第四章 ここに賢者の知恵を授けよう
大貴族ギヨーム公の盛大な(私的)パレードに、飛び入り参加することになっちゃった健太郎、
流されるがまま、どうなっちゃうのよ?
「ど、どうしてこんなことに……」
気がつけば僕も、ギヨーム公のプライベートパレードに飛び入り参加させられていた。
「あれがバロン! バロン・ユングフラウ!」
「本当にマンモスに乗ってるぞ! 死の行軍から生還した奇跡の獣!」
「バーロン! バーロン! 不死身の冒険王!」
急遽、王城から連れ出した壱号に跨った僕は、他の山車にも負けない熱視線を浴びてしまった。
てか、どうして沿道の帝都民は僕を知っているの?
王国の下級貴族がマンモスに乗って無謀な峠越えに挑んだ、という旅を知ってるのよ?
それもつい数日前の話だ。
それがもう帝都の民衆に知れ渡っている、ってどういうこと?
てか 「ユングフラウ」ってナニよ?
ぱおーん!
「ケンタロウ様!」
そこへ弐号に乗ったキィロが駆けつけてきて!
「こんなことになっちゃってます!」
と一枚の紙を僕に渡してきた。
その瓦版には『快挙! バロン・ユングフラウ!』なる見出しで面白おかしく僕らの旅が採り上げられていた!
『嵐で不通となった峠を、未知の珍獣で踏破した稀代の冒険野郎!』
『天は我々を見放していなかった!』
『ユングフラウで見たことは一切喋ってはならぬ……』
まるでその場に居たかのような生々しい断言口調で、挿絵まで載ってるし!
「うわぁ……」
象に乗り、勇ましく太い鞭を振り上げた姿……インディジョーンズじゃないんだから!
そんな出鱈目な想像図でも、骨マスクはシッカリと描かれてた。
呪術師の陰紋入りの骨マスク。僕が今、被っているものと同じ意匠の面。
確実に僕だコレ。
こんな妖しげな骨マスクを被ってる貴族とか、僕とギネス(※影武者弐号)ぐらいのもんだ。
「にしたって、どっから漏れ伝わったんだ……」
あくまで僕の個人的な旅だったのに……
☆ ☆ ☆ ☆
一夜明け――エスケンデレヤ城、西の丸。
王様から充てがわれた「アーシュラー男爵の部屋」で、僕とキィロとキコンデネル、今朝、帝都で配られたばかりの瓦版を眺めていた。
ギヨーム大公の「顔見世興行」は瓦版各紙でも大きく採り上げられ、
「う~む……」
飛び入りの僕も、挿絵入りで載ってしまってた。
ま、今回はソフト帽にレザージャケットというインディジョーンズスタイルじゃなかったので、誤解されなくて済んだけれど……
「にしたって『バロン・ユングフラウ』はないですよね……」
「そう?」
「だって……」
キィロ、頬を染めて口ごもってる……そんなにおかしい?
「ニュアンスよ、ニュアンス、男爵殿!」
にゅ!
中空から国語辞典を取り出したキコンデネル、その「ユングフラウ」の項には、
Jungfrau : 名詞。若い女、(特に)処女。
「有り体に言うと「若い女、大好き男爵」、もしくは「処女狩り男爵」みたいなニュアンスじゃ!」
「ひどいです!」
激昂したキィロは失敬な瓦版をビリビリに破り捨てた!
ありがとうキィロ、僕の代わりに。
「あの峠が、たまたま「ユングフラウ」って名前だっただけなのに……」
「何をしたってヤッカミの対象にされるんじゃ、貴族っちゅーやつは」
僕、好きで貴族になったワケじゃないんだけど……
「有名税と諦めい。貴族のゴシップは庶民の娯楽ぜよ」
本当、イエロージャーナリズムは古今東西、不滅の存在だな……
「――来たわよ! 大賢者!」
そこへ!
新選組の御用改である! みたいな勢いで飛び込んできた――軍服の彼女!
「へ????」
改めてキコンデネルを無礼討ちに来たのか、この子は?
「男爵殿、構える必要はなか――こやつ、ワシが呼んだんじゃ!」
そういう大事なことは最初から言っといて貰えるかな? キコンデネルさん?
☆ ☆
「で? なんで呼んだの?」
こんな物騒な子を?
考えてみれば僕、この子に二度、殺されかけてるからね!
一度目は地下闘技場、あわやレッドス・ネークから黒焦げにされる寸前だった拉致事件。
(※第一章 参照)
二度目は昨日、キコンデネルとの口論へ仲裁に入ったのに、刀を突きつけられて!
「――――これで役者は揃ったのう!」
怪訝な顔の僕らを前にして、自称大賢者さまはアルカイックスマイル。
あ、この顔見たことある。
サラーニー村の賢者館で【知恵の女神からのお告げ】を賜った時の賢者様だ。
「右に、国王への説得材料を欲する貴族様」
「…………」
「左に、征竜鎮撫将軍の職を得たい軍人殿」
「…………」
「両者の希望を叶える案を、ここに披露してやらんこともないが……聞かんでもよろしいか?」
「「是非、窺いたいです、大賢者様」」
僕と軍人彼女、自称大賢者に深々と頭を下げる。
でもちょっと意外だ……
軍服の彼女、軍人らしい鼻っ柱の高い性格かと思ったら……僕の社畜土下座についてくるとか。
本気の平身低頭でキコンデネルに頭を下げている。
チラリと彼女の横顔を覗うと、
(真剣な目だ――)
嫌々、気に入らない小娘に頭を下げてる顔じゃない。
相手が誰であれ、真摯に教えを請う者の態度に見える。
社畜も唸るほどの誠心誠意を感じる。
何が――いったい何が彼女をそうさせるのか?




