少尉、貴族ですよね?」
「え? そなの?」
「だって、ミドルネームが……」
「グリューエン・フォン・ポラールシュテルン……だっけ?」
「男爵だって、公文書に名が載る時はハーラー・フォン・アーシュラーじゃろが?」
えっ?
賢王(※トカマク)から下賜された軍資金の目録を見直すと……あっ……ほんとだ……
僕の名は『Hurler von Arsler』と記されている。
「妙だな……」
貴族の子弟なら、本人の能力に関わらず、順風満帆な人生が保証されている。
その豊かな人生を全うした人――ギヨーム公のような老齢の貴族であれば、仮に龍の襲来に遭ったとしても「帝都を守護した名誉の戦死」として家名の誉れになる。
どうせ跡継ぎだって、英才教育を施した上でセッティング済みだろうし。
でもグリューエン少尉はマクビティ将軍並みの青年将校だ。
なんでこんな大博打を?
うら若きポラールシュテルン家のご令嬢が?
「――それは、あたしから説明させて――」
分かる人は分かると思うけど、僕は銀英伝が大好きですw
幕間の歴史語りのところとかね。




