第一章 開設! 男爵様専用窓口! - 2
「禁忌異本ツーリストから派遣されました、トランキーロ・バッファローワンと申します」
いわゆる亜人種というヤツか?
髪から耳が生えている。フッサフサの立派な耳が。
犬歯の尖り具合が鋭角で、尻尾も生えてて。
とはいえ、鼻が動物鼻ではないし、掌に肉球があるワケでもなく。獣度は低め。
上手く仮装を施せば、純粋な人間種と見分けつかないくらいにはカモフラージュできそうな。
そんな可愛らしいケモミミ添乗員さん、名刺を差し出しながら溌剌と挨拶してきて、
どうもすいません、当方、名刺を切らしておりまして。
「帝都エスケンデレヤは元より、聖ミラビリス王国内の名所旧跡トレンドスポット、ありとあらゆるご用命に、お応えさせて頂きます!」
快活な笑顔のケモミミ女子、ウエストのキュッと締まった濃紺スーツ。
首元にはカラフルなスカーフを巻き、三角の帽子を被ってる。ちょこんと耳が出た。
これは添乗員さん。
ツアーを引率してくれる親切なガイドさんだ。
「このトランキーロまで、なんなりとお申しつけ下さいね!」
と、ケモミミ添乗員さんが千客万来をアピールしてくるも……
「あ……いや……間に合ってます」
なんたって僕は生来の出不精。暇があれば、ずっと部屋でゲームしたい、そういう性分なので。
旅行代理店とか、僕には最も不要なサービスなの。
代理店を利用した経験など、社員旅行の幹事が回ってきた時くらいのものだ。
が。
朝「おはようございます、男爵様」
昼「よろしければ、城下の美味しいランチのお店をご紹介……」
夜「明日は、お出かけになられますか?」
(気まずい……)
「禁忌異本ツーリスト アーシュラー爵様専用窓口」は、僕「専用」を謳っているだけあって、密着度がヤバい。
おはようからおやすみまで暮らしをみつめられてる……
トイレに行くたび、女の子と顔を合わせることを余儀なくされる、というキッツい窓口配置。
水回りは部屋の外なので、否が応でもご対面、となる。
(落ち着かない……)
社畜特有の愛想笑いも枯れてしまいそう。
「あの、禁忌異本ツーリストさん……余所でやってもらえませんかね……?」
「と仰られましても…………私の家、あの辺りなんですよ」
ベランダからケモミミさんが指したのは城下町の外れも外れ、広大な盆地を囲む山裾辺り。
(遠いっ!)
帝都エスケンデレヤは広い。かなり、広い。目分量で数十万人級の都市なんじゃなかろうか?
それを考えると、市街の端から登城するのに何時間かかるやら……
かといって、僕の部屋のチョイ外に住み込まれても困るんだけど!
(まだ、いる……)
「僕は、あなたの客じゃない」と消極的無視を決め込み……何日経ったろう?
旅行代理店の子はリビングの外に陣取り続けた。
僕の生活へ干渉するワケでもなく、ただただ、大人しく依頼を待っているだけなのだが……
(落ち着かないこと、この上ない!)
いくら朝早く起きても、彼女は既に制服で業務を開始しているし、
眠れない夜に外へ出ても、彼女は営業を続けていた。
―― 僕 だ け の た め に ――
いつ寝てるんだ? と訝しく思えるほどの長時間労働。
あれは業務命令なの? 時間外手当とか出てるんだろうか?
(もしかして……)
「…………」
僕が見てない時、こっそりとサボっているのでは?
「…………」
気づかれないように、扉の隙間から覗き見てみると……
「はぁ……」
旅行代理店のケモミミ女子は、礼儀正しい姿勢でカウンターに座り続けていた。
「はぁ……」
ただ、表情は……僕に見せる営業用スマイルではなくて、
「はぁ……」
伏し目がちに深い溜息を吐いていた。
「今日も……何も書くことがない……」
(書くこと?)
手にした鉛筆が、手持ち無沙汰に空を切る。
(もしかして、あれは…………上司への報連相ノートか?)
そりゃ僕からのオーダーがゼロなら、何も書くことないよね。僕専用窓口なんだから。
そして明日も明日も明後日も、スーパーインドア野郎からの依頼は望めない。
「はぁ……」
毎日毎日白紙の業務報告を提出しないといけない状況なら、溜息も深くなるってものか……
(……いや? 待てよ?)
楽して給料が貰えるなら……あんな思いつめた顔にはならないんじゃ?
むしろ仕事がない方が楽でいい。固定給ならば。
寝てても月給が振り込まれる立場ならば。
(てことは?)
もしかして彼女の仕事は歩合制だったりして?
考えてもみろ、
仮に、僕へのサービスが王国経由の出来高払いだったりしたら?
『稼げない奴はクビだ!』
みたいなことになったりしないか?
僕らの法はここまで及ばない。つまり――【異世界には労働基準法は存在しない】!
経営者の胸先三寸で、一方的に雇用者が契約を打ち切られる慣習社会なのでは? 罰則もなく。
(まさか!)
だとすると……僕は最低の不良顧客じゃないのか?
彼女の上司からすれば「王侯貴族」=上客として期待されている、のは容易に想像できる。
何なら、この仕事を獲得するために多大な必要経費=賄賂を払った可能性も。
彼女の上司である旅行代理店の経営者が、王国の関係者に袖の下を。
(ありうる……)
前近代なら普通にありうる……
そしてその【必要経費】を回収するためなら、使えない部下は切ってよし!
くらいのこと考えてそう……
不当解雇が制限されている現代だって、あの手この手で使えない労働者を切ろうとするのが経営者の本性だもの!
(てことは!)
業績不振を理由に、あの子を路頭に迷わせてしまわないか?
僕(不良顧客)のせいで!
下手すれば、あの子の稼ぎをアテにしていた家族にまで累が及んでしまわないか?
僕(不良顧客)のせいで!
(それはマズい!)
ある日突然、別のケモミミ添乗員に代わってた、とかいうのも夢見が悪い!
わざわざ異世界転生してまで、不幸を撒き散らすなんて御免だ。
リビングの僕は、十人くらい座れそうなソファで大袈裟に指パッチン。
「…………ご用命ですか?」




