第一章 開設! 男爵様専用窓口! - 3
異世界ニートとして、のんべんだらりと食っちゃ寝、食っちゃ寝……してても、不幸を生み出してしまう!
という状況に気づいてしまった健太郎、
「こりゃいかん!」と、ばかりに動き出す!
空気を読んで、発注しなきゃいけない仕事もあるのです、
社会とは、そういうものなのです。
リビングの僕は、十人くらい座れそうなソファで大袈裟に指パッチン。
「…………ご用命ですか?」
おそるおそる扉を開いて、中を覗き込んでくるケモミミ添乗員さん。
「君に仕事を依頼したいんだけど……」
彼女、私の聞き間違いではないですか???? とでも言わんばかりに耳をピンと立てて、
「お、お仕事ですか…………?」
喜びを隠しきれない笑顔で確認してきた。
「頼むよ」
「もんじょわ!」
「ご用意できました!」
張り切って居城前まで馬を引いてきてくれた添乗員さん、とにかく嬉しそう。
やっと自分本来の仕事が出来る! と意気揚々。
(頼んで良かったな……)
暗い顔の女の子を見るより、随分と心安らかになれる。
やっぱり女の子は笑っていないと。
「よっこらせ……」
しかし、この馬……王様から授かった馬は赤かった。
赤い馬と言っても「赤味がかった茶色」とか、そういうんじゃなくて、赤い。
郵便ポストの赤色だ。
さすが異世界――同じようで少しづつ何かが違う。
「ではトランキーロ・バッファローワン、男爵様をご案内させて頂きます!」
「よろしく頼むよ」
「もんじょわ!」
(もんじょわ、ってどういう意味だ?)
推測するに……「合点承知!」みたいなニュアンスかな?
目をキラキラさせた添乗員さん、弾むリズムで僕の馬を引いてく。
林間学校以来の乗馬でも、添乗員さんが引いてくれるので、ただ僕は鞍に跨ってるだけ。
カッポカッポ、高台の城から城下へ下る。
「おお……!」
城域を出ると、すぐさま雰囲気が切り替わる。
王都の朱雀大路は眼を見張るほどの広さで、道幅が数十メートルはあろうか?
その目抜き通りが、ずーっと先まで続いている。
うひょー。
沿道には大店が軒を連ね、大勢の買い物客が商品を吟味していた。
集う人種も様々、ピュアな人間種から完全な別種族まで多様な異世界人が共生している。
まさに帝都のメインストリートに相応しい賑わいだ。
宰相の自画自賛通り、聖ミラビリスの加護を受けし都、
安寧と幸福のエスケンデレヤ!
だが、しかし。
僕の求めるものは、ここにはない。
「添乗員さん」
「はい?」
「路地の方へお願いします」
「もんじょわ?」
雑然とした路地を抜けると……やがて庶民の暮らす集合住宅地区に出た。
そこは子供たちと野良猫の王国だ。
昼間、街へ働きに出た大人たちは不在。
子供たちは思い思いに、友達と遊び回っている。
そう、僕はこれを『視察』したかったんだ!
僕、輿水健太郎は社畜なので。
社畜と無趣味は、ほぼ同義と言っていい。なにせ自由時間が採れないワケだから。
自由時間に融通が利く奴は社畜のカテゴリから除外される。当然だ。
そんな僕の、唯一の趣味はゲーム。
僅かの空き時間でも愉しめるソシャゲにハマっている。
早く現代へ帰りたいのは、美味しいレイドイベントが迫っていたから。
雀の涙ほどの自由時間を注ぎ込んでも回したい、激ウマ周回が告知されていたからだ。
とは言っても、
帰る時は、ちょうど召喚された時点へ帰れるワケだから、別に焦っても仕方ないんだけど。
王様の説明通りならば。
それより問題なのは、僕のクジ運の悪さの方。
影武者の「皇位継承権」で三番目を引いてしまった僕には、有り余る暇がある。
順番が来るまで二百数十日も待機しなきゃいけない。
王様は「休暇と思って、好き勝手に過ごすがよい」と薦めてくれたけど……
この世界には『好き』がない。
僕にとっての『好き』がない。
「ないのなら、探すしかないよね!」
だって人類は、太古の昔から様々な「娯楽」を編み出してきた。
衣食が足りてしまえば人は娯楽を求める。ローマの昔から変わらぬ、人の有り様さ。
ネトゲやソシャゲだって、その延長線上にある。歴史的に見れば。
だから!
僕の退屈を殺してくれるゲームが――――この世界にも、必ず存在するはず!
人類史から類推すれば、当然の帰結だ!
(さて観察、観察……)
はしゃぐ路地裏の子供たちは、竹馬、竹とんぼ、ドッジボールっぽいボールゲーム、
おしゃまな女の子たちは、お人形遊び、おままごと、ゴムとび、けんけんぱ、
男女混ざって、かくれんぼ、だるまさんがころんだ、缶けり、
あっちはなんだろ? 廃材を持ち寄って秘密基地作り?
当然、携帯ゲーム機なんて誰も持ってない。
「あの~添乗員さん?」
「あ、キィロでいいですよ? 男爵様」
「じゃあキィロ……キィロは子供の頃、何で遊んだ?」
「あやとりとかおはじきとか折り紙……私、あやとりは自信あるんですよ!」
すると添乗員さん、その辺で遊んでいた子供から糸を借り受けると、
シュバババ!
「レッドス・ネーク! カモン!」
目にも留まらぬ早さで、三次元的な生き物を表現してみせた!
その名人芸には、路地裏の子供たちもキャッキャキャッキャと喝采を送ってる。
(すごい、確かにすごい……)
でも、非常に素朴だ……牧歌的だ……プリミティブだ……
そんなんじゃ現代人(僕)のゲーム欲は満たせないんだよ!
せめて麻雀かモノポリー級の頭脳戦が欲しい。戦略性のあるゲームを渇望してるんだ、僕は。
でなきゃ二百数十日の退屈なんて放逐できるものか。
(――よし!)
まず、最初の『ゲーム』は、そのゲーム自体を探すゲームだな!
このむちゃくちゃ広いオープンワールドで、娯楽を探す物語だ。
思考実験をしよう。
じゃあ娯楽は「どこにある」のか?
schoolやscholarの語源はギリシア語のスコレーskhole、つまり「暇」だ。
つまり今の僕だ。
貴族こそ、この世界では最も暇な人種といえる。
(だけど……)
貴族のサロンなんて覗いたら、一発で素性がバレる。
僕が休眠家名を借りただけのニセ貴族だと。
閉じた世界の常識、しきたりは部外者を見抜く格好のツールだ。
この世界へ招かれて数日の異邦人じゃ、簡単にボロが出てしまう。
村社会の狭さ、どこの世界も一緒よ?
まずはプロのガイドである彼女へ単刀直入に訊いてみよう。
「添乗員さん!」
「あ、はいはい」
鈴生りに懐かれていた「あやとりマスター」、子供たちにバイバイして本職に戻る。
「改めて案内して欲しいとこがあるんですが……」
「どちらへご案内致しましょう? 男爵様」
「帝都で最も人気のある娯楽施設へ連れて行って下さい」
「もんじょわ!」




