第四章 龍と選挙とチョコレート - 2
今度こそ賢王を説得して、囚われのエルフ、ラタトゥイーユさんを解放するんだ!
と意気込んで王に謁見するも……あえなく返り討ちの健太郎。
せっかく賢者の里まで、知恵を拝借しに行ったのに……
そんな、落胆する健太郎の前に現れた者とは?
「ぐぐぐ…………今回こそ、イケると思ったんだけどな……」
謁見の間を後にする僕とキィロ、完全に「あの日」の再現である。
結局、王と宰相――宮廷の誇る強力タッグへのリベンジは果たせず。プレゼンは失敗。
肩を落としてトボトボ帰る。
「なぁに、話の分かる王じゃろが。喜ばしきことじゃ!」
カッカッカ。
前回と違うのは三人目、賢者の孫、キコンデネルの愉悦だ。
「な~にが『喜ばしい』なのさ、賢者様?」
僕らはケチョンケチョンに論破されたんだぞ?
隠し玉の秘策も通用せず、まるで良いところなしだったのに……
「王は、ワシらと同じ【懸念材料】を指摘しておったろう?」
僕らがサラーニーの酒場で議論した、「エルフ村 頑丈倉庫プロジェクト」の問題点。
そっくりそのまま、賢王も指摘してきた。
「ならば賢王も『物事を論理的に理解する人種』っちゅーことじゃ」
「あ……」
「話の通じる相手なら、対処のしようもあろうもんさ」
前向きだキコンデネル。一度凹むとなかなか立ち直れない僕とは大違いだよ。
「ならば、更に完璧な解決策を持っていけばいいだけの話じゃき!」
今回も完璧だと思ったんですけど……僕的には。社畜マンのプレゼン判断的には。
「なに、まだ時間は残っちょる男爵殿! この大賢者に任せんかーい!」
☆ ☆
「……とか言っときながら……」
賢者様は「そういえば忘れておった!」と、爺様(※先代サラーニーの賢者)の信書を携え、賢者業界の総本山、智慧の女神神殿へ向かってしまった。
キィロも、
「象壱号と象弐号の世話があるので、お先に失礼します!」
風の速さで姿を消した。
この世界のツアーコンダクターは、アサシン並みの神速行動スキルが必須なんだろうか?
改めて考えると、彼女も謎の多い子だ……
なので僕は、一人反省会。
キコンデネルを神殿へ送り届けた後、場末のバルで獨酒を呷りつつ……惨敗に終わった謁見を思い返してみる。
「関所の撤廃は、メリットもデメリットも抱えている……か」
美味しい話に潜む危険性は、事が大きくなればなるほど慎重に検討されねばならない。
専制君主の突然死は、高確率で内乱を招く重大事なのだ。
それはもう、異議を唱える隙もない論理だけど……
「だけどさ……そこまで慎重に考えるべき?」
聖ミラビリスの国情は、賢王による善政で安定の極み。反乱の気配など微塵も感じられない。
平山城・エスケンデレヤ王城は鉄壁の守備を誇り、
精鋭近衛兵団が守りを固める。
関所の撤廃くらい、いいじゃんね?
と、軽く考えるのは、実際の専制君主とシミュレーションゲーマーとの立場の違いかな……
「「あぁ~……上手くいかないな……」」
「ん?」
不意に台詞がシンクロしちゃったんですけど?
ギョッとしながら振り返ると……
「「あ????」」
知ってる!
知ってるぞ、この子!
軍服姿の金髪クリンクリン!
あの非合法地下闘技場で僕を攫った女の子じゃないか!
(※第一章 https://ncode.syosetu.com/n0548fp/9/ 参照)
「……あなた!」
アッー!!!!
僕の顔を見るなり、仮面を剥がそうとしないで! 痛い痛い痛い痛い!
「これ、剥がれないから! 呪いの面だから! 無理無理無理!」
「いいから取りなさい、この仮面を! 素顔さえ見れば、あなたの正体が分かるのよ!」
僕だって取りたいのは山々なんですけど!
取れないものは取れないんだよ!
――――なので逃げる!
ダッシュで、逃げる!
「もう勘弁してよ!」
理不尽な言いがかりだとしても、街中で軍人とのトラブルはマズい!
また不良貴族ポイントを減らされてしまうじゃん、下手したら!
異世界まで来て磔とか切腹とかホントまじ勘弁だからー!
「まてぇ!」
しつこい!
何故そこまで、彼女は僕に執着するんだ?
まだ僕を王様の変装だと疑ってるのか?
そんなの地下闘技場で証明済みじゃないか! 魔法ビジョンの生放送で!
魔法ビジョンに映ったのが賢王で、僕は別人って証明済みでしょ?
それでも彼女は「僕が王様」であって欲しい、と思い込んでいるのか?
そこまでして王様とのコネクションが欲しいの?
もしかして玉の輿を狙ってる強引シンデレラなのか?
「――いずれにせよ!」
キィロの護衛もなしでは、僕は無力に等しい!
どうにかして粘着ストーカー軍人女から逃げ切らねば!
僕は、トラブルは困るんです!
なので、僕は逃げた。なりふり構わず、逃げた。
迷路のような裏道をダッシュダッシュダッシュ、キックエンドダッシュ!
燃えて路地裏、駆け抜けろ!
――――そんな徒労の鬼ごっこ、さすがに息も続かなくなった頃……
気づけば……
「あ?」
どこだここ?
なるべく寂れた方へ、人目につかない方へ、ルートを選んで走り着いた先は……
――不思議な場所だった。
帝都エスケンデレヤは周囲を城壁に囲まれた街。
東西南北、どのゲートも抜けていない以上、ここは帝都の域内のはず。
それは間違いないと思うんだけど……
「ここ、帝都なのか?」
帝都らしくないといえば、遊郭や賭博街も異質ではあったけれど……
ここは違う。
花街も鉄火場も、普通の街なら有って然るべき、大なり小なり、都市の恥部として当たり前に存在するものだけど……
【 こ ん な も の は 普 通 の 街 に は な い 】
「ない」と言い切れる。
なのに僕は妙な既視感を覚える。
この世界に降り立ってから、これと似た光景を目の当たりにした気がする……
「あれだ……」
エルフの隠れ里、リープフラウミルヒ村だ。
あの村を、丘の避難壕から見下ろした――【 黒く焼け落ちた村 】の惨状だ。
火山弾の炎熱で炭化してしまった街の姿、
焼け残った骨組みと、残酷な黒で染められた街――あれに近い。
「どうして……こんなものが帝都に……」
「あなた知らないの?」
追ってきた軍服少女は、珍獣を見る目で僕を覗った。




