第三章 賢者の里 サラーニーへの旅 - 賢者のしきたりと手品少女
賢者の里、サラーニーへ無事到着を果たしたは良かったものの……
なにやら賢者さんのお伺いシステム、ぶっちゃけ面倒くさい。
しかも、妙な噂まで囁かれていて……
こんな遠くまでやってきたのに、まさか無駄足ってことはないよね????
FF外から失礼します、の勢いで会話へ割り込んできたのは――小さな女の子だった。
いくら高地のサラーニとはいえ、着込みすぎじゃないの? ってくらいに服を着込んだ彼女は、
氷河の白さにも負けない、澄んだ肌の女の子だった。
「ぶっちゃけ、賢者は斜陽産業ぜよ……へい、マスター、ミルク! チョコレート!」
勝手に僕の隣に座った着ぶくれ少女は、手慣れた調子でウエイトレスにオーダーを飛ばす。
「なにが賢王じゃ、ほんま余計なことばっかしくさりおって!」
テーブルのポテサラや、漬物まで食べ始めるし……それ僕らが注文したツマミだぞ?
小さいくせにふてぶてしいな……
背丈だけなら小学生、と呼んでも差し支えない「チビっ子」サイズ、
でも態度や話しぶりからは無知蒙昧な田舎人とは異なる印象を受ける。
「……余計なこと?」
「せや! 学制発布とかいう賢王の政策じゃき! 元凶は!」
「賢王様が臣民皆学を布告されたんですよ。そのお蔭で、辺境の村々にまで学校が建てられ、臣民の識字率は大きく改善されたんです」
たびたび解説ありがとう、キィロ。
「お蔭で商売上がったりぜよ、賢者業界!」
「昔は、何か困り事があれば賢者を頼るのが普通だったんですけど……聖ミラビリスの風習では」
「今や地方の賢者は皆、廃業・転職ラッシュ、大きな街に細々と残るだけじゃ!」
酒が入ってないのに酔っ払いみたいなテンションだ、この子……
「まっこと賢王など、毒でも盛られればええんじゃ!」
アルコールも入ってないのに言いたい放題よ……場に酔っているのか?
「おまんら、いまどき賢者にお伺いを立てるとか、時間の無駄ぞ?」
とズバリ断言する少女の言葉に、
「……ですかね?」
キィロもシュンと耳を垂らして意気消沈。
だけど……
本当にそうだろうか?
「いや……そんなこともないんじゃないかな?」
そうだ。
僕らの世界だって、ググって出てくる答えは、表層の単純な知識だけ。
物事の本質を見極めて、根本的な対策を提案する。
それには【生きた知恵と経験】が欠かせないはずだ。
コンサルタント――そう簡単に、なくならない職業だと思う。
生兵法は大怪我の元。
急がば回れ、結局はその方が近い。
その道のエキスパートに知恵を伺うのが、最も効率的――そんなシチュエーションは、現代のビジネスシーンだって日常茶飯事だ。
「世の中には渋っていいカネや手間と、渋るべきじゃないカネや手間がある」
「…………」
「そう僕は思う」
「…………」
「だから、賢き者たちが育んできた智慧には敬意を払うべきだよ」
酔客の与太話を真に受けてはいけない。
連綿と続いてきた文化には、何かドメスティックな合理性が含まれるはずだ。
「……お主、分かっておるではないか、貴族殿」
賢王の施策に文句タラタラだった着ぶくれ女子――僕の見解を聞くや、ニヤリと笑みを浮かべ、
「どうじゃ貴族殿? ワシに話してみぬか? 悩みごと、とやらを」
と慇懃に促してきた。
「え? でも……」
こんな酒場で初めて会った人に、個人情報を漏らすのは……
ただでさえ不良貴族ポイントが逼迫してるってのに……
「試しに試しに」
それでも彼女は諦めず――根負けした僕は、事の次第をゲロってしまった。
☆ ☆ ☆ ☆
「なるほど……貴族殿は、その人身御供を止める手立てを探しておる、と?」
「そう、そういうことなのよ」
払えない年貢の代替として差し出されるラタトゥイーユさんを、どうしても助けたい。
それが僕とキィロの譲れない願いだ。
「なら簡単じゃ。まず根本的な解決策として、そんな危ない場所からエルフどもを集団移住……」
「は、論外なので」
エルフさんたちはリープフラウミルヒの生活に誇りを持っている。
火山との共存は彼らが選んだ生き方だ。
それを部外者が取り上げるなど、絶対にやっちゃいけない。
「で、あれば……定期的な被災から年貢を守る方法があればええんじゃろ?」
と簡単に言われても……
「そんな方法があれば既にやってるんじゃないかなぁ、リープフラウミルヒの人たち」
「あの火山弾の雨から村を守るのは並大抵のことじゃないですよ?」
実際に噴火を体感した僕とキィロには、被災の恐ろしさが身を持って理解できる。
生半可な対策では、机上の空論にしかならない。
「ふむ……」
そこで謎の少女は本を取り出した。
「「は????」」
しかも中空から!
何もないところから本が! ニュッと!
プロの手品師も真っ青の鮮やかさで!
「「は???? は????」」
戸惑う僕とキィロを余所に、手品少女は本を広げた。
革で装丁された分厚い辞典には、精緻な図柄で地図が載っていた。
「大ミラビリス風土記 第十三巻二百六十五頁。帝都エスケンデレヤから北方五日の山に、砕石の一大産地がある。名はウェンツェルザイラー」
「えっ? なに、なに????」
「いま何やったんですか? 手品?? 魔法??」
いやキィロ、この世界の魔法はシール式の触媒を使う方式だろ?
この子は、リマンシールを用いずに、魔術じみた不思議行為をやってのけたぞ? 目の前で!
なんなんだこの子?
呆気にとられた僕らを余所に、着ぶくれマジシャンは平然と百科事典を解説し始めた。
「そのウェンツェルザイラー採石場で採れる石は、まっこと頑丈で火にも強か石じゃ。溶岩の温度にも耐える耐熱建材、と記されておる」
「頑丈で……火にも強い建材!」
そんなのがあるのか!
ツアコンのキィロも知らなかったようで、口を抑えながら目を丸くしてる。
「つまりそれで年貢を貯蔵する蔵を建てれば……」
「「火山弾の炎に耐えられるかも!」」
ナイスアイディア!
古今東西、税の安定徴収を歓迎しない為政者などいない。
「よし! この献策を王様に上奏すれば!」
今度こそ年貢の支払猶予を賢王に認めてもらえるかもしれない!
ラタトゥイーユさんの解放を!
「――但し!」
小躍りして舞い上がった僕に、少女は、
「運搬手段はどうするきに?」
痛い処を突いてきた。
「う……」
地図を視ると、帝都エスケンデレヤを挟んで、採石場とエルフの里は正反対。
「採石場からリープフラウミルヒまで、主な関所だけでも十三箇所ですね」
さすがツアコン、キィロは即座にデータを弾き出す。
「関所の度に通行税を払ってたら、石材が宝石に化けてしまうじゃろが」
「運搬役の人足代だって、馬鹿になりませんよね……」
正論だ、正論すぎる。
手品少女とキィロの指摘は、クリティカルな問題点だよ!
「でも……それに目を瞑っても、王様へお伺いを立ててみる価値はある!」
賢王は【税の公平性】を盾にして、僕の「頼み」を却下した。
その王へ、今より確実で公平性が高まる提案を持ち帰るんだ。
問題は問題として、あとで解決すればいい。
「やってみよう! 当たって砕けろだ!」
「もんじょわ!」
よ~うやく見えた一筋の光明に、僕とキィロは手を取り合って奮い立つ!
今度こそベネフィットを明確にしたプレゼンで僕の企画を通してやる!
首を洗って待ってろ賢王!
「ああ君! よかったら名前を訊かせてくれな…………あれ????」
感謝の気持ちを伝えたかったのに……着ぶくれ彼女は消えていた。
煮詰まった僕らにヒントをくれた着込みすぎの女子、いつの間にか姿はなく。
マジックショウで取り出した図鑑も、嘘みたいに消えていた。




