第四章 龍と選挙とチョコレート - 4 パレードが行くよ
帝都に着くなり、軍服ストーカー女に負われた健太郎、
迷い込んだ先は【無残な廃墟】だった。
繁栄を謳歌する帝都に、忽然と現れた被災痕は「龍災の痕だ」と彼女は言う。
それはホントなのか?
この世界は龍の襲来に怯える世界なのか?
異世界人の僕には、全然ピンとこないんですが……
「龍!」
には違いなかった――
作り物ではあったが。
長崎くんちの蛇踊りみたいな「龍」の頭がニョッキリ、人々が群れる四辻に姿を表した。
それは山車の先頭に据えられた、ハリボテの龍頭だった。
僕と彼女、沿道の人垣まで近づいてみると――
「うひょぉぉぉぉ!」
山車は、そのドラゴンヘッドだけじゃなかった。
大通りを左右に覗き込めば、朱雀大路の果てまで山車行列が続いているじゃないか!
ドンドンヒャララ、ピーヒャララ♪
民俗的メロディを奏でる楽隊を露払いに、極彩の錦絵を掲げた山車が十数台、大路を練り歩く。
折しも薄暮の頃合い、鮮やかな提灯に彩られながら。
「ほぇぇぇぇ……」
目の前を通り過ぎる山車には、勇壮な騎士と邪悪な生き物とが死闘を繰り広げる絵が。
「これは竜退治の伝説ね。ミラビリス王朝の始祖王、カルストンライト王の逸話よ」
軍服の彼女が錦絵を解説してくれる。どこか自慢気に。
「あの軍人が並ぶ絵は歴代の征竜鎮撫将軍たち。向こうは、エスケンデレヤの守護神である女神カジャグーグーの絵ね」
慈悲深き天使様が白い翼を広げている。守護天使のイメージは、僕らの世界と同じみたいだ。
「でも、君、詳しいね?」
「あんたナニ言ってるんの? 帝都臣民にはお馴染みの題材ばかりでしょ……」
「そなの?」
「はぁぁぁぁ…………やっぱりあんた、余所の人なんだね……」
悲しくなるほどクソデカ溜め息を吐かれてしまったぞ……
僕が王様の縁者じゃなかったのが、そんなに口惜しかったの?
うん…………悔しいんだろな。
あんな「禁じ手」を使ってまで、僕との接触を目論んできたくらいだ……
(※第一章参照)
そこまでして王とのコネが欲しいのか?
まさか、玉の輿を狙う女子?
目指せ究極の上昇婚?
末は王妃か国母さまか?
「ん?」
ふと気づいた。
日本の祝賀行列なら日の丸が振られるが……このパレードには聖ミラビリスの旗がない。
山車を飾る旗には、聖ミラビリスの国章とは異なる紋が入っている。
「企業……なワケないから、貴族の家紋かな?」
「ギヨーム大公の紋章でしょう? あんた本当に無知ね!」
異世界まで来て年下の女子に罵倒される人生とか……やっぱり僕は何かを間違えた気がする、人生の選択で。
「こんな馬鹿げた規模のプライベートパレードで散財できるの、ギヨーム公くらい……」
「え? プライベート?」
これがポケットマネーで催されてるの?
どんだけ金持ちなんだよ、異世界の貴族って? これだけの見世物を個人負担だと?
僕らの世界ならば、何百社と協賛金を募り、自治体の補助金もタンマリと貰って催される官民一体の観光向けイベントみたいな規模だぞ?
「これを私費で? 信じられない……」
「呆れた……ギヨーム大公家も知らないの? 本当に?」
「恐れながら……」
僕は異邦人なので。この世界に転生してから数週間程度の、新米なので。
「ギヨーム大公家といえば、王国辺境に広大な領地を持つ大貴族じゃない!」
「はぁ……」
「あ! 来たわよ、あの山車!」
満を持し、最大級の山車が通りに躍り出る。
誰が見たって【あんたが大将!】と一目瞭然、どの山車よりも綺羅びやかな装飾で。
「ごきげんよう! ――帝都の諸君!」
篝火でライトアップされたルーフの上には、勲章だらけの軍服の男。
「あれが『偉大なりしコーズウェイ』こと、ギヨーム公コーズウェイよ」
恰幅のいい体に派手なモミアゲ。まるで獅子のたてがみのような風貌。
大観衆を前にしても堂々たる振る舞いは、まさに王者の風格。
巨大な山車や楽団、それを率いる部下の顔ぶれも含め、このパレード自体が【彼こそ、将軍を名乗るに相応しい男だ】とでも言わんばかりの演出だった。
そうして、人々の期待感を煽るだけ煽ったのち……楽隊の演奏が急に止まり、
「いくぞ諸君!」
ルーフステージで刀を掲げたギヨーム大公、改めて群衆へアピールする。
(なんだなんだ? 何が始まるんだよ?)
ダダダダダダダダ……
猛々しい大太鼓のドラムロールが響く中、
「天に在すミラビリスの神よ! 篤とご照覧あれ!」
歌舞伎役者ばりに見得を切ったギヨーム公コーズウェイ、山車の「頭」を斬りつけると、
バサァァァァッッッッッ!
山車の「首」が落ちた! 派手に火の粉を散らしつつ落下した!
それはあたかも、喉を斬られて悶え苦しむ火竜の如く、薄暮に炎が映える。
「討ち取ったりィィィ!」
そこで改めて民の興奮を煽るファンファーレ!
「ギヨーム! ギヨーム! ギヨーム! ギヨーム! ギヨーム! ギヨーム! ギヨーム!」
「偉大なりしコーズウェイ!」
「ネクスト、征龍鎮撫将軍!」
勝鬨を上げるギヨーム公に、沿道から盛んに声が飛ぶ。
「あ、なるほど。アレを龍の首に見立てたセレモニーなのね……」
芝居がかっているが、誰にでも分かりやすい『寸劇』だった。
大向うの反応からして、これも定番題材なんだろうか、帝都の民衆には?
にしても征龍鎮撫将軍……どっかで聞いたことがあるような……
(あ?)
沿道の観客はギヨーム大公の『無料興行』に拍手喝采、皆アゲアゲ状態なのに、
僕の隣、極めて不機嫌な顔でパレードを眺める彼女。
「ぐぬぬ…………」
――そうだ。
かつて彼女が口走っていた言葉だ――征龍鎮撫将軍。
違法賭場の地下闘技場で……
僕を国王陛下だと勘違いした彼女が、見世物ドラゴンの前でデモンストレーションした時に、
「自分を征龍鎮撫将軍推挙してくれ!」と懇願してきた、あの事件で。
(※第一章参照)
その彼女が、怒髪天で眺めるパレード…………
「金満貴族めー! ここぞとばかり浪費しやがってー!」
顔を歪め、地団駄踏む彼女は、王国軍人の威厳も何もあったもんじゃない。
「ええと、つまり? この私費パレードは、『我こそが次期征龍鎮撫将軍に相応しい男だ』とアッピールするための宣伝活動。世論形成のための大散財ってこと?」
睨まれた! 鬼の形相で!
僕が悪いワケじゃないのに睨まれた!
答えが正解だからこそ余計、僕は彼女の怒りを買ってしまってた。
ステイステイステイ!
だめだめこんな人混みで剣なんか抜いちゃ!
いくら軍人さんでもそれはマズいって!
そんな理不尽成敗のピンチに――――思いがけない横槍が飛んできた!
「ま、征龍鎮撫将軍と言っても、名ばかり将軍じゃがな!」




