第四章 龍と選挙とチョコレート - 5 大賢者 vs 鉄砲玉軍人
ギヨーム大公なる大貴族の「自己宣伝」パレードに圧倒された健太郎と軍服ちゃん。
何やら、軍服ちゃんはその大貴族の名声が気に入らないらしい?
そんな二人の元へ、偶然現れたキコンデネル。
おやおや?
なんかこの二人?
出会っていきなり犬猿の仲?
「サラーニー・キコンデネル!」
僕らの会話に割り込んできたのは、生意気な高原訛り女子。
歯に衣着せぬ、というより、言うこと為すこと挑発的な、自称大賢者じゃないか!
賢者業界総本山・女神神殿への挨拶の帰りだろうけど……よくもまぁ、こんな人混みの中で僕とエンカウントできたもんだ……
「そこの童……征竜将軍職を侮辱するつもりか?」
ほら言わんこっちゃない!
「なら、なんだと言うんじゃ?」
「ならば、その罪! 貴様の命を以って償ってもらう!」
帯刀する軍人さんに向かって、そんな口の利き方をしたら、こうなるに決まってる!
「は? ――ほんまのことじゃろが!」
対して賢者も、売り言葉に買い言葉!
ナリは小さくともライオンハーテッド!
「建国以来、実際に龍を倒した征龍鎮撫将軍など、おらん! 一人も!」
頑なに説を曲げない。初対面の軍人に怯むことなく。
ガリレオか?
君は宗教裁判に掛けられるガリレイドンナか?
なんて、悠長な感想を漏らしている場合じゃない。
一触触発の場面を止めねば!
僕じゃなければ誰が止められる? この状況で?
「いや、待ってよキコンデネル、征龍鎮撫将軍なのに龍を倒さないなんて、おかしくない? 【人に仇なす巨龍を倒すから征龍将軍】じゃない? 常識的に考えて」
殴り合うMMAファイターを止めるレフェリーのごとく、身を挺してブレイク!
無駄に挑発的な自称大賢者を鎮めようと、至極素朴な疑問を投げつけてみたら、
「男爵殿……」
バカ殿ならぬバカ貴族を蔑む目を向けられてしまった……
「このエスケンデレヤで『 龍 』と言えば【災龍】じゃぞ?」
「災龍……」
その単語に悪寒が走る。
さっき目の当たりにしたばかりの記憶――巨大龍の痕跡が残る真っ黒な廃墟。
大型台風や巨大地震をシャットアウトすることが、現実的には不可能であるように、
もし巨大龍が本当に襲来するのなら、退治など夢物語に思える。
【近代的軍事兵器もない世界で、ゴジラは倒せるのか?】という話だ。
「ふ……所詮は田舎賢者ね……」
「はぁ?」
「ミラビリス王国始祖王カルストンライト王の逸話も知らないなんて」
軍服ちゃん『そんなことも知らないの?』って顔でキコンデネルを侮蔑する。
こっちはこっちで御意見無用の挑発ガール。
「これじゃろ?」
対するキコンデネル、例の賢者マジックで取り出した辞典を開き、
大ミラビリス先王記 第一巻第一章 始祖王紀
斯クシテ、カルストンライト王ハ龍ヲ制セリ。
暴威ノ龍ハ王二馴ラサレ、エスケンデレヤハ人ノ子ノモノト成リシ。
朗々と、該当箇所を読み上げた。
「ね? ちゃんと書いてあるじゃない『龍を制せり』って」
「これだから下級軍人は……」
「なんだとぅ!」
「確かに『大ミラビリス先王記』は王国の公式史書で、政治・軍事・人事に関する情報は正確に載っておる」
「…………」
「じゃが! それは中盤以降の話よ! 歴史を遡れば遡るほど記述の信頼性は薄れ、こと序盤に至っては『神話』的物語にすぎない、というのが学会の定説じゃ!」
煽る煽るキコンデネル! 『下級軍人のオツムなど高が知れている』とでも言わんばかりに。
「神話の信憑性を真に受けるなど、歴史の教科書に絵本を採用するようなもんじゃわ!」
でも! いくら正論でも、人には触られたくないセンシティヴな領域というものが存在するんですよ大賢者様!
「――――言いたいことはそれだけか?」
女軍人さん、勝海舟を斬りに来た北辰一刀流免許皆伝の志士みたいになってる!
不気味なほど乾いた笑いを浮かべながら、ギラリと光る鋒を賢者の鼻先へ突きつける!
あ、あかーん!!!!
「すいません、すいません軍人さん! たかが子供の戯言ですから!」
生意気な大賢者を、背後から力づくでヘッドロック!
そのまま掌で口を塞ぎ、物理的に黙らせる!
「あとでお尻ペンペンして言い聞かせますから! 何卒! 何卒!」
名付けて社畜先輩ロック!
致命的なバグを除かないまま得意先にシステム納入してしまった後輩を、強制謝罪させる先輩社畜の必殺技よ!
「誠に誠に申し訳ございませんでした! どうかどうかご容赦下さい! 弊社社員に成り代わり、切に切にお願い申し上げます!」
怒ってる相手に何を言っても無駄だから!
謝れ! ひたすら謝れ!
「ほんとーに、すいませんでしたー!」
僕の筋金入りの社畜土下座に、さすがの女軍人さんも興が削がれたようで……
「ふん……」
渋々ながら物騒な刀を鞘に収めてくれた。
いいのいいのこれでいいの。
収まりのつかない大賢者が腕の中でモゴモゴ言ってるけど、いいんだこれで。
君もね、犬にでも噛まれたと思って忘れなさい。
五体投地でも土下座でも何でも、揉め事が収まるなら謝ったもん勝ちよ。
面子やプライドで、おまんまが食えるものか。
社畜は会社の消防士、炎上する上司やクライアントの鎮火はお手の物。
うず高く積み上がった未処理案件の前には、無駄な人的トラブルなんて構っていられないんだ。
炎上はすぐさま消火!
たとえ向こうが悪くても無条件で謝る!
謝るが勝ち!
トラブルは火種のうちに水をぶっかけろ!
終わらないハードワークの上に、更に更に対人ストレスまで抱えてしまったらば、言うまでもなく過労死リスクが跳ね上がる。
こういう諍いは無理にでも収拾を図るべき。
――それが社畜の生きる道。
生きたい! 生きたい! 生きたーい!
とか、社畜殺法による強引な仲裁で変な空気になっていたところへ――――
毛羽立った空気を払拭する美しい歌が聴こえてきた。
聖歌隊の隊列だ。
ゴスペルガウンを着た少年たちに導かれ、キャンドルを手にしたシスターたちが続く。
戦意高揚の軍楽隊から一転、厳かなる祈りの列。
沿道の空騒ぎも鎮まり、民衆も神妙に列を見守る。
パレード見物に繰り出しているのは、同じ帝都の住民たちだ。
【龍災】が数年の一度訪れる、不意の大災害ならば――その際、突然の別れを経験した人も少なくないはず。
そんな人たちが祈る。
失われた命よ、安らかなれと祈る。鎮魂の山車に向かって。
「なむなむ……」
異邦人の僕でも、手を合わせずには居られない。
なにせ今日、さっき見たばかりだもの、初めて【龍災】の現場を。実際に、この目で。
日常の隣にあるカタストロフを。
あの廃墟を僕に説明してくれた軍服少女も、高原の村出身のキコンデネルも祈る。
丁々発止の大論戦も休戦して。
それぞれに信じる祈りのスタイルで、教会の山車を見送った。
よかった……
誰彼構わず牙を剥く、正論少女も、
目的のためなら手段を選ばない鉄砲玉軍人も、
慰めるべき御霊にはちゃんと祈りを捧げてくれてた。
いい子でよかった二人とも。ちゃんと人の倫を弁えている。
お転婆でも臍曲りでも構わない。
人として大事なものを理解してるなら、あとは些末な問題よ。
佳き哉佳き哉。
――と、胸を撫で下ろしていたら、
「おおバロン!」
帝都正門である羅生門まで練り歩き、そこで折り返してきた山車の列、
今度は王城へ向かって、再び民衆を煽っていこうか、と待機していた一台から、
「其処許――かの著名なるバロン・ユングフラウ殿とお見受けするが!」
問いかけられた。
ついさっき聴いたばかりの――雷鳴のような声で。
「ギヨーム公!」
辺境王として帝都民にもお馴染みの上級貴族が――――衆人環視の中で、僕を指名した!




