第四章 デスマーチからはじまる龍退治狂想曲 - 2
あーあ……
適当に龍の巣の近くまで物見遊山しにいって、「竜退治してきたぞ!」と言い張ることも出来なくなってしまった健太郎と仲間たち。
賢い王様と抜け目のない宰相相手では、なんちゃって竜退治作戦も見破られてしまい……
どうする健太郎&キィロ?
普通に挑んだら、ブレスで返り討ちだぞ?
「ハメられた…………」
途中でバックレることも許されない状況へ、まんまと追い込まれた……
「それもこれも!」
『民衆のガス抜きが出来るなら、ぶっちゃけ何でもいいのよ?』
と、お気楽極楽に言ってのける賢王様と!
『何が何でも、次期征龍鎮撫将軍に成りたいのよ!』
と大望に燃えるグリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉のせいだ!
「こんな大事にされちゃ『何の成果も得られませんでした!』じゃ済まないよ!」
こいつはまさに 大 迷 惑 ! !
僕ら輿水健太郎探検隊、遠巻きに龍の巣を視察したら即帰還するつもりだったのに!
「本当に退治できれば、全て丸く収まるんですけどね……災龍を」
「無理いうなキィロ……」
実際問題、人間にはどうすることも出来ない【災害】レベルの龍なんて狩れんわ!
レッドス・ネーク級の小型のドラゴンでも、あわや食われる寸前だったのに……
帝都の一区画を焼き尽くす暴威の龍とか、そりゃもう、信じられないほどデカいでしょ?
帝都を囲む城壁に大穴をボッコボコ開けるくらいの火球をブファブファ吐くんでしょ?
無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理!
輿水健太郎、人生最大級の八方塞がり!
――もうダメぽ!
賢王&宰相が極秘裏に手配した「官製パレード」を抜け出した僕とキィロ、
絶望に頭を抱えながら裏道を駆け抜けると……
「ケンタロウ様……あれ、見て下さい」
街角の小さな本屋の店先、最も目立つ場所に刷り上がったばかりの本が……
「アーシュラーだんしゃくのりゅうたいじ…………?」
絵本だ。
僕が絵本になってる。
風車に挑みかかるドン・キホーテよろしく、槍を掲げて巨大龍へ立ち向かう僕。
ああもう、ページをめくりたくない!
どうせ太陽に向かったイカロスみたいな最期を迎えるんでしょ?
「こっちにもありますね……」
なに?
『アーシュラーはくしゃくのりゅうたいじ』?
もう二階級特進してるじゃん! これ絶対死ぬやつじゃん!
「臣民に告げる! こちらは帝都治安兵団であーる!」
馬を駆った憲兵が、ダウンタウンを巡回しながら大声で布告している。
「ニセ・アーシュラー男爵に注意されたし!」
「この近辺に『アーシュラー男爵の龍退治』への寄付を募る不埒者が出現している模様!」
「龍退治への募金を騙る者は、全て詐欺と心得よ!」
「もうなんかメチャクチャだ色々と……」
関わり合いになるのも嫌なので、キィロと路地裏へ逃げ込めば……
「うっ!」
集合住宅の壁にはデカデカと僕のポスターが貼られている!
共産圏か独裁国家の首長みたいな個人崇拝像が!
頼んだ覚えもないのに!
「まるで救国の英雄だ……」
「ですね……」
なんでこんな目に遭ってしまうんだ、僕は……
気がつけばいつも貧乏くじ、
要領のいいギネスやトカマクみたいに上手く「地雷」を避けられたら、どんな楽か……
とか自分の不遇を噛み締めてると……
その壁を見上げ、一人の老婆が手を合わせ始めた。
「神様、男爵様をお護り下さい、どうかどうか……」
僕と何の面識もない人が――壁の僕に向かって無事を祈ってくれる。
神々しいまでに真摯な祈りが胸を打つ。
僕のために、祈りを……
「そうか……」
また僕は見誤っていた。帝都に住む人たちの気持ちを。
「……それだけ切実なんだな……」
いつ訪れるかも分からない【災龍の襲来】、それは帝都民にとっては他人事じゃない。
気まぐれな龍に、いつ自分たちの街を、家を、財産を焼かれてしまうかもしれない。
それは明日かもしれないし、何年も来ないかもしれない。
そんな帝都の民だからこそ『竜退治』は特別なんだ。
もし本当に竜が退治されるのなら、どこの馬の骨とも分からない泡沫貴族にも望みを賭ける。
祈りを捧げて、奇跡を念ずる。
それがこの、エスケンデレヤに生きる民なんだ……
☆ ☆
「なんとかしてあげたい、ですね……」
城へ帰る道すがら、思い出したように呟くキィロ。
「うん……」
それは僕だって同じ気持ちだ。
あのお婆さんは誰を亡くしたんだろう?
息子か孫か、あるいは夫か、友人か恩師か、それとも別の親しい人か。
いずれにせよ、【災厄の龍】を倒せるならそれに越したことはない。
――ないのだが、
とてもじゃないがゴジラ級の怪物龍なんて倒せる気がしない。
僕には、何もない!
特殊能力も異世界をチートで圧倒するような魔術も現代兵器も!
「…………」
改めて己の無力さに打ち拉がれた僕とキィロ……城への帰途も、足取りが重かった。




